Case 2: yield
第五話 テコ入れは唐突に
-2018/04/10-
週末なんて意識の外ですっ飛ばして、待ち望んだ月曜日の放課後が訪れた。
僕は勿論、旧校舎奥の特殊文芸部室に居た。
「さて、なんとなく特殊文芸の入り口が見えてきたころだと思うからの、蓮人にはこれから一つの課題に取り組むことを通して更に深く特殊文芸を知ってもらおうと思う」
「いきなりですね」
部活三日目にして課題を提案してくるムネ先輩。
「いやいや、こういうのはテンポよく進めるのがよいのじゃ。蓮人も、地道に基礎をこなすだけの日々など退屈じゃろうて。特殊文芸部の日々は君を読者とした部活動の物語とも言えるからの。先輩であり、その部活動の物語の語り部たる立場にある身としては、読者を退屈させないよう配慮してしかるべきと思ったのじゃ」
そんなよく解らない理論を述べ、
「要するに、テコ入れじゃ!」
と、いつものドヤ顔。
「いえ、それは、何でもいいんですけど……」
「なんじゃ、気乗りせぬのか?」
「い、いえ! そういうわけじゃありません」
慌てて否定する。
「何でもいい」とはネガティブな意味ではない。前回の唐突な電子魔道書プッシュや野球拳なども、もしかしたらそういう想いだったのだろうか? とふと思ったのだ。
後輩との思い出を紡ぎたい、というのがムネ先輩の動機。
とすれば、これは協力する後輩を楽しませようとする先輩の心遣いなのだろう。
だから、「何でもいい」「何でも答えたい」と思ったのだ。
返す言葉が気乗りしていないように聞こえたのは、心遣いへの感謝で言葉が詰まったから。
でも、それで先輩を落胆させては本末転倒だ、
「僕を楽しませようとする先輩の気遣いが嬉しいんです! だから、なんだってやります、いえ、やらせてください!」
力いっぱい、正直な思いを言葉にして伝える。今度はわざとらしくなってしまったかもしれないけど、偽らざる僕の気持ちだった。
「お、おお、そうか。喜んでもらえて何よりじゃ」
はにかんだように、ムネ先輩。
「では、早速じゃが、課題に移るとしよう。蓮人よ、ノベルゲームを創ってみるがよい」
「ノベルゲーム……って、ギャルゲとかみたいな?」
「まぁ、そうじゃ。じゃがの、絵はなくてよい。文章を表示するだけなら『 Hello World! 』の延長でどうにかなるからの」
「確かに、そうかもしれませんが……正直、自信は全くないですよ?」
素直に明言する。実際、プログラミングを初めて間もない自分に、ゲーム製作は荷が重過ぎるとしか思えない。
でも、きっとムネ先輩ならどうにかしてくれるのだろう。
「よいよい。細かいところは茅愛に協力してもらえばよいのじゃ。結果云々ではなく、何かしら形あるものを創りながら学べばよいのじゃからの」
期待通り、僕の不安を汲み取ってフォローしてくれるムネ先輩。
「はいはい! なんでも手伝いますよ! だから、あの……ご褒美、忘れないで下さいね……」
続いて茅愛が、ムネ先輩の言葉に元気に応じ協力を申し出てくれる。
うん、茅愛の協力はありがたいんだけど、なんだろう? 僕は茅愛の中で『蔑んで喜ばせてくれる人』というポジションに収まってるような気がする。
まぁ、そこは深く考えないようにしよう。
「それで課題の趣旨じゃが、特殊文芸を用いてノベル=文芸を表現するというのが、なんともメタでいいとは思わぬか?」
いかにも上手いこと言ってやったとばかりのドヤ顔のムネ先輩。
言葉遣い以外は、本当に子供っぽい人だ。
だが、そこがいい。
改めて、ムネ先輩の魅力を認識する。
「それで課題の進め方じゃが、プログラミングは茅愛に協力してもらえばよいが、シナリオだけは君が独力で考えるがよい」
「シナリオ……ですか? そうなると、普通の文芸部みたいですね」
「特殊文芸も文芸の一種じゃから、同じようなものじゃ」
「まぁ、そうかもしれませんが」
ここで普通の文芸に戻るのは、本当にムネ先輩の言葉通りに『テコ入れ』のような展開だった。とはいえ、このままプログラミングについて深入りして専門的になっていくよりも読者に解り易いのは事実なので、ありがたくテコを入れられたいと思う。
「して、シナリオの案はあるかの?」
「シンデレラバスト……僕のシンデレラバストへの想いを形にします!」
聞かれた瞬間、僕の中で結論が出て言葉になっていた。
「うむ、それは頼もしいの。蓮人のシンデレラバストへの想いがいかほどのものか、楽しみにさせてもらおう」
「はい。勿論、その先にはムネ先輩への熱い想いもこめますから!」
「そ、そういうのは、いいから、が、頑張るのじゃぞ!」
照れたように、ムネ先輩。
こういうところも、凄く可愛いと思う。
これから、もっとこんな姿が見られるよう、僕のシンデレラバスト愛を言葉にしていきたいと思う。
「そ、そういうことなら、あの、セットで、きょ、巨乳を存分に、ディスってもらえれば、更に更に……あ、そ、想像しただけで……」
うん、茅愛は勝手にハァハァしてくれるから、いいだろう。
「えっと、それじゃぁ……こんなシナリオはどうでしょう?」
シンデレラバストと巨乳をテーマにする。
そう決めると、不思議とすんなりネタが出てきた。
●古き村での危機一髪●
親切な老婆が食事と宿を提供してくれたが、どうも他の村人の様子がおかしい。
よそ者に厳しい目を向ける、排他的な村のようだ。
深夜、老婆の家に乗りこんでくる村人達。
霧子は、乗りこんできた村人達に村の近くにある谷を越える吊橋へと連れてこられた。
見ると、その橋はボロボロになっていて、所々足場も欠けている。
文字通りの『危ない橋』だった。
その危ない橋を渡って戻ってこれたら、見逃そうという。
この村は貧しい村だった。
だから、豊かな下界で飽食に恵まれた連中は谷底へ落ちろ。
そんな、恨みのこもった必死の儀式だった。
霧子は、進退窮まっておそるおそる足を踏み出す。
その結果、なんと、無事に渡り戻って来ることができたのだ。
生き残れた。
それは、この飽食の時代に慎ましい姿を保ったお陰だった。
そう、余計な肉付きのない胸が決め手。
だからこそ、助かったのだ。
こうして、霧子はシンデレラバストだったからこそ、無事に家に帰ることができましたとさ。
【教訓】巨乳は贅肉。
「と、こんな風に『シンデレラバストだからこそ助かる』というネタです」
「……うむ、色々とツッコミ所満載な内容ではあるが、どうにかしてシンデレラバストを立てようという気概は感じられるの」
若干呆れつつも、評価してくれるムネ先輩。
「じゃがのう、ちと弱いの。何しろ、これだけじゃと霧子は見た目にも軽そうなのが解るじゃろうから、そもそも『下界で飽食に恵まれた云々』とは矛盾しておるように思えるの」
「確かに……」
言われて、僕も気づく。
プログラミング言語よりは日本語の方が扱い慣れている。だから、即座に考えていいところを見せたかったんだけど、ままならないものだ。
でも、これはこれでいいんだろう。
先輩の助言で少しずつ育つ後輩。それ自体が、僕と先輩の青春のメモリーだろうから。
「えっと……それなら、迷いこんだのは男女の二人組みで、条件はお姫様だっこで橋を渡ること、というのはどうでしょう? これなら、男性側次第で女性の軽さを打ち消してギリギリのところを演出できますし。その上で、お姫様抱っこをしても重量オーバーにならず渡り切れた、というのはどうでしょう?」
僕は知恵を絞ってどうにか代案を出す。
「まだまだツッコミどころだらけじゃが、まぁ先ほどよりはマシな感じか……その方向で考えてみるがよいぞ」
先ほどよりはマシ程度でも、今の僕には十分だろう。この方向で考えてみよう。
でも、僕はお姫様抱っこがどんなものかを知らなかった。
いや、他にも知らないことは沢山あるけど、ここで一番知るべきはお姫様抱っこだ。
そうだ、そうに違いない。
ところで、この方向性にOKを出したのは、ムネ先輩だ。
「あの、お姫様抱っこってしたことないんですけど、先輩をお姫様抱っこしてもいいですか?」
なら、これぐらいの要求はしてもいいはず。
「な、なにを、と、唐突に、い、言っておるのじゃ?」
予想通り、真っ赤になって慌てふためくムネ先輩が可愛い。
でも、それで終わりにしたくない。
「ほ、ほら、なんでも『まんま』で考えるのがいいんでしょう? 僕はお姫様抱っこがどんなものか知らなくて、それを知りたいと思った。その解決策をなんの捻りもなく『まんま』考えれば、ムネ先輩をお姫様抱っこさせてもらうのがもっとも妥当だと思うんですけど、どうでしょう?」
詭弁も甚だしいけれど、
「ほ、ほぉう? そ、そうじゃの、その考え方は、大切じゃからの……」
そこまで言って、目を閉じてしばらく考えこむ。
そして、徐に目を開くと、
「よ、よし、そこまでいうなら、あ、あたしをお姫様抱っこしても、よいぞ」
頬を紅く染めてムネ先輩が応じてくれる。うん、いい先輩だ。
きっと、後輩の我が儘に付き合ったという、いい思い出になるだろう。
そう自己弁護して、僕は立ち上がり、ムネ先輩の正面に立つ。
「ほ、ほれ、早くせぬか。時間は有限なのじゃよ」
「じゃ、じゃぁ、失礼して」
いざとなると、僕も緊張してきた。
でも、ここまできたら後には引けない。
僕は、その背中と膝に手をやろうとして、
ムニ。
「ひゃ……! ど、どこを、触って、おるのじゃ!」
可愛らしい悲鳴を上げて抗議してくるムネ先輩。
どうやら、膝に手をやろうとして、うっかりお尻を撫でてしまったらしい。
肉付きが薄いけど、やっぱり感じる柔らかさ。
そう、こういう慎ましい感触はシンデレラバストへも繋がる。
なら、同じようにうっかりを繰り返せばもっと……
「……し、痴れ者がっ!」
僕が欲望に負けそうになったところで、ムネ先輩は電子魔道書を素早く操作すると、一歩下がる。
「グワッ」
何事かと思っていた僕の頭上に、金盥が落ちてきてクリーンヒット。
「こんなこともあろうかと仕掛けて置いてよかったの。まったく、隙を見せればこれじゃ……」
「アタタ……」
頭を摩る僕にムネ先輩は呆れたように告げる。
そうして、僕が落ち着いたところを見計らって、
「で、そ、その、なんだ……お、お姫様だっこはしてもらえんのか?」
恥ずかしそうにしながらも、若干の期待を感じているような上目遣いのムネ先輩。
なんだかんだ言いつつも、お姫様抱っこ自体はOKらしい。
ああ、本当、可愛いなぁ。
僕は再びムネ先輩に向き合う。
「では、今度こそ」
さっきの反省をこめて、一端跪く姿勢にまで体勢を下げ、慎重に背と膝に手を回す。
今度は変なところを触ることもなく、上手く位置を合わせることができた。
すると、ムネ先輩はゆっくりと僕の手に体重を預けてくる。
それを掬い上げるようにして立ち上がると、
「う、うむ、なんだか照れくさいが、その、悪くないの」
僕の腕の中、オーバルのレンズ越しの三白眼で見上げながら、頬を赤らめてムネ先輩。
「ええ。僕も
感慨をこめて言いながら、子供をあやすように左右に揺らす。
胸部に無駄な肉がなく、軽いからこそできる芸当。
「おお……なんか、これは、いいものじゃの。長い長い時間の果てに忘れておった、親の
目を細めて、ムネ先輩は僕のされるがままになっている。
短い二本の三つ編みが、その顔の前で揺れていた。
段々とまぶたが閉じてくる。
「寝ちゃ駄目ですよ? まだ、部活があるんですから」
「ふぁぁぁ……そうじゃの。なら、名残惜しいがこの辺で」
「はい」
僕は、ムネ先輩を優しく下ろす。
「中々、よい感じじゃったぞ? 今の雰囲気をシナリオにも活かすがよい」
「はい!」
うん、これは、想像以上にいい刺激になった。
さぁ、書くぞ! と意気ごむ。
と、
「あの、わ、わたしも、お願いしていいですか?」
茅愛が、そんなことを言い出す。
「やっぱり、比べてみるべきだと思うんですよ。ムネ先輩とは違って余計なものが付いてるとどれだけ重いのか! その重量を感じておくべきです!」
「じゃ、じゃぁ……」
言わんとすることは解らないでもないので、言われるがまま、茅愛をお姫様抱っこしようとしたのだが、
「お、重い……」
ムネ先輩よりは高いにしても小柄な部類の茅愛だが、やはり、相当の重量差を感じる。
それは、どう考えても胸元の脂肪の固まりのせいなんだろう。
「あ、あぁ、やっぱり、やっぱり、余計なものが、蓮人くんには受け入れられないんですね! ハァハァ……ぐぁ」
そんな風にハァハァしながら、持ち上げ損ねた僕の腕の中で悶え、暴れて床に落ちる茅愛。
「い、痛い……けど……ハァハァ……気持ち、ぃぃ、ハァハァ」
うん、ハァハァしてるんで、放っておこう。
それからも色々とムネ先輩と茅愛の意見を取り入れながら、最終的に、村がどうのというのはどこかへうっちゃり、『お姫様抱っこ』を軸にして『シンデレラバストだからこそ安心して抱き上げられる』という趣旨のシナリオを書いて、この日の部活は終了した。
※ ??? ※
# error-check...................................ERROR 0/WARNING 5.
狭い視界の先に見えるのは、白い天井だった。
四肢を固定されているようで、体の自由も効かない。
目の部分だけが開いたヘルメットのようなものを被せられているようで、頭が重い。
首を動かすこともままならない。
ただただ、固定された仰向けの狭い視界を通してだけ見える世界。
ふいに、二つの人影がその視界に入ってくる。
覗きこむ顔。
それは。
銀縁オーバルの眼鏡をかけた顔。
シニカルな印象の三白眼。
それと、隣に並ぶのはグルグル眼鏡の女の子。
よく知っている顔、と思ったけれど、何か、違うようにも思う。
あ、そうか! 茅愛の……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます