第十三話 アキハバラのお宝とその代償

  ※ ??? ※


 今の時代、十五になれば一人前とみなされる。

 そうなれば、『狩り』にでることもある。

 だが、年々数を減らしている男は、多勢に無勢で返り討ちに遭うことも増えてきていた。


 そこで、俺達の集落ではもっとスマートな欲求の発散方法を産み出して実践していた。

 それは、書物。

 捌け口は本物である必要はない、という画期的な発想だ。


 今の人類にそんなものを造る余力はないが、かつては何万という本が毎年出版されていたらしい。その中には性的な欲求を満たすためのものがあり、巨乳の画像も実写絵画問わずある。

 そういった代物は、手軽ゆえに性的な感情の暴走に繋がるとして各地で処分が進んでいた。


 もっともらしい処分理由を付けているが、これから貧乳しかいなくなる女達にとって、自分たちに欲情しない男が代替物には欲情するという事実が我慢ならないからだろうというのが、俺達男の見解だった。代替物を厳しく禁止して処分を進めておいて、一方で現実の巨乳狩りを黙認しているのも、もしかしたら嫉妬のようなものがあるのかもしれない。


 生き残りは女の方が圧倒的多数。辛うじて保たれている日本という国家のルールは、必然的に女が主体になって決められているのだ。


 そういう状況下ではあったが、この、かつて『アキハバラ』と呼ばれた土地は例外だった。荒廃した数々の建物の中に眠るお宝は、量が桁違い。これらを処分し切るには、到底時間も人出も足りていない。そのため、放置状態が未だ続いている。


 一応、官憲が見回って取り締まっているが、その人数も知れていた。そうそう見つかることはない。


 そこに目を付けたのが、俺達の集落だった、というわけだ。

 そう、俺の出る狩りは、巨乳狩りではなく、お宝狩りトレジャーハントだ。


 今日も、幾つかの荒廃した店舗を回り、厳選してお宝本をゲットする。

 数を稼ぐのは駄目だ。「これだ!」という一冊を見つけ出してこそ『お宝』と呼べよう。


 俺の今日の獲物は、巨乳めがねっ娘本。

 物色していて、ピンと来た。

 キツ目の目元と楕円形の眼鏡が絶妙に調和して生み出す愛嬌と、胸元に咲く大輪の乳。


 素晴らしい。


 これは、今までで一番と言える逸品だ。集落に帰って仲間達に自慢しよう。


 そう思っていたのだが、素敵な出会いに浮かれていたのがよくなかった。ついつい、警戒が緩んでいたようだ。


「刺激図画不法所持の現行犯だよ!」


 ほくほく顔で建物を出ようとした俺の目の前に立ちはだかる影。

 そこには、濃紺の軍服染みた官憲の制服の小柄な女が立っていた。

 オーバルの眼鏡に三白眼。目つきがちょっときつめだが、顔立ちは悪くない。

 今日のお宝の絵に、ちょっと似ているかもしれない。


 まぁ、胸元に何も咲いていなくて、俺の心には決定的に響かないがな。


 見たところ、俺と同世代か下ぐらいか? 十五歳から何かしらやらされるのが今の時代の常だから、官憲であってもそれぐらいの年齢でもおかしくない。


「なんのことかな?」


 取りあえず、恍けてみると、


「ズボンの後ろに隠したものを出すんだよ! 見てたんだからね!」


 見た目相応の幼さの残る口調で主張されるが、全く怖くない。この調子なら、揺さぶりをかければ何とかなるだろう。


「ふぅん、結構可愛いね、君」


 揺さぶりのためだが、素直な感想ではあった。

 何せ、最高なお宝の表紙の女の子に似ていると感じたのだから。


 でも、胸がなければ始まらない。貧乳は対象外。

 可愛いと思っても、それは犬猫を可愛く感じるのと同じようなものだ。


 だけど、


「え、か、可愛い……そ、そんなこと、言われても……」


 言われた方は、そうでもない。あからさまに照れて動揺していた。


 貧乳を女として見れない俺達だが、女は未だに遍く男に幻想を抱いているという。だから、男からこういうことを言われると、免疫がない女は戸惑うのだ。


 それが男の自己防衛手段として伝わっているのが、何とも虚しいことだが。


「か、からかわないでよ! あたしはこう見えて、パンデミック前の生き残りだよ! 君よりは確実に年上だもん」


 何とか持ち直した風を装っているが、全然そんなことはないのが容易に解る態度だった。


 パンデミック前の生まれだと、この外見で最低でも二十は過ぎているのか。嘘が吐けなさそうだから、そこについてはきっと本当のことなのだろう。


「なら、そんな子供っぽいしゃべり方はやめるんだな。舐められるよ」


 と舐めきったことを言う。勿論、挑発して更に揺さぶりをかけるためだ。


「な、ば、馬鹿にして……じゃなくて、馬鹿にしおって!」


 無理に言い直してちぐはぐな感じだが、素直なのは好感が持てる。

 女としての魅力は何も感じないがな。


「それに、パンデミック前の生まれでその貧乳ってことは、残念な女だね」


 巨乳になれる時代に生まれながら巨乳になれなかった女には、こういう罵倒が効果的だ。


「な、な、な……」


 逆上したのか、はたまたショックを受けたのか。言葉を失い、体を震わせて俯く女。


――今だ。


「じゃあな。もう会うことはないと思うけど!」


 俯いて俺から視線を切った隙を突いて、一気に飛び出す。

 あっさりと彼女の横を通り抜けることに成功し、そのまま、全力で走り去る。


「あ、ま、待ってよ! じゃなくて、待つのじゃ!」


 そう言って追い駆けてくるが、俺の足の方が格段に早い。あっという間に、その姿は見えなくなった。


「ここまで来れば安心か」


 集落の近くまで戻ったところで、俺は我慢出来ずにズボンの後ろに挟んでいた巨乳めがねっ娘本を手に取る。


 最高の逸品だ。少しでも早く広げたいのが人情というもの。


 歩きながら、いざ開こうとしたところで。


「そこまでだ」


 突如、背後から声をかけられ、右肩を掴まれる。

 振り向けば、先ほどの女と同じ制服の女。


 前髪をまっすぐに揃えたストレートの黒髪がいかにも堅苦しい雰囲気を醸し出す。

 意志の強そうなキツイ瞳。

 当然のように、貧乳。

 背丈は俺よりも頭一つぐらい小さいが、威圧感のある眼光だった。


 制服にバッジが色々付いているのは、身分や階級が高いとかそういうことなのだろう。


「刺激図画不法所持の現行犯だ。しかも、私の部下を大層愚弄してくれたようじゃないか。公務執行妨害も付けてやろう」


 逃げ切ったと思ったが、上司に報告していたのか。誤算だ。


「は、離せ」


 俺は体をよじって肩にかかった手を剥がそうとするが、どういう握力をしているのかギリギリと締め付けられて全く離れない。


 そのまま、あっけなく取り押さえられ、後ろ手に手錠をかけられてしまう。

 俺の手を離れた巨乳めがねっ娘本は、女の足下に落ちていた。


「こんなものに、わたしたちは劣るというのか」


 片手で俺にかけた手錠をしっかり握ったまま、憎悪のこもった目で巨乳めがねっ娘本を踏みつける。


「こんなもの……こんなものに……」


 靴底の後が付き、踏み躙られて破れていく表紙。

 巨乳めがねっ娘がズタズタになっていくのは忍びなく、思わず目を逸らしてしまう。


 今後、男に一切見向きされなくなることが約束された女の情念を見せつけられた思いだ。俺達男が想像していた通り、こういうのを取り締まるのは嫉妬も大きな理由だったと確信せずにはいられない。


 散々踏み躙って原型を留めなくなった巨乳めがねっ娘本を、女はポケットから取り出したゴミ袋に汚らわしいものに触れるような手付きで入れる。後で焼却するのだろう。


「来い」


 処理が終わるなり冷たく言い放ち、乱暴に手錠を引っ張られる。

 このまま、牢屋に連行されるものだと思ったのだが。


「さて、丁度よかった。実は、お上が新たな計画を発動したところでな。お前のような若い男の被検体を探すよう命じられていたんだ」


 不穏な言葉に当惑する俺は、官憲の詰め所にある護送車に乗せられ、集落からかなり離れた何かの研究施設に連れてこられていた。

 立派な設備が揃った、種の存続のための研究施設の一つのようだ。


 俺は、窓もない殺風景な部屋に閉じこめられてしまった。


 最低限の食事と睡眠は与えられていたが、それ以外は何のためのものかも解らない数々の検査を受けさせられたり、よく解らない薬を投薬されたり、被検体と呼ばれるに相応しい日々だった。


 そうして、どれだけの月日が経ったかもよく解らなくなった頃。


 俺は、病院着のような前開きの白い簡素な服を着せられて、施設の隅にある部屋に連れてこられていた。


 なんのためのものかさっぱり解らない真新しい機械が幾つも並び、何人もの白衣の女達が計器を見ながら忙しなく操作しているのが見える。


 俺は、ゆっくりそんな様子を眺めている暇もなく、連行してきた官憲の女に壁際にあるベッドの上に押さえこまれた。


 そこへ、白衣の貧乳女が何人もやってきて、俺の四肢を手際よくベッドに固定していく。

 完全に固定されたところで、俺の腕にチクリとした痛みが走る。白衣の女の一人が、何かの薬剤を注射したようだった。


「待て、何を、注射したんだ?」


 不安に駆られて問うが、返事は返ってこない。


 白衣の女達は黙々と機械を操作し続け、それに応じて壁に接するベッドの足下側から透明な円筒が頭の方向に向かってせり出してくるのが見えた。


「お、おい! 一体、俺に何をする気だ!」


 今度は、頭の横に立って覗きこんでいた官憲の女から答えが返ってきた。


「冷凍保存だよ。男の出生率が下がっているからな。やがてくる未来に、子種を残すために保存するんだよ」


 種の保存というテーマで考えれば、自然な発想ではあった。そんな技術が確立されているかは寡聞にして知らないが、今やその手の研究の進歩はめざましいという。今、できていてもおかしくはないだろう。


 だが、自分が被検体にされていいかどうかは、全くの別問題だ。


「ふざけるなっ!」


 本当に、ふざけている。

 せっかく、珠玉の巨乳めがねっ娘本と出会えてお楽しみの予定だったのに。

 ちょっとしたヘマの結果が、冷凍睡眠?

 割が合わないにもほどがある。


「ここから出せ! やめろ! やめてくれ!」


 叫んでみるが、完全に体が固定されて動けない。

 その間も、円筒はどんどん頭側に向かって伸び、俺の体を包んでいく。


「では、実験開始だ」


 楽しげな官憲の女の言葉と同時、頭上でガチャリという音がして何も聞こえなくなる。

 円筒が頭上に達して蓋が閉じられたのだろう。


 視界が、流れていく。

 円筒に包まれたベッドごと、壁に吸いこまれるようにスライドしているようだ。


 同時に、足下から冷たい空気が流れこんでくる。

 充満していく白い冷気の中、俺の意識は段々と薄れ。


「正直、いつ目覚めるかは解らんが……」


 遠く聞こえた女の言葉を最後に、


「おやすみ、灰野蓮人君」


 俺の意識は途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る