CASE 3: break

第九話 シンデレラバストが好きですか?

  ※ ??? ※


 俺達が生まれる少し前に、人類は滅びの危機にあったらしい。

 未知のウィルスによる致死の病が流行って、多くの人が犠牲になったという。

 人類はその叡智を集結し、辛くもウィルスの脅威に打ち勝った。

 大幅に数を減らしながらも、生き残ることだけはできたのだ。



-????/??/??-


 目が覚めると、細いスリットごしの白い天井が見えた。

 どうも、カプセルのようなものの中に横たわっているみたいだ。


――いったい、ここはどこ? さっきまで、部室に居たと思ったんだけど?


 夢? かな?

 なんだか、前にも見たことがあるような……


 いや、どうだろう?

 解らない。


 目を閉じてあれこれと記憶を辿っても、特殊文芸部の日々が思い出されるばかり。


 だけど、その記憶もなんだか、ぼんやりしている……って、じっと横たわって考えてても埒が開かないか。


 とりあえず、このカプセルから出よう。

 いや、その前に、頭が重い。

 なんだ、これ? ヘルメット?

 どうにか手探りで外して、視界を確保する。

 そうして、目の前のキャノピー(?)みたいになっている部分を押してみる。

 少し力を加えるだけで勝手に開き、カプセルの上部が開放された。


 僕は上体を起こし、周囲を見渡してみる。

 そこは、白い壁で四方を囲まれた六畳ほどの部屋だった。

 僕が入っていたカプセルのようなものが中央にある。

 壁際には沢山のよく解らない機械が並んでいた。

 ところどころに小さなランプがあって明滅を繰り返している。

 よく解らないけれど、何かしらの動作はしているみたいだ。

 カプセルの周りを見下ろすと、床下からケーブルが何本か伸びて繋がっているのが見える。


 壁際の機械とカプセルを接続しているのかな?


 今度は、改めてカプセルの中を見る。

 僕の頭があった位置には、さっき外した目の部分に覗き穴のようにスリットが開いたヘルメットのような装置。その頭頂部からケーブルがカプセル内部に伸びている。

 胸、太もも、足首の辺りには、カプセルの左右の壁面からベルトが伸びていた。

 そのベルトは中央で連結されるような格好になっている。

 カプセル内に体を固定するためのもの?

 他にも、ケーブルやチューブのようなものが、何本もカプセルの内側から生えている。

 僕の体に繋がってたのかな?


 とりあえず考えても解らないので、今度は自分の姿を確認してみる。

 さっきまで着ていたと思った制服のブレザーではなく、簡素な白い貫頭衣を着ていた。

 どうにも、病院の患者服のようだ。

 と、いうか、ここ自体がなんとなく病院っぽい雰囲気ではある。


 なんというか、ほんの数分で劇的に状況が変わってしまった。

 僕の主観では、そうとしか言えない状況だった。


「なんだ、これ?」


 現状を一言で現すと、そんな感じ。

 でも、それを声に出してみても、誰も答えてくれたりしない。


――まずは、人を探そう。


 一人で考えたところで状況は変わらないだろうから。

 まずは、部屋を出ようと出口を探す。見回すと、カプセル頭側の壁に、スライド式の扉らしきものが見えた。

 カプセルから出てそこへ向かい、引き手に手をかける……が、ビクともしない。

 機械式の片開きスライド扉のようだけど、ロックがかかっているようだ。

 扉の横に数字や英字記号の書いたキーといくつかのボタンのついた操作パネルがあった。

 でも、適当に押してみたところで、ピーピーとエラー音が鳴るだけ。

 どうやら、自力での脱出は難しそうだ。


――まぁ、そのうち誰か来るだろう。


 僕は、そう希望的観測をし、気持ちを切り替える。

 謎カプセルに謎機械で繋がれた状態で謎部屋に閉じ込められていたのだ。

 正直、パニックに陥ってもおかしくない状況な気もする。

 だけど、わけが解らなさ過ぎて却って危機感が湧かないのか、妙に落ち着いていた。

 とりあえずは、この部屋の中をもう少し調べてみよう。


 僕は、壁際の機械に向かう。

 各所から聞こえる静かなファンの音と、点滅する小さなランプの数々。

 大規模なコンピュータ?

 でも、見回しても操作用のインターフェイスらしきものは見当たらない。

 代わりに、扉があったのと逆側の壁際に、作業台のようなテーブルと椅子が設置されているのに気づいた。


 そのテーブルの上に、B六版コミックスぐらいのサイズの黒いレザーケースがあった。

 ケースを開くと、現れたのはタブレットPC。

 適当に画面に触れてみると、スリープが解除された。

 特にパスワードなどもかかっていないようで、初期画面らしきものが表示される。モザイク状に分割されて、その一つ一つの四角形の中にアイコンのような画像が表示されている。

 僕はその中から、適当に本のような画像のある区画をタッチしてみる。


 すると。


「電子書籍?」


 起動したのは電子書籍リーダーのようだ。画面にはずらりと書籍のタイトルが並んでいた。

 恐らく、そのタイトルをタッチすれば読めるのだろう。

 僕は、指でリストをフリックしてスライドさせながら、そのタイトルを眺める。

 『【固有名詞】の××』だったり、僕とか俺とか妹とか姉とか彼女とか幼馴染みとか魔王とか勇者がどうこうだとかだったり、異世界転生がどうだとかだったり、仕舞いには何やら説明的な一文だったり、そんな特徴的な、でも、ありふれたタイトル達。


「ライトノベル?」


 十代の少年少女に向けた娯楽小説。

 熱かったり泣けたり時に(常に?)ちょっと(凄く?)エッチだったりするジャンル不問の総合的少年向けエンターテインメントといった趣。


 例えば、僕が過ごしていた特殊文芸部の日々もライトノベル的と言えるのかもしれない。

 そんな風に思いながら、幾つか適当にタッチして表示させてみる。

 パラパラとめくってみると、ちょっと違和感があった。


「あ……挿絵がないんだ」


 電子書籍だからかは解らないけれど、文字だけで一切の挿絵が入っていなかった。

 表紙さえも、タイトルのみの簡素な仕様。


 ただ、ざっと読んでみた内容に関しては、ジャンルは様々ながら少年少女をメインとした物語。時に(頻繁に?)エロスありで、僕の記憶にあるものと一致していた。


 というより、ここにあるのは全部読んだことがあると思う。

 タイトルと内容に覚えがあった。


 あれ? でも、いつ読んだんだろう?

 それに、なんでこんなによく知っているんだろう?

 ちょっと記憶が混乱している。


 唐突に、ピッピッピ……と電子音が聞こえた。

 さっき開かなかった扉の方からだ。

 僕は、そちらを見る。

 扉が開いて、そこに見慣れた顔が立っていた。


「茅愛! よかった! 一体、何がどうなってるの!」


 僕は、彼女に駆け寄る。


「は、蓮人、君……あの、え?」


 だが、茅愛はグルグル眼鏡の奥の瞳を見開き、入り口で呆然と立ち尽くしていた。


「……もしかして、【特殊文芸部の】蓮人君ですか?」

「勿論そうだけど……それ以外にどんな蓮人がいるっていうの?」


 意味の解らない質問だったけど、とりあえず軽口で返す。


「え、そ、そっか……そうなんだ! おはよう、蓮人君!」


 と、茅愛は表情を輝かせて、嬉しそうに僕の名を呼んでくる。


「うわぁ、蓮人君と、こんな風に話せるなんて……」

「いや、そ、そりゃ、話すけど?」


 飛び跳ねて喜びながら、僕の手を取ってブンブン振り回す茅愛に辟易とする。

 なんだろう? さっきから様子がおかしい。


 そう言えば、服装も何か違っている。

 白衣を着て、その中も制服ではなくてタイトスカートとジャケットのスーツ姿だ。

 ちょっと大人びた感じ。


 でも、茅愛は茅愛だろう。

 なら、定番のコミュニケーションで流れを取り戻そう。


「はしゃいで飛んでも跳ねても回っても全然揺れない平面胸が虚しいから、落ち着いて!」


 僕はいつも通り彼女の胸をディスってみる。


「はぅ! ハァハァ…そういう、のは……ハァハァ……う、嬉しい、けど……ハァハァ……い、今は、そういう……場合じゃ……ハァハァ……でも、気持ちいい……ハァハァ……」


 予想通り、ハァハァして僕の手を解放し、自分の体を抱くようにして蹲り、快楽に耽り始める。


 うん、なんだか様子がおかしかったけど、やっぱり茅愛で間違いない。

 僕は、いつもと変わらぬ茅愛の反応に安堵する……って、あれ?

 何か、違ってない?

 確かにいつも通りの反応だけど、何か、ずれているような?


「あぅぅ……治ってない、ですぅ……」


 と、一頻りハァハァして落ち着いた茅愛が立ち上がっていた。

 その両肩はだらりと下がり、見るからに落胆した様子。


「治ってないって何が?」

「え、そ、それは、こっちの話で……って、あれ? でも、特殊文芸部の蓮人君なら、今のわたしの胸をディスる台詞が出てくるのは……ん? 記憶が混乱、してるってこと? だとすると……」


 僕の疑問をはぐらかしつつ、ブツブツと何やら考えこむ茅愛。

 なんだろうと思っていると、


「あの、ちょっと確認させてもらっていいですか?」


 神妙な表情で僕の目をしっかりと見据え、茅愛は問うてくる。


「今日は、何年何月何日ですか?」


 僕は、意図が解らずにキョトン、とする。


「なんでそんなことを?」

「いえいえ、余り考えずに。思ったそのまんまを答えてください」

「そのまんま?」


 なんだか、懐かしいフレーズな気がしたけど、それなら、


「二〇一八年四月一三日、だよね?」


 と、言われた通り、思ったそのまんまの日付を答える。

 ちょっと曖昧になっているけど、最後に記憶にあるのはその日付だった。


「うん……やっぱり特殊文芸部の蓮人君ですね……でも……そうだとすると辻褄が……でもでも、だったとしたら……うぅん……」

「?」


 僕の答えに、何かに納得したように頷き、一方で何かに疑問を感じたようにまたブツブツと考え始める。何かを迷っているような、そんな口ぶり。

 僕は、疑問符を頭に浮かべて茅愛の言葉を待つ。


 と。


 意を決したように、僕に改めて向き直る茅愛。

 真剣な表情で問うてくる。


「蓮人君は、シンデレラバストが好きですか?」


 大仰に考えこんでいた割に、余りにも当たり前過ぎる質問に僕は戸惑う。

 そんなの、答えは決まっていた。


「何言ってるの? 『シンデレラバスト』っていいように言い繕ってるだけで、要するに貧乳だろう? 貧乳が好きとか、あり得ないから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る