第17話 もう一声
楓子と西条先生を引き合わせてから数日後、ついにその時がやってきた。
次のシングルの選抜発表だ。
ただ今までのそれとは大きく違い、そこは私たちのグループの冠番組を収録するスタジオではないし、発表するのは柏木さんだ。横には斯波さんもいる。
メンバー全員が集められた大き目の会議室は、テーブルが端に寄せられ椅子だけが整然と並べられていて、そこに順番に座らせられる私たち。
冒頭に今回の発表形式が変わったことについて、コンサートの開催の話を含めて簡単な説明があった後、その催しで発表される新曲の選抜メンバーが一人ずつ呼ばれていく。
三列目の端から発表されるのはいつもと同じだが、番組ではないため前に出た時にみんなの前でコメントをする必要はないようだ。
順に選抜メンバーの枠が埋まっていき、残すは二列目の真ん中とフロントメンバーだけとなった。
ここまでは呼ばれていない先日の騒動の主役たちがどこで呼ばれるのかと、本人たちはもちろん、他のメンバーも注目していたことだろう。残ったメンバーの顔触れから、もしかしたらお咎めなしでセンターやフロントに残るのではないか。そんな風にも思われていたかもしれない。
しかし、そんな予想も虚しく次に瀬名の名前が呼ばれた。二列目の真ん中ということは、私の出した条件通りだ。
残るフロントは四名。そうなると当然、今回の曲がWセンターとなることはその場に居た全員が理解していたはず。
両端に収まったのは結菜さんと、もう一人の注目メンバーであった前作のセンター最上だった。ここでも私が条件として挙げた内容が採用されている。そうなってくると、残る一つの条件も満たすものと考えて良さそうだな。
発表を待つメンバーたちも、残りの二人のうち一人が私であろうことは想像していたと思うし、今までの流れからもそう考えるのが自然だ。ただ、もう一つ空いたその席が前作の二列目より前のメンバーではないということで、そこに誰が収まるかを予想できた人は果たしているのだろうか。
そして私の名前が呼ばれ、続いて最後の一人が呼ばれる。
「ラスト、もう一人のセンター、阿久沢楓子」
さすがにどよめく会議室。選抜経験者でもなければ、アンダーでもフロントやセンターを経験していない楓子が、まさか選抜のセンターになるなんて。祝福することなのか驚くことなのか、はたまた怒ることなのか。整理がついていない人がほとんどであったことは想像に難くない。
今回の発表方法では、この場では皆に対して何かを話す必要はないため、粛々と席を立って前に出るだけで良いのは少なくとも私にとっては好都合であった。楓子がどう思っていたとしても、さすがに前に出ることくらいはできるだろう。
発表が終わり解散の声が掛かった後も、メンバーたちは今回の顔ぶれに対する想いも色々とあっただろうが、その場でおおっぴらに口に出す者は誰も居なかった。この後、どこかでいくつもの輪ができて、ああじゃない、こうじゃないと感想戦が始まるのだろうな。
おそらくその話題の中心は、スキャンダルを起こしたにも関わらず序列を一つ下げただけの罰に留められた二人と、いきなりセンターに抜擢された新ヒロインだ。
特に選抜から落ちた子やアンダーから上がれなかった子にしてみれば納得がいかないかもしれないが、これはグループ全体の未来を賭けたフォーメーションなのだ。どうか理解してもらいたい。
どちらも私の差し金であることは知られていないし私がその批判の対象となることはないのだろうが、願わくば本人たちにもその
何はともあれ、まずは内々での選抜発表が終わった。さて、問題はこれからだ。
楓子がセンターとしてどう振る舞うか。とにかく私は心配でならなかった。早く一つ目の新曲の仕事が来ないものかと、ドキドキが半分、ワクワクが半分といった気持ちで私はその日を待つ。
そしてやってきた楓子のセンター初仕事。それは月刊で発売されている芸能写真誌の撮影だった。
内容は写真を撮って短いコメントを訊かれるだけのシンプルな仕事で、初センターの初仕事としては良い感じに難易度の高くない仕事だ。
集められたメンバーはフロントの四人。
私は自分の番が終わった後、楓子の様子が気になって覗きに行くことにした。
まさか、笑ってと言われようが驚いてと言われようが、無視して真顔で居たりしないだろうな。
そんな私の心配をよそに、その新星はこれでもかというくらいに輝いていた。それは今まで楓子の仕事の現場を見ることがほとんどなかった私でもわかるくらい、明らかに今までの楓子と違う、キラキラした表情と仕草だった。
その後のコメント録りにおいても、さすがに喋り方にぎこちなさはあったが「嬉しいです」や「頑張ります」といった前向きな言葉も聞くことができたし、この日の楓子の仕事はセンターとして、それも初めてのセンターであれば十分に合格点をあげられる内容だ。
これが先日、私たちに向かってネガティブな発言を繰り返し、頑なにアイドルらしく振る舞うことを拒否していた楓子と同一人物とはとても思えない。
一方で、撮影などの仕事が終わった後の楓子は今までの楓子とは変わらず、疲れていたのもあったのだろう、周りが気安く声を掛けるような雰囲気ではなかった。それは仕方がないよね。少なくともカメラの前ではキラキラしてくれていたんだし、それで良しとしないと。私だって他人のことは言えないし・・・。
しかし、やっぱり西条先生は凄いな。あの楓子をここまで変えてくれるなんて。どこかでしっかりお礼を言わないと。
これで新曲披露の時のサプライズ演出は上手くいくだろうし、楓子の美人さを世間が知れば、次の日のスポーツ新聞やインターネット上のニュースなんかで大きく扱われるのは間違いない。私たちのグループが明るい話題で注目されるのは久しぶりだ。良い流れが戻ってきてくれるといいな。
楓子の問題が片付いたことで、私は無事に
バカだな、私は。世の中がそんなに甘くないことは、何度も経験してわかっていただろうに。
私が楓子の変貌を目の当たりにし安心感に浸ってから何日もしないうちに、柏木さんが新たな懸案事項を持って私を呼び出した。
「すまんな、急に。ただ緊急事態なんだ」
なんだろう。また誰か撮られたりでもしたのか。さすがにそれはないか、シャレにもならないし。
「どうしましたか。楓子のことなら、心配することないくらい順調ですよ」
それ以外に何かあったっけ。
「あぁ、それはもう心配していない。というかそれどころじゃない」
何だ。どうしちゃったんだ。
「今進めている、次のシングルのリリースに向けた計画については把握していると思うが、そこに新たな障害が発生したんだ」
新たな障害?何だろう。
「リリース前のコンサートで初披露をして、次の日の各メディアをウチの新曲と新センター一色にする。要はメディアをジャックして、そのまま楽曲の発売に向かい歌番組とか雑誌に出まくって注目を集め、ロケットスタートをきってミリオンセールスを達成するっていうシナリオだっただろ」
そうだけど、そのほとんどは私の決めたものじゃない。斯波さんや柏木さんが入念に練った戦略じゃなかったけ。
「そのウチのコンサートと同じ日に、青嵐がコンサートをぶつけてきたんだよ。しかもそこでウチと同じく新曲の初披露をするみたいで、それが終わった直後からミュージックビデオのインターネットでの無料公開を始めるんだってさ。またパフォーマンスで話題になるって自信を持ってるんだろう。それにしてもウチと同日にやるなんて、上手くいけば相乗効果で更に話題になるのを狙ってるんだろうな、きっと」
そうなんだ。青嵐の新曲、それは確かに気になるな。どんな曲でどんなパフォーマンスなんだろう。いや、今気にしなくてはならないのはそこじゃない。それが話題になってしまうと、私たちのイベントのサプライズ効果が薄まってしまうというところか。翌日のスポーツ新聞の扱いが、下手したら写真も無い左下の方の文字だけとかになっちゃうのかな。
しかし、とことん私たちのグループと戦おうって腹なんだな、青嵐さんは。いい度胸してるじゃない、受けて立つわよ。・・・そんな風に言えればいいんだけど、今のウチの状況ではそんなことはとても言えないしな。
「それで、前に斯波さんに言ったこと覚えてるか?三つの条件とは別に自分には考えがあるってやつ。斯波さんがそれを気にしてたぞ。あれから何も言ってこないけど、新田は何をやろうとしてるんだって。どうするつもりだ」
そっか。そういえばそんなことを言った気がする。楓子のことに気を取られてて、完全に記憶から消えて無くなっていた。でも、こういう事態になったからには本当に何か考えないと。
青嵐がどんな曲を出しても、パフォーマンスを見せても、ウチの方が絶対に話題になるって自信を持てる演出をコンサートでやるしかないよね。でも、新曲の初披露とサプライズのセンター発表、他に何ができるかな。
せっかくやるならファンを喜ばせるようなものにしたいし。それに、今回の新曲には色々とあった私たちのグループが原点に還るというか、新たな出発をするという決意を、メッセージを込めたい。それに相応しい演出、何があるんだろう。
私たちの原点。私たちらしさ。私たちのグループとは。
こういう言葉を考えていくと、私はいつも一人の人の顔が思い浮かぶ。
由良美咲。今も昔も、もちろんこれからも、私の憧れであり、アイドルとして目指すべき理想像だ。そして私たちのグループの象徴であり、私たちのグループを最も体現した人。こんな時、美咲さんならどうするんだろうな。
私は急に懐かしくなり、美咲さんの卒業シングルとなった二人でセンターを務めた曲のミュージックビデオのことを思い返していた。
私がバトンを受け取ったんだよね。しっかりしないと。
バトンと言えば、前にミュージックビデオについて記者に質問されて美咲さんが説明したことがあったよな。あれ、そのイベントって他にどんな話が出たっけ。たしか・・・。
私は呼び起こした記憶の片隅から、今の私たちにぴったりな企画を見つけ出した。
「柏木さん、一つあります!青嵐がどんな曲を出しても、パフォーマンスをしても、私たちの方が絶対に話題になる、次の日の新聞とかで大きく取り上げられる演出が!」
思わず大きな声を出した私に驚く柏木さん。
私が思い描いた演出について説明すると、一瞬、柏木さんの表情は明るくなったが、少しして困ったような表情を浮かべ始めた。
「しかし、実現するためにはハードルがいくつもあるし、なかにはハードルっていうか走り高跳びのバーみたいなのもあるな。どうするか・・・」
「それをなんとかするのが運営の腕の見せ所じゃないですか!」
これしかない。これなら絶対に上手くいくし、ファンの人も喜ぶに決まっている。
「とりあえず俺の方で色々と動いてみるけど、上手くいかなかったら別の案を考えてくれよ。何もアイデアがありませんでしたなんて、今さら斯波さんに言えないからな」
私はその光景を想像するだけで浮かれていて、柏木さんの言葉の最後の方はよく聴いていなかった。まぁ、たいしたことは言っていなかっただろう、きっと。
まだ現実のものになるかも不確定な状況ではあったが、私の頭のなかは既にその日の演出の詳細を考えることで一杯になっていた。
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