第六話 薄さが決め手のシチュエーション

-2018/04/11-


「蓮人よ、部活中に居眠りとは、剛胆であるの?」

「……あれ?」


 気が付くと、僕は特殊文芸部室のパソコンの前に座っていた。

 状況を見るに、どうも机に突っ伏して眠っていたらしい。

 僕の左側に立って三白眼で見下ろすムネ先輩の姿が見える。

 突っ伏した状態だと、先輩の白衣越しの薄い胸元が目前にあってドキドキする。


「!」


 ムネ先輩は僕の視線に気づいて一歩退き、慌てて胸を隠す。

 だが、すぐに怪訝な視線を向けてくる。


「おや? どうしたのじゃ? 呆けたような顔をして?」

「いえ、なんだか、変な夢を見ていたようで、意識がはっきりしなくて……」


 夢の内容は全く思い出せないけれど、覚醒した今も妙な違和感が付きまとっていた。


「夢のことなど忘れるがよいのじゃ」


 ぼんやりした態度を戒めるためか、若干強い口調で腰に手を当ててムネ先輩。

 後輩を叱る、そういうシチュエーションを楽しんでいるようにも見える。


「そうですよ! 特殊文芸部室が蓮人君の居場所なんですから、夢の中のことなんてどうでもいいんですよ!」


 ムネ先輩に重ねて、茅愛にもいつになく強い口調で窘められる。


「……うん、そうだな」


 今は、特殊文芸部の部活中だ。

 ムネ先輩の思い出作りに協力しながら、先輩との距離を詰めていこうという、そんな大切な部活動だ。


 思い出せない夢とどちらが大切かなど、比べるまでもない。


 若干朦朧とする意識も、ムネ先輩と茅愛の言葉を聞いている内にハッキリしてきた。頭を振って朧気な夢のイメージを吹き飛ばし、目の前のPCに意識を向ける。


「それで、課題じゃ。昨日のお姫様抱っこはいい感じじゃったが、今日はどんなネタを考えておるのじゃ?」

「はい、それはですね、昨日は重量に関する話だったので、今回は厚みに関する話にしました」

「ほう?」


 僕は居眠りの失敗を取り戻すべく、張り切って考えてきた話を披露する。


●遅刻しそうな朝の話●


 笛吹霧子は朝寝坊をして焦っていました。

 朝ご飯もそこそこに、通学路を駆け出します。

 だけど、どう考えてもいつもの道では間に合いません。


 そこで、気づきます。


 通学路は、ごみごみとした住宅街を抜けていきます。

 その道は、幾つもの家を迂回して回りこむような形になっています。

 とは言え、区画整備が微妙に行き届いていない住居の間には、道とも言えない隙間がそこここに存在しているのを霧子は知っていました。


 そこを抜ければ、迂回するのに比べて半分以上の距離を短縮できるんじゃ?


 霧子は、道なき道を行くことを決意します。

 自宅から少し先の一軒家の塀と塀の間。

 まっすぐ抜けるのは難しいけれど、体を横にすればどうにかなりそう。


「よし!」


 気合いを入れて、体を横にして隙間に入ります。


「いける!」


 支えることもなく、思ったよりも快適に蟹歩きで進みます。

 すると、いくつもの住居を縦断する形になりました。

 どんどん、学校へと近付く方向です。

 そのまま、隙間隙間に体を滑りこませていくと、やがて、見覚えのあるいつもの通学路に合流したのでした。


「やった!」


 そこは、いつも通りの道順だと倍以上時間がかかる地点。

 大幅なショートカットに成功したのです。

 こうして、霧子は遅刻することなく登校することができたのでした。


 そんな話を、霧子はクラスメートの真倉まくら十亜とあに話しました。

 そして翌日、十亜は遅刻してきました。

 どうやら、霧子の真似をして家々の隙間を縫おうとしたけれど、


「おっぱいが支えて、通れなかったよぉ……」


 とのこと。


 悲しい事実ですが現実は厳しいのです。


 やっぱり、巨乳なんて百害あって一利無し。

 やったね! シンデレラバストの霧子ちゃん。



「とまぁ、大筋こんな感じで行こうかと」

「ああ、いい感じにディスられてる……ハァハァ」

「……『Hカップは変態のH』な茅愛はとりあえず置いておいて、どうでしょう?」

「ふむ、『どうでしょう?』と言われてものう。余りにも日常過ぎてピンとこぬのう……例えば、ほれ、こんな風に……」


 言うなりムネ先輩は部室の一角に設けられた応接スペースに鎮座しているソファーの下に潜りこみ、


「お、小銭発見!」


 と言って、五百円硬貨を拾って出てきた。


「ああ、わたしにできないことを平然と……素敵です、ムネ先輩ぃぃぃ……ハァハァ」

「確かに、いいですね。うん」


 四つん這いになってこちらを向く先輩。

 三つ編みが、ゆらゆらと揺れている。でも、それは胸元を隠すには足りない短さ。

 重力に従って白衣の胸元が大きく開いていた。

 止め忘れていたのか開けていたのか、ブラウスの一番上のボタンも外れている。


 そうして、シンデレラバスト用の下着でさえ多き過ぎるからか、隙間ができてその中身が際どいところまで露わに……眼福眼福。

 思わず、僕は拝むように手を合わせていた。


「果て? 何を手を合わせておる…………………………………………………む!」


 どうやら僕の視線に気づいたらしく、慌てて立ち上がると白衣の袖からいつもの電子魔道書を取り出し、素早く印を切るように指を走らせる。


「また、金盥ですか?」


 流石に、二回目は通用しない。

 僕は頭上を警戒して、いつでも避けられるように備える。


「うがっ」


 が、頭上を見上げて開いた顎に固いものがヒットした。


「甘いのう。この部屋はあたしのテリトリー。制御し放題なのじゃから、どこからくるかなど予想しても無駄じゃよ」


 手早く胸元の着衣を整えてから、ドヤ顔で薄胸を張るムネ先輩。

 僕の顎に当たったのは、ハードカバーの本だったようだ。


 見ると、本棚の一角に隙間ができて、そこからゴムバンドが覗いている。

 恐らく、スリングのようにゴムバンドを固定していた何かしらの装置がネットワークに繋がっていて、それを電子魔道書で外してハードカバーの本を射出したのだろう。


「つっ……でも、先ほどの映像は僕の青春のメモリーに刻まれました!」


 やられつ放しもちょっと悔しいので、僕は食い下がる。


「う、そ、そんなもの、早く消してしまうのじゃ!」


 真っ赤になるムネ先輩。


「いいえ、消しません。ムネ先輩も消しちゃ駄目ですよ? だって、これも、先輩にとっては『後輩との思い出』じゃないですか!」


 僕は、ここぞとばかりに『後輩との思い出』を強調する。


「う、そ、それは、確かに、そうじゃが……」


 元々思い出作りを求めて僕の入部を望んだのだ。

 ちょっと狡いかもしれないけれど、こう言ってしまえば言い返せないだろう。

 それに、もう一つ思うところがあった。


「それに、こういうアクシデントがあるからこそ、シンデレラバストは素晴らしいと思うのです!」


 そう、巨乳だと押し上げて密着して服やブラとの隙間はできにくいから、前屈みになってもこんな際どいことにはなりづらい。


 これは、薄胸だからこそのチラリズム溢れるアクシデントなのだ。


「し、痴れ者が! それよりも、そのネタでシナリオをきちんと話として組み立て、シンデレラバストへの思いをより心に刻みつけるのじゃ!」

「はい! って、これ、ノベルゲームにするんじゃ?」

「プログラムを打つのは最初は茅愛に任せておればよい。蓮人はシナリオを中心に考えればよいのじゃ。適材適所というやつじゃの。そのうち慣れてきてから、茅愛に協力してもらって少しずつプログラミングもしていけばよい。それぐらいの心構えで十分じゃぞ」

「はい、それなら、気にせずシナリオに注力します!」


 こうして、今日は隙間を抜けられる薄胸と抜けられない巨乳に、更に隙間を抜けたあとの胸元のアクシデントによるラッキースケベイベントを追加したシナリオをまとめたのだった。



  ※ ??? ※


# error-check...................................ERROR 0/WARNING 12.


 パラメータの異常が続いている。

 増加して欲しいパラメータとは異なるパラメータの増加が止まらない。


# error-summary

# warning: PL < ML


 エラーチェックのサマリを表示すれば、増加させるべき PL パラメータ値が、 ML パラメータ値を下回っていることが警告の主因だった。

 PL 自体も増加しているためにエラーとはなっていない。

 そこだけを見れば問題はないようにも思えるが、 ML の扱いに困っていた。

 ML は内部的に自動生成された想定外のパラメータになる。

 そんなパラメータの増加は、本来歓迎すべきものではないはずだ。

 にもかかわらず、女は ML の増加をどこか嬉しげに見つめていた。

 一方で、助手の女は、そんな女を戒めるように突いている。

 チェック後の画面には、『 YES 』か『 NO 』か。

 既にお決まりとなった警告無視の継続判断を問う選択肢が表示されている。

 女は、別のウィンドウに移ったカメラ映像を見る。

 そこには、カプセルのような装置が移っている。

 女は愛おしげな表情を浮かべて映像を眺め。

 隣に立つ助手が複雑な表情を浮かべるのを、敢えて無視し。


 『 YES 』をタップし、継続の判断を下した。

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