第十二話 巨乳は絶滅し、かくしておっぱいの大きさは人類存亡を左右する問題となった
※ ??? ※
「巨乳だ、巨乳がいたぞ!」
男達の声が響く。
「男、男よ! あれぐらいの年齢なら、あたし達にも反応するはずよ!」
女達の声が響く。
俺達は巨乳しか愛せない。趣味嗜好じゃなく、生物学的な問題だ。
俺達が生まれるよりも前に、地球全土を襲った未曾有の危機があった。
感染力超強大、致死率もほぼ百パーセントという冗談のようなウィルスが蔓延したのだ。
どこかの国の生物兵器が漏洩したとか、隕石に付着していたとか、原因不明で色んな説があったようだが、それは今更どうでもいいこと。
人類が大幅に数を減らすことになった、という結果が全てだ。
とはいえ、こうして俺が生きている以上、人類は滅びたわけじゃない。
極東の島国には、生き残りが存在していたのだ。
日本人の民族的な形質がわずかにウィルスへの抵抗力を持っており(ほぼ百パーセント、の『ほぼ』の部分は日本人だ)、その形質を利用してギリギリでワクチンの開発に成功。なんとかワクチンによりウィルスの脅威を克服し、パンデミックは収束したらしい。
とはいえ、諸外国にワクチンを届ける暇はなく、日本だけが生き残った形だ。
大幅に数が減ったことでそれまでの文化レベルを維持するのは困難と思われたが、生き残りを首都圏の比較的狭い範囲に集めてライフラインなどの維持管理のリソースを集中させることで、どうにか文明を維持していた。
手の届く範囲だけでも文明が維持されてさえいれば、時間をかければ必ず復興は進んでいく、そう信じられていた。
だが、すぐに、時間をかけてもどうにもならない問題が生じていることが発覚する。
人類を救ったそのワクチンには致命的な副作用があったのだ。
元々、人の遺伝子を狂わせるようなウィルスだったらしいが、そのワクチンにも遺伝子に影響を与える作用があった。ウィルスに感染して生き残った者も、結局は体内で同じワクチンを生成したようなものだから、後遺症として同様の症状が現れた。
結果的に、生き残った全人類の形質は僅かな、それでいて致命的な変化をする。
X染色体がどうのY染色体がどうのと専門的なことは省くが、要約すると、
・男は、巨乳(E以上)にしか性的な感情を抱けなくなった。
・女は、胸が最大でもAまでしか育たなくなった。
ということだ。
当然、遺伝子レベルの問題だから、子々孫々、形質は受け継がれる。
おかげで、俺達はウィルスのパンデミック以前の生き残り、且つ、Eカップ以上の女にしか欲情できない。裏返せば、Eカップ未満の女は、パンデミック以前の男にしか欲情を抱いてもらえないということでもある。
やがて時が経てば、生物学的にミスマッチな男女だけが残ることになり、繁殖が困難になるのは目に見えている。
更に追い討ちをかけるように、男の出生率が極端に落ちている。これは、ウィルスの影響と言うよりは、元々人類は危機的状況になると女を増やす傾向にあったということらしい。
生物学的なミスマッチに男女人数のミスマッチを合わせた絶望的な未来が約束されている。
こうなると、復興どころではない。
種の存続の研究が最優先となり、生まれてきた子供達は学校を中心とした集落に適宜振り分けて英才教育を施し、いずれは研究を引き継がせよう、というのが今の時代のトレンドだ。
俺も、そんな集落で育てられた一人。知識だけは色々と詰めこまれている。
それらはすべて、長期的な種の存続への道筋を作るための手段。
だが、こうも絶望的な現実ばかり教えこまれていては、短期的な種の存続も必要だという大義名分ができてしまう。
そう、まだ、俺達にも欲情できる巨乳女がいる。
そう、まだ、貧乳でも欲情してくれる男がいる。
結果的に、俺より少し上ぐらいの年ごろの男女がパンデミック以前の生き残りを狩り合ってしまっているというのが現状だ。
種の存続の研究にリソースを割いてしまっているために官憲の取締も追いついておらず、むしろ黙認されているのではないか? とさえ囁かれている。今の状況で子供が生まれているのは、ほとんどがそんな狩りの結果ということらしいから、それなりに信憑性のある説だ。
狩りの目的は溜まった欲望の解放だ。狩られた側の末路は、悲惨なものだ。
それでも子供ができれば、種の存続には貢献する。
できた子供はお上が引き取って適切な集落に割り当てる。
そんな歪な形でどうにか維持されているのが、今の人類というわけだ。
まったく、なんて時代に生まれてしまったんだ……
-2118/04/14-
気がつくと、僕は部室のソファーに寝かされていた。
「なるほど、そういうことかの……とはいえ……いきなり連れて来おってからに……」
「それは、放っておくといつまでも自分からは会いに行きそうもないからですよ」
「い、いや、それはそうかもしれんが、心の準備というものがの? 急に連れてくるから、焦ってあんな目に合うことに……」
「あれは自業自得じゃないですか。逃げ隠れしようとしたから、見られちゃうんですよ……でも、あれはあれで、お約束なイベントでいいんじゃないですか?」
「それは、そうなのじゃが……相手は何も感じなくとも、こちらに羞恥心はあるのじゃぞ?」
「だからこそ、いいんじゃないですか。わたしも、さっき頑張ったんですよ?」
「な、貴様! 蓮人に何を……」
そんな会話が聞こえてくる。
なんだろう? 何か妙な夢を見ていた気がするけど、思い出せない。
僕は、ぼんやりする頭を振りながら、上体を起こす。
「ん? もう、目を覚ましたのかの」
僕が起きたことに気づいたのか、ムネ先輩が会話を中断してこちらへやってきた。
「ふむ、ならば……何から話したものかの」
「あの……」
考えこむムネ先輩に、僕の方からずっと気になっていたことを尋ねる。
「ムネ先輩……これって、いつもの『電子魔道書』を使った手のこんだ仕掛け、ですよね?」
そうとしか、思えなかった。
いきなり百年と一日が過ぎ去っていたなど、あり得ない。
山頂の風景だって、窓をディスプレイにして映し出せば再現できる。
この建物だって、映画のセットか何かを使えば再現不可能ではないはず。
相当、手間暇はかかるけれど。
無理があるかもしれないけれど。
ムネ先輩ならやるかもしれない。
いや、きっとやれるだろう。
そう思わないと、色々と僕の認識がおかしくなる。
「ふむ、そう言えんこともないがの……じゃが、蓮人、君の言う『電子魔道書』と、今のあたしが言う『電子魔道書』とは、異なるものを示すことになるがの」
思わせぶりな言葉。
益々、解らない。
困惑の表情を浮かべる僕に、ムネ先輩は切り口を変えてくる。
「そうじゃの、まずははっきりと違う部分を示した方がよかろう……茅愛よ」
「なんですか?」
呼ばれて、ムネ先輩の隣に来る茅愛。
体の一点が著しく僕の記憶と齟齬のある、その姿。
「既に気づいておると思うがの。端的に言って、これがこの時代の真実じゃ」
言いながら、茅愛の胸を指差す。
そこは、ムネ先輩と同じ、薄い胸。
失われた宝。
男の夢。
「まさか、貧乳が真実とでも言うんですか?」
意図が解らず問うてみると、
「ああ、そのまさかじゃよ」
即座に同意するムネ先輩。
貧乳が真実って、どういうこと?
馬鹿なことを言っちゃいけない。
貧乳なんて、役に立たない。
あれ? 何か、食い違っている?
貧乳なんて蔑称はダメだ。
シンデレラバストが、真理で、巨乳が、敵で……
「蓮人!」
「え、はい!」
思考に囚われそうになったところで大きな声で呼ばれ、思わず返事をする。
「茅愛から既に聞いておるとは思うが、今の蓮人は記憶の混乱から矛盾した感情を抱えておる。難しいかもしれんがの、できるだけ深く考えず、そのまんま、話を聞いて欲しい」
どうやら、僕が考えこんでまた頭痛を起こしてしまわないように声をかけてくれたようだ。
『そのまんま』。特殊文芸部で教えて貰った大切なことだから、すんなり受け入れられる。ありがたい気配りだ。
本当、いい先輩だと、思う。
だから、好きなんだ。
好きな、はずなんだ。
――でも、何で、こんなに心は静かなんだ?
いや、考えちゃ、駄目だ。
「解りました。話を続けて下さい」
思考を断ち切るように、話を促す。折角の気遣いを無駄にしちゃいけないから。
「いいか、結論から言おう。この現実ではの、巨乳は半世紀も前に絶滅したのじゃ」
「は?」
衝撃的過ぎて、僕には全く理解不能だった。
巨乳が絶滅?
何、それ?
?????
疑問符しか浮かんでこない。
「あの、僕をからかってるんですか?」
そうとしか、思えない。
「からかってなど、おらんよ。それが厳然たる事実じゃ」
その薄胸の如く揺るがないムネ先輩の言葉が、重々しく僕の心に響く。
そんな。
もしも、そんなことがあるとしたら……
「凶悪なウィルスのパンデミックで世界が滅びかけて、ギリギリでワクチンを開発して乗り越えたけどワクチンの副作用で遺伝子がおかしくなって女は胸が膨らまなくなって、一方で男は巨乳しか愛せなくなったとか、そんな荒唐無稽でチープなSFみたいなことでも起きたっていうんですか!」
頭に浮かぶままに適当な設定をでっち上げてツッコむしかない。
巨乳の喪失というものは、それぐらい受け入れがたい事実なのだ。
「……な、なぜじゃ?」
「もしかして……記憶が?」
僕の言葉を聞いて、顔を見合わせるムネ先輩と茅愛。その表情は深刻なものだ。
「まさか、正解、だったとか?」
僕の問いへの答えは、二人の神妙な首肯だった。
肯定されると、そういうこともあったかもしれない、と妙に納得している自分もいる。
男が巨乳しか愛せないというのはとてもよく解るからだ。それが至極当然のことだと実感している。
でも、そうなると、もう一方は……
「ちょ、ちょっと、待って……胸が膨らまなくなったってことは……本当に、巨乳は、滅びてしまったって……こと?」
答えは同じく、無言の首肯。
僕の心に、言いようのない喪失感が浮かんでくる。
でも、その喪失感は今に始まったものじゃないような、元々あった穴に気づいたような、不思議な感覚。
事実を、受け入れるしか、ない……なんて、ことはない。
「嘘だ!」
大声で訴える。
僕には、確かに巨乳の記憶がある。
ついさっきまで特殊文芸部に居たじゃないか。
ここと同じ造りの部室で、僕は感じたじゃないか。
あの、感触。
あの、迫力。
あの、安らぎ。
ないことの反証は簡単だ。一つでもあることを示せば事足りる。
そう、巨乳はあるんだ。
ここにあるんだ。
茅愛を見る。
「そうだ、そうに違いない……二人して、僕をからかってるんだ。茅愛の巨乳を、サラシか何かで覆って、巨乳が滅んだなんて嘘を吐いて……」
こんこんと心の奥から湧き上がってくる衝動に任せ、僕は茅愛に向き合う。
怯えたような表情を浮かべる茅愛。
僕と茅愛を代わる代わる見て哀しげな表情を浮かべるムネ先輩。
でも、今は、ムネ先輩はどうでもいい。
貧乳は、どうでもいいんだ。
僕は、巨乳が欲しいんだ。
このグルグルめがねっ娘の、巨乳が。
「サラシなんて外して、僕にその巨乳を見せてよ!」
なりふり構わず、記憶に残る巨乳を求め。
ただただ本能が赴くまま、茅愛に向かって踏み出す。
そうだ、あれじゃないといけないんだ。
あれさえあれば、幸せなんだ。
あれさえあれば、何もかも、上手くいくんだ。
あれさえあらば、なんだってできる。
ないのが、悪い。
「ハァハァ、ち、茅愛……」
「ひぃ……さ、さっき直接触ったじゃないですか! サラシなんかしてないです!」
「そ、そんなの、トリックだ!」
信じないぞ。
きっとある。
そこに。
だから、無理矢理にでも、脱がす。
「ち、違います! わ、わたしを脱がしても、本当にありませんから! 巨乳なんて、幻だったんですよぉ……」
にじり寄ると、茅愛が怯えた声を上げる。
グルグル眼鏡の奥の瞳が、潤んでいる。
レンズ越しに色気を感じさせるその瞳に、僕の興奮は更に高まる。
幻じゃなかったことは、僕の記憶に残るあの感触が告げているんだ。
巨乳は間違いなくある。
あの下に隠されているであろう、巨乳が、欲しい。
早く、茅愛の服を剥ぎ取らないと。
「キャッ!」
僕は、茅愛に掴みかかろうとして、逃げられる。
その拍子に、茅愛のグルグル眼鏡が外れて床に落ちる。
パリンとレンズの割れる感触。
茅愛を追いかけようとしたところで、踏み割ってしまったようだ。
思わず、足が止まってしまう。
「そこまでの反動があるとは、やはり無理があったか……」
僕が足を止めた隙に、ずっと黙って見守っていたムネ先輩が動く。
「悪いが、しばし眠ってもらおう」
二の腕に、チクリとした感触。
何かを注射された? と、思った途端。
僕の意識は、暗転した。
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