第四話 そのまんまで考えるのが大事
-2018/04/09-
初授業も特に語るべきこともなく忘却の彼方へ消え。
待望の特殊文芸分の部活の時間が始まった。
「昨日は『 Hello World! 』を表示するだけじゃったが、今回はもう少し捻りのあるものを作ってみるがよい……そうじゃの、じゃんけんでも作ればよかろうて」
二日目は、ムネ先輩の提案から始まった。
「じゃんけん?」
「うむ。昨日の『 Hello World! 』の延長のシンプルなものじゃから、まぁ、なんとかなるじゃろうて」
気楽に言うムネ先輩であるが、
「えっと、表示するだけの『 Hello World! 』ならともかく、『じゃんけん』なんてどうやってコンピュータにお願いすればいいんですか?」
当然、そこから始めないとなんともならない。
「ふむ。ここもやはり、茅愛に手本を見せてもらいながら創るのがよいじゃろうて。茅愛、教えてやるがよいぞ」
「はいはい、この卑しくぶよぶよ膨れた醜き腫れ物を持つわたしがお教えしますですよ!」
すると、茅愛が元気よく応じてくれる。
「うん、ありがたいんだけど、自分のこと、よくそこまで言えるね……いや、確かにその通りだとは思うけどね」
その膨張した胸元にチラリと目をやって思ったままを言う。
「そんな……『その通り』とかまとめないで、そこは復唱して下さい!」
「え? 『卑しくぶよぶよ膨れ糜爛した名状しがたく唾棄すべき冒涜的な醜き腫れ物を持つ茅愛にお願いします』って言えばいいの?」
「はぅぅぅ……なんだか宇宙的な恐怖を感じさせる形容詞が足されて、もう……ハァハァ……たまりま、せん……ハァハァ」
難儀な性格だな、本当、この娘。
僕が呆れていると、
「漫才はよいから、教えてやるがよいぞ」
ムネ先輩も呆れたように先を促してくる。
「は、はいぃ」
気を取り直し、茅愛は昨日と同じように僕の右隣に距離を取って座る。
うっかり余計なものを触れさせない配慮がありがたい。
「ではでは、作りましょうねぇ♪」
楽しげに、茅愛は昨日と同じようにテキストエディタ上にプログラムを打ち始める。
「まぁムネ先輩も言っていたように、最初は人のプログラムを読んで覚えればいいのですよ。ですから、わたしが少しずつ打ちこんでいくので、それを追いかけていくといいですよ」
言いながら、プログラミングというコンピュータを読者とした文芸が始まる。
当然だろうが『 Hello World! 』に比べると、ずっと長くなりそうだった。
僕が読むのに合わせてか、茅愛はゆっくりとプログラムを紡いでくれていた。それは呪文のようでありながら、字下げなどがキチンと揃えられていて、適宜空行を挟んだりしつつ、見やすくなる工夫がされているのが見て取れた。
つまり、読みやすい文章というやつだ。
感心していると、
「ところで、じゃんけんのプログラムは幾つかの段落に分けることができますけど、どんなだと思います?」
プログラムを打ちながら、そんなことを茅愛が尋ねてくる。
「え? いや、いきなり言われても」
「難しく考えなくていいんですよ? じゃんけんをするときに何をしているかを分解して考えてみてください」
「じゃんけんをするとき……そのまんま考えるなら……何かしらの手を出して、相手の出した手と比べて、勝敗を決める……」
言われた通り、余り深く考えずにじゃんけんの流れを口にする。
「はい、そうですね。それでいいんですよ」
どうやら、正解だったらしい。
「コンピュータは捻ったことはできません。とにかく正確に精確に文章を読むことしかできません。だから、なにかと捻らず『そのまんま』というのが大事なんですよ」
そう言って、テキストエディタに、
/*自分が手を出す*/
/*相手が手を出す*/
/*勝敗を判定する*/
と打ちこむ。
「『 /* 』と『 */ 』で囲まれた部分はコメントといって、プログラムとしては無視される部分なんですよ。だから、色々と注釈を付けるのに使用できるのです。こうすれば、章の題名みたいな感じですよね? こうやって、筋道を立ててプログラムを組み立てて行くんです」
なんだか、本当に文章を書くのと同じような要領でプログラムを綴る茅愛。
「まぁ、考え方が解れば、最初は真似をして書いてみるだけでいいんですよ。絵画での模写のように、真似しながらそこで使われている技法を学んでいけばいいんです」
正直、ここまでのプログラムの内容はさっぱりだったので、そう言ってもらえると気が楽だった。
「そんなやり方ができるのも、部員がおってこそじゃのう」
僕と茅愛のやり取りを見守るムネ先輩もそう言ってくれるので、更に安心だ。
僕が理解していなくても、いや、理解できていないからこそ、教える喜びがあるのだろう。
どうやら先輩にいい思い出を造ってあげられているようで、僕も嬉しくなる。
解らないなりに追い駆けている内に、茅愛の紡ぐ特殊文芸は完成したようだった。
「では、動かしてみますね」
コマンドプロンプトで決まった手順を踏んでエンターキーを押すと、
じゃんけんぽん
と表示された。
「グーを出すなら0を、チョキを出すなら1を、パーを出すなら2を、入力してエンターキーを押して下さい」
なんだか機械的な案内音声のような説明をされたけれども、そう思ったことで操作はスムーズに理解できた。
「じゃぁ、グーを」
言いながら、0を押してエンター。
結果、
わたしの手:チョキ
あなたの手:グー
☆あなたの勝ち!
と表示される。
「勝った!」
シンプルだけど、確かにじゃんけんが成立していた。
先ほどの筋立てに沿って構築されたプログラムが、コンピュータにじゃんけんをするようにお願いして、結果を返してくれたのだ。
「じゃぁ、真似してみてください」
茅愛に言われ、テキストエディタに向かう。
だけど、今度は昨日の『 Hello World! 』に比べればずっと複雑だ。
何度も茅愛に教えを請いながら、どうにかこうにか形にして、
じゃんけんぽん
と表示されたときには、やっぱり感動があった。
「ようやったの、蓮人よ」
結果を出すとムネ先輩がしっかり褒めてくれるのもまた、嬉しい。
特殊文芸の道を一歩ずつ進んでいる実感がある。
ともあれ、こうして動かすことが出来たのも茅愛のお陰だ。
「全部理解するのは無理だけど、何とか見よう見まねでプログラムは作れたよ! ありがとう、脂肪袋を見苦しく垂らしていけしゃあしゃあと先生風をふかしていた茅愛!」
僕はお礼に蔑んであげる。
「ど、どういたし、まして……ハァハァ……いえ、むしろ、ありがとう……ハァハァ、ございます……ハァハァ」
もう慣れたのであとは茅愛を放置しておく。
「ふむ。また一つ、特殊文芸を理解したようじゃの。ならばここで、部長としての威厳を示しておこうかのぉ。この『電子魔道書』での!」
唐突に袖からタブレットPC、もとい『電子魔道書』を取り出し、ドヤ顔で構えるムネ先輩。
「まずは、この画面を見るがよいぞ。PDFで公開されておる『ソロモンの小さな鍵』とも呼ばれる『レメゲトン』。電子書籍化された正真正銘の魔道書じゃ」
示された『電子魔道書』の画面には、英語の文章と図版が表示されていた。
「これは、なんというか、そのまんま『電子魔道書』ですね」
「先ほどのじゃんけんプログラムで茅愛も言っておったじゃろう? まずは『そのまんま』で考えるのが大事なのじゃよ。プログラミングにおいて、可能な限りそのまんまシンプルに考えるのはとても大切なことなのじゃ」
「それは確かにそうなんでしょうけど……これでどうやって部長の威厳を示すんですか?」
「うむ。ちと弄っての。このPDFに細工をしたのじゃ」
そう言って、小さな手の指先で印を切るように、表示されている魔法陣の図版をなぞる。
すると、
「おわっ!」
突如、作業机の中央に鎮座している五十インチの4K液晶ディスプレイが点灯し、そこに何やら化け物が表示される。
獅子のような頭の周りを、五本の蹄の付いた足がぐるりと囲む姿。不気味なのだが、動画になっていて右回りに足をくるくる動かして転がるように移動する姿は、どこか滑稽でもあった。
「悪魔召喚プログラム、なんての」
ここで今日一番のドヤ顔で、ムネ先輩。
「このように、空想を電子世界の中に具現化するというのは、特殊文芸らしいじゃろう?」
続けて、楽しそうに告げる。
「因みに、これはソロモン七十二柱が十のブエルじゃよ。比較的メジャーな悪魔じゃの」
ああ、確かに名前だけは聞いたことがある気がする。
「それでの、このブエルというのはの、色々と有益なものを授けてくれる悪魔なのじゃて。癒しの力を持ち薬学に通じておるが、他にも語学哲学論理学などにも通じておっての、それらの知識を授けるというのじゃ。語学と論理学は特殊文芸的にも興味深いものであろうて」
「なるほど……」
完全には理解できなかったけれど、雰囲気は解ったのでとりあえず相槌を打っておく。
「それで、実際には何をしたんですか?」
どうにもその辺りの話をムネ先輩がしたそうな気がしたので、聞いてみる。
「ふむ。種を明かせば単純じゃ。4Kディスプレイに繋がったPCに仕込んだプログラムを、このタブレットPCからネットワーク越しに遠隔起動したのじゃ。単純な仕組みではあるがの、それでも雰囲気は出ておったじゃろう?」
「ええ、十分驚かされましたからね」
さっき、つい声を上げてしまったことを思い出す。でも、前触れなくディスプレイが点灯してあの絵が現れるのは、事情を知らなければ十分ホラーだと思う。
「こんな風に、電子魔道書を『そのまんま』に捉えて『魔道書』として何かしようとするところから一捻りすれば、こういったことも実現可能なのじゃよ」
後輩が感心する様が嬉しいようで、饒舌になる愛すべき先輩。
その言葉を、僕は大人しく聞いていた。
きっと、これもムネ先輩の思い出に加えられるだろうから。
すると、更に興が乗ったのか、急に話を変えてくる。
「そうそう、他にも、こんなこともできるのじゃよ」
言うと、再び電子魔道書の表面を指でなぞる。
〈じゃんけん、ぽん〉
先ほどのディスプレイに内蔵されていたスピーカーから声がしたので思わず自分の手を出す。
ディスプレイには、いつの間にかデフォルメされたムネ先輩らしきキャラクターの絵が表示されていた。
僕は、グー。
画面の中のムネ先輩は、チョキ。
〈あなたの勝ち〉
「ふむ、あたしの負けか……」
「って、いきなりなんですか?」
「さっき蓮人が作ったプログラムは本質的にはこれと変わらんのじゃよ。そこを理解してもらおうと思っての」
言われて、目の前の映像が動いて手を出すじゃんけんと、さっき作ったじゃんけんを比較して考えてみる……けど、余りに見た目が違い過ぎる。
「それは、ちょっと、同じには思えませんけど……」
「そう思うのも無理はないかの。何、難しく考えんでよい。文芸で言えば、ストレートに表現するか、様々な比喩などで飾り立てて表現するかの違いに過ぎん。これは、ディスプレイの周りにあるカメラの画像を解析して手の形を割り出して判定しておるが、大袈裟なだけじゃよ」
よく見ると、ディスプレイの周りには小さなカメラが幾つかクリップで設置されている。そのカメラで僕の出した手を映像として受け取り、その画像を解析して僕の出した手を割り出し結果を判定した、ということらしい。
それに比べて、僕が茅愛から教えてもらったプログラムは、キーボードから入力された0、1、2をグー、チョキ、パーに見立てて判定していただけ。
「やっぱり、同じとは……」
「なら、もう少し掘り下げてみようかの。今のプログラムは、カメラを使って大仰な形で蓮人の出した手を判定しておるがの、その後は、グーを0、チョキを1、パーを2に割り当てて、コンピュータがランダムに出した手と比べて判定しておるだけじゃ。そこは、君が茅愛に教えてもらった判定と全く同じなのじゃよ」
「え? あ、そっか……」
言われて、なんとなく解る。
「インプットする方法が違うだけで、コンピュータの中でやっていることは同じ……って、ことですか?」
僕の言葉に、ムネ先輩は満足そうに頷く。
「その通りじゃ。周りを飾り立てようと本質とはシンプルなもの、ということじゃ。特殊文芸に限らず、通常の文芸もしかりじゃろうて。『世界を救う』『女の子と結ばれる』『強くなる』『故郷に帰る』、文芸作品には何かしらのシンプルでブレないテーマがあって、それをどう伝えるか? どう見せるか? というところで芸を競っているわけじゃ。腐るほど同じような本筋の作品があろうとそれぞれに個性を見いだせるのは、そこに芸があるからじゃ。プログラムもまた、同じ目的であっても色々な表現方法がある、そういうことじゃ」
眼鏡の奥の三白眼を細め、ここぞとばかりに饒舌に先輩風を吹かすムネ先輩。
もしも僕が文芸作品の主人公だったら、『シンデレラバストを愛する』ということが『シンプルでぶれないテーマ』となるんだろうな、なんてことを考えていると、
「っと、君が勝ったのじゃから、脱がねばの」
唐突に、そんなことを言い出すムネ先輩。
そもそも脱ぐ必要はない気もするけど、それならそれでウェルカムということでツッコまないで見守ることにする。
当たり障りないところで、白衣を脱ぐかと思いきや……
「ちょ! 何から」
スカートの中に手を入れる。
その手がスカートから抜き出されると、何やら黒い布を抜き取られて……
「パンストじゃよ? 何か誤解をしておらなんだか?」
「い、いえ、滅相もない!」
ドキドキしつつ、否定する。期待をしたのは否めないけど。
「こ、これぐらいなら、差し障りないからの。し、して、ま、まだやるかの?」
黒パンストを脱いで素足を晒し、上目遣いに恥ずかしげに問うムネ先輩。
僕は、唾を呑む。
――何故だ?
電子魔道書の話だったはずが、いつの間にかエロシチュエーションに変換されている!
嬉しいけども。
凄く、嬉しいけども。
でも、流石にこれは安易過ぎていただけない展開だ。
僕は流れを断つべく、問いかける。
「きっと、ムネ先輩は白衣は脱がないつもりなんですよね?」
「当然じゃろう。最後の一枚は白衣になるじゃろうな」
「なら、いいです」
「何故じゃ?」
「白衣越しより、ブラウス越しの薄い起伏を眺めたいからです!」
うん、間違ったことは言っていない。
白衣越しのシンデレラバストも、悪くない。
だけど、白衣はブラウスに比べるとずっと厚手の生地だ。どうせなら、薄手のブラウス越しに堪能したいと思うのは、自然な思考だろう。
それを見越して、いつも白衣でガードを固めているムネ先輩だ。
だからきっと、白衣は最後に脱ぐと思ったのだ。
僕の、ムネ先輩への信頼の勝利ともいえよう。
「……う、うむ、素直でよいの。ま、まぁ、蓮人がそう言うなら、止めておこう。い、いや、元々冗談のつもりだったんじゃがの」
顔を真っ赤にして言うムネ先輩。結果的に僕が断ったことに安堵している様子だった。
断ってよかった。
でも正直、どうして唐突にこんな流れになったのか解らない。
もしかしたら、ムネ先輩が僕の気を引こうと……と不埒なことを思ったりもするけれど、尊大な言葉とは裏腹に初心な先輩がそういうことをするだろうか? という疑問もある。
まぁ、その場のノリ、だったのかもしれない。
だから、これ以上は考えないことにする。
「ともあれ、特殊文芸のなんたるかについて、少しは部長らしいことも話せたからよしとしようかの」
そう、ムネ先輩が締めて部活はこれで終了となった。
因みに。
「が、ガン無視されてる! ハァハァ、ムネ先輩が話し出してから、まったく話を振られなかった! ハァハァ……こんなみっともない乳袋を下げた女の……ハァハァ……出番なんてない、ってことですね……ハァハァ」
ムネ先輩とのあれこれを、茅愛は放置されてハァハァしながら見ていたのだった。
※ ??? ※
# error-check...................................ERROR 0/WARNING 1.
女の眉が顰められる。
これまでオールグリーンだったエラーチェックに、一つだけだが
タッチパネルを操作して、原因を調査する。
一部、パラメータに異常値が見られた。
警告を無視して継続するか『 YES 』『 NO 』の選択肢が表示されている。
数値を改めて確認する。
異常といっても、微細なものだ。
誤差の範囲だ。
これぐらいなら、全然大丈夫。
女は『 YES 』をタップし、継続の判断を下した。
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