Case 1: start

第一話 シンデレラは、いずこに?

-2018/04/05-


「いない! なぜだ!」


 高校の入学式が終わり、僕こと灰野はいの蓮人はすとは講堂の片隅で頭を抱えていた。他の新入生から奇異の目を向けられているが、知ったことではない。


 高校入学を機に素敵な女子との出会いを夢見る。


 思春期男子として自然なことだろう。僕も当然、そんな夢を見ていた。


 ゆえに、入学式の間中、ずっと視線を巡らせて女子を全方位スキャンしていたのだ。


 なのに、居並ぶ新入生の中に、僕が望む女子は皆無だった。

 絶望に苛まれて思わず叫んでしまうのも当然だ。


 僕が求めている素敵な女子というのは、慎み深い女子である。

 特に、第二次性徴を終えても主張しない薄い胸を持つ女子のことだ。


 母性の象徴たる乳房を敢えて小さく保つ。それは過度に女性を前面に出さない奥ゆかしさ。

 かつては『貧しい』と蔑まれていたが、やがて品のあるものとなり『シンデレラへ』と至った。


 そう、僕はシンデレラバストを何よりも愛するのである。

 僕ほどのシンデレラバスト好きはそうはいないと自負している。


 新入生には僕の眼鏡に適う女子はいなかったが、まだ諦めたりはしない。

 講堂での入学式が終わった後には、体育館で部活の説明会があるのだ。


 期待をこめて体育館へと赴けば、幾つもの机が並べられて、何かの即売会のような風情。数々の部活がスペースを構えて新入生を待ち構えていた。


 当然、部活の説明を行うのは先輩。

 そう。

 同級生に求める女子がいなければ、上級生に求めればよいのだ。

 期待に胸を膨らませながら膨らんでいない胸を求め、僕は体育館へと突入する。


 そこは、新天地に夢を馳せる新入生と、部員獲得に燃える先輩達の活気の坩堝。

 僕も、負けじとシンデレラな先輩との出会いへの情熱を燃やすのだが、


「お、君、タッパあるねぇ。どう、うちのバスケ部でエースを目指さない?」

「待て! それなら是非バレー部に!」


 即座に水を差される。

 どうやら、入ってくる新入生を見張っていたらしい。

 だけど僕には崇高な使命がある。

 こんな勧誘に構っている暇なんてない。


「ごめんなさい、僕には求めているものがあるんです!」


 即答して、新入生を求めてブースに待機していたり歩き回ったりしている上級生の女子の胸元に次々視線でロックオンしながら体育館を隅々まで歩き回る作業を開始しようとしたのだが、


「いやいや、そう言わずに、待ちなって!」


 別の先輩が僕の前に回りこんできた。

 どこから見ても、体育会系の暑苦しい男の先輩だった。

 妙に馴れ馴れしく、僕の肩に手をかけたりしながら、


「さっき入学式で、女子の胸元を凄い勢いで舐め回すように観察していた背の高い男子がいた、と情報が入っているんだが、もしかして、君のことじゃないかい?」


 などと、声を潜めて囁いてくる。

 思い当たる節はあるのだが、恐らく僕の目的を正しく捉えてはいないだろう。


「なら、サッカー部にしておきなさい。ほら、うちのマネージャー」


 示された方を見て、やはり勘違いされていることを知る。


 そこには、首から提げたクリップボードを乳袋の上に乗せたマネージャーらしき女の先輩がいた。入部希望者の名前を控えているようだ。


 名前を告げる男子生徒は、頬を赤らめたり、鼻息が荒かったり、なりふり構わず胸元をガン見していたりしつつ、一様にだらしない表情を浮かべている。


 要するに、『巨乳マネージャー』という餌で新入生を釣っているのだ。それなりに大漁のようだが、僕が彼らの同類と見られているのは業腹だ。


「お断りします」


 断固たる態度で肩に回された手を振り解き、僕は女子の先輩方の乳房の膨らみを確認する作業に今度こそ入るべく動き始める。


 が、すぐに絶望が押し寄せてきた。


 どうやら、男子部員を求める部活が軒並みサッカー部の模倣をしているらしい。


 組んだ腕に乗せてみたり、姿勢良く立って前に突き出した乳袋を揺らして歩いてみたり、薄手のシャツで縄跳びをしてみたり、おっぱいの大きな先輩があちらこちらで乳をアピールしている。


 そうして釣られる男子新入生諸君。

 その人数を見れば、巨乳好きがマジョリティということを思い知らされる。


 なるほど、もはやシンデレラバスト愛好は希少価値であり、ならば、一種のステータスとも言えよう。僕は、シンデレラバストの神に選ばれし被造物なのだ。


 周りの男子とは一線を画す存在という選民思想的優越感が湧き上がる。

 心地いい。


 改めて見回せば、胸の膨らみを少しでも大きく見せようとしてばかりの上級生女子達。その中には、本当は素敵な平らな胸をしているのに、マジョリティを釣るために盛っている女子が一定数存在する可能性は否定できない。だが、大衆に迎合する心根はとても慎ましいとは呼べないので願い下げだ。


 胸は、ナチュラルにあるべきなのだ。

 揺るがないシンデレラバストを求める心を確認し、再び僕は歩き始める。


 その後も、見当違いの勧誘が続くが断固として拒否し、譲れない信念に基づいて女子の胸元を確認しながら歩みを進めるが、流石に疲れてきた。


 少し休憩したいと思ったところで、丁度良く体育館の隅っこに人が途切れた一角を見付けた。


 どうやらマイナーな部活が集まった場所のようだ。

 選ばれし者である僕にはマイノリティであることは好ましく思える。

 もしかしたら、と期待しながら、休憩がてら立ち止まって見回してみる。


 『転生トラック研究会』『実践ゾンビ対策研究会』『超統一理論縄跳び部』『学内で活動することで帰宅しない帰宅部という概念的存在部』などなどと、今一何をしているのか解らない部活が並んでいるが、それよりも大切なのは女子の胸の膨らみだ。


 残念ながら僕の望む女性は見つからない、というかさっき縄跳びしていたのが『超統一理論縄跳び部』の人だったようだ。マイナーな部活だからこそマジョリティを捕まえることにやぶさかではないようだが、なんとも哀しいことだ。


 さて、休憩は終わり。

 高邁なる我が理想を追い求めて、女子の胸元をロックオンする作業に戻るのだ。


 と、思っていたら。


「あ、あの……」


 おずおずと、僕に声をかけてきた女子がいた。

 無駄に張り出した乳袋に乗っかるリボンタイは赤。一年生の学年色だから、同じ新入生。

 長い髪を無造作に首元の後ろで束ねた、小柄な少女。

 大きくて分厚い丸レンズの所謂『グルグル眼鏡』をかけている。


 彼女は、僕を上目遣いに見上げていた。

 見下ろす形の僕の目には、否が応でも入ってくる邪魔な物体。

 僕と彼女の間の床までの視界を塞ぐ、異物。

 今日あちこちで見かけた中でも最上位に属するであろう、駄肉。


「こ、これ、気になりますか?」


 彼女は恥ずかしげに、両手を胸の下で組んで持ち上げるようにする。

 気になるのは事実だけど、彼女が思っているのとは確実に方向性が違う。


 とはいえ、その勘違いも僕の高尚な理念を知らなければ無理もない。

 僕は、何の魅力も感じない肉塊を微笑ましい気持ちで見守ることにする。


「さっきからずっと皆さんのおっぱいを、それはもう真剣にロックオンしていましたよね?」


 峻厳たる理想への探求に基づく行為だったから、なんら恥じることなどない。


「してたよ」


 即座に認める。


「と、いうことは、こういうのが、あの、お好きですよね?」


 胸を持ち上げて強調した姿勢のままだった彼女が、その組んだ手を解く。

 先ほどまで存在を強制的に認識させられていた膨らみが、戒めから解放され重力の虜に。

 文字通りの重厚な動作で、下方へと移動し。

 そのまま落ちることなく弾力で跳ね返り。

 圧倒的な躍動感をもって複雑な軌道を描き、揺れ動く。

 重量と柔軟性が産み出す予測不能の三次元的な動き。


 きっと、僕のように選ばれた男子以外の心は同じように揺れ動くのだろう。


 だが、僕の心は動かない。

 いや、動いてはいるが、そこらの男子諸氏とは全く異なる方向だ。


「そんなことあるわけない! 巨乳は……敵だ!」


 衝動に任せて口を開けば、そんな言葉が飛び出していた。

 無意識に紡がれた言葉だったけれど、だからこそ、それは僕の深層心理を表現している。


 そう、敵なのだ。


 目の前のこの暴力的な動作を認識して、はっきりした。

 微笑ましく見守っていていいものじゃない。

 だからこそ、思うままをキチンと彼女に伝えないといけない。

 僕という人間を歪曲し、巨乳を求めているかのような勘違いをしている彼女に。


 その勘違いに対する怒りが、僕の心を動かしているものの正体だ。


「そんな脂肪の堆積物で男の興味を引こうなんて、恥ずかしいと思わないの?」


 入学式で素敵薄胸女子が見付からなかった苛立ち。

 体育館で巨乳の台頭を目にしてわだかまっていた不満。

 その全てを吐き出すように、僕の言葉は止まらない。


「馬鹿にしないで欲しいね。そんな大艦巨砲主義なんて時代遅れも甚だしい! ぶよぶよと膨れあがった贅肉に何を求めろというの? 大和撫子らしく慎ましくあろうとは思わないの? 全く、脳味噌に回る栄養が胸に回ってるから、そんな自分で乳を揺らして強調するような卑しい行動に出るんじゃないの? そんな肉塊なんてどうでもいいんだ。見てるだけで邪魔っ気にしかならない! そんなものは、いっそ、もいでしまえ!」


 断固たる想いを乗せて、はっきりと言い切った。


 後悔はない。

 僕という人間を、明確に伝えられたと思う。


 だけど、ちょっと言葉がきつかったかな? と、思わないでもない。

 実際、見る見る涙目になっていく同級生の少女。

 でも、やむを得ない。これは、選ばれし者が負うべき業なのだ。

 女の子を泣かすのも、仕方ない。


 覚悟を決めて彼女の方を見たのだが。


 確かに、その瞳は涙で潤んでいた。

 でも、いつのまにか全体的に熱を帯びたその表情。

 それは、泣いているというよりは。

 どちらかと言えば、歓喜悦楽を含んでいて。


「ハァハァ、も、もっと! もっと、巨乳を蔑んで! 罵って! いっそもぎ取って!」


 仕舞いには、言葉に出してハァハァしだした。

 どうしてこうなった? 言葉攻めを求めるとか、


「もしかして、M?」


 辟易としながらも、僕は思ったことをそのまま口に出す。


「え! いえいえ……ハァハァ。違いますよ……ハァハァ……そ、そうじゃなくてですね……ハァハァ。わたしはですね……ハァハァ……巨乳を蔑まれると興奮してしまうのです! だ、だから……ハァハァ……この巨乳を……ハァハァ……も、もっともっと貶してください!」


 ハァハァしながら語られた言葉に、僕は「?」となる。

 巨乳を蔑まれると興奮するって、


「いや、それ、立派にMじゃない?」

「いいえいいえ! 流石にそこまで大きくないです! それより五つは下です!」

「いや、サイズの話じゃないから! ってそれでもHじゃんか!」


 尋常じゃないサイズに見えていたが、そこHカップまでブクブクと太っていたとは。

 この世の理薄さこそが至上を知らぬ無知蒙昧な男子達は喜ぶだろうが、僕に取っては恐怖だ。


「え? わたしはHな女の子じゃないです。ちょっと巨乳を蔑まれると興奮するだけの、普通の女の子ですよ? それを言うなら、入学式から今まで、女子のおっぱいを真剣に視姦しまくってた貴方の方がよっぽどHだと思いますけど?」


 もう興奮が冷めて落ち着いたのか、キョトン、として言い返してくる少女。


「いや、あの観察はいやらしい意味ではなく、飽くまで理想の薄胸うすむね少女を見つけ出そうという崇高な目的に基づく行為だ。断じて変態行為じゃない!」

「薄胸少女を探し求めて人目を憚らずに女の子のおっぱいを熱心にガン見しまくるのは、立派な変態だと思います!」


 ぐっ……そ、そうなのか? 選ばれし者の行為は凡愚には理解できないものなのか?

 強く断言されて思わず言葉に窮してしまった僕を見て、


「あ、も、勿論、良い意味でです!」

「良い意味の変態って何?」


 言い過ぎたと思ってフォローしたつもりみたいだけど、方向性がおかしい。

 視覚的に邪魔っ気が目立つのもあるけど、なんだか疲れる子だ。


「それで、変態さんに用があるんですが……」

「いや、だから変態じゃないって! 僕には灰野蓮人という名があるからね!」

「あ、わたしは蔵間くらま茅愛ちあです」


 今更ながら互いに名乗ったところで、


「それで、何の用なの、蔵間さん?」


 話を仕切り直す。


「実はわたし、とある部活に早々に入部したんですが、その部活に灰野君もどうかなぁ、と思って、ちょっと確認させてもらったんですよ」

「確認って? ここまでの会話で伝わったことって『僕が巨乳を忌み嫌って薄胸を求めている』ってことぐらいだよね?」

「はい、そうなのです。おっぱいに対する嗜好は非常に重要なことですから!」

「おっぱいに対する嗜好が重要って……一体どういう部活なの?」


 まさか『おっぱい部』とか?

 さっきのマイナー系部活のラインナップから考えると、あってもおかしくないけど。


「まぁまぁ、おっぱいの好みは部活の内容というよりは、部内の人間関係の問題ですからねぇ。詳しくは、行ってのお楽しみです」


 僕の疑問を適当にあしらいながら、蔵間さんは僕の手を取ってどんどん歩いていく。


「ちょちょ、ま……」


 何か言おうとしたけれど、握られた手を無理に解くのも忍びない。大人しく従って歩いていくと、そのまま体育館の外に出てしまった。


「あれ? 体育館にブースはないの?」

「はい。部長が出不精で部室に引きこもってるんですよ。ですから、こちらから会いに行かないといけないのです」

「あれ? それだと、どうやって蔵間さんは部活の存在を知って入部したの?」

「あ! え、えっと、そうそう、わたしは元々部長の知り合いでして、入学したら入る約束になってたんですよ」

「へぇ」


 ちょっと反応がおかしかった気もするけど、まぁ、そういうこともあるんだろう。


「ともかく、ついてきてください。きっと損はさせませんから!」


 怪しい勧誘のような抽象的な文句だが、なんとなく期待できそうな気もする。

 どうせ、体育館には僕が望むシンデレラは見つけられなかったんだ。

 ならば、賭けてみるのも一興。


 僕は、素直に蔵間さんについていくことにした。

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