第7話 嘘でしょ

―衝撃!人気アイドルグループ、新エースは夜の街でもセンター!


 いつの時代も週刊誌の見出しというのは必要以上に大袈裟だ。電車の釣り広告などで見る人を僅かな時間で惹き付けようと必死なのだろうが、時には全く内容とリンクしていないことすらある。何ならその方が多いくらいだ。実にくだらない。


 この週の某芸能週刊誌に、ある人気アイドルが夜な夜な遊び歩いているというような記事が掲載された。


 遊んでいたとされる場所が渋谷のセンター街というから、腹が立つことに立派にトンチはきいている。ホントにこの手の週刊誌は言葉遊びが好きだ。なんとかして世間を煽ってやろうと、妖艶ようえんな文字が踊る踊る。


 そこに添えられている写真の一つは、数カ月前に行われたそのアイドルのコンサート会場にファンが殺到する画だ。そしてその横にはセンター街の雑踏ということで、さしずめ人混みの会場から人混みの繁華街へとでも言いたいのだろう。


 そんな写真を撮るために会場に来ていたのかと思うと、それもまた腹立たしい。


 その記事に写真付きで載っていたのは私たちのグループのセンターを務める最上で、本文のなかにはフロントメンバーの瀬名の名前も登場していた。


 二人とも、人気メンバーであることには間違いがない。


 しかし内容は断片的な情報がバラバラとあるだけで、いまいち信憑性に欠ける。


 一つは、最上と瀬名がある男性アイドルグループのメンバーと連絡先を交換していて、今も連絡を取り合っているということ。これは男性アイドル側の関係者の証言をソースとしているらしい。


 もう一つは、最上が夜の繁華街で仲間とお酒を飲んでいたということ。しかも同じ集団のなかには同世代の男性もいたとのことだ。この部分については本人とされる写真も掲載されていたのだが、それが本当に最上か、近くに居る男性が一緒に飲んでいた仲間なのかは、宴会が終わった後であろう街を歩くその姿からは断定することまではできない。


 最後は、学生時代から最上も瀬名も社交的で男性を含め交遊関係は広かったということ。それぞれの昔からの友人とされる人物が語ったらしい。余計なことを言わずに黙っていればいいのに、友達を売るなんてそんなヤツは友人とされていても、私に言わせれば知り合いでも何でもない。赤の他人だ。


 記事ではこれらを根拠に最上や瀬名が、おそらくその男性アイドルを含む仲間とも遊び歩いている、そもそもそれが目当てでウチに入ったのではないかとまで書かれている。憶測でも言っていいことと悪いことがあるだろう。これは悪いことだ。


 当然、この記事が世に出たのを受けて、私たちのグループの運営会社では対応策の検討を始めることとなる。


 まずは事実関係を確認しないと方針を決められないということで、記事の出たその日のうちに柏木さんが二人を呼び出した。


 以前であればこの段階で長瀬さんも居たと思うのだが、どうやら斯波さんは来ないようだ。偉い人だし忙しいのだろうけど、これ以上に大事なことなんて何があるのか。やはり私とは感性が合わない。


 しかし、そうなると柏木さんが一人で二人と話すことになる。それでは彼女たちが感情的になってしまった時に収集がつかなくなることが危惧されたため、そこには一部のメンバーも呼ばれることとなった。


 重い空気の会議室に集まったのは、柏木さん、最上と瀬名、キャプテンの和泉、そして私。


 私?何で私なんだっけ。


 本題が始まる前に、私は廊下に柏木さんを連れ出した。


「私って何かの間違いで呼ばれちゃったと思うんですけど、帰った方がいいですよね?」


 柏木さんがキョトンとする。


「いや、間違えてないぞ。俺と、当事者の二人と、キャプテン、副キャプテン。そんなに変か?」


 ん?今、何て言った?私、いつの間にか副キャプテンなの?


「あの、私って副キャプテンなんでしたっけ。そもそも、そんなポジションありました?」


「あれ、少し前に長岡から聞いたぞ。奏が副キャプテンをやるって言ってくれてるから、何かあったら二人で頑張りますって。斯波さんも納得してたし。そういえば、ついこの間の話だし、まだみんなの前で発表ってしてないな」


 柏木さんは何を今さらという感じだ。


 たしかにその台詞を言った覚えはあるのだが、和泉への「御守り代わり」のつもりだったのに。和泉はそれを思いのほか真に受けていたのだ。


 そういえば今までキャプテンが居ない場だと代わりの挨拶をその時のセンターや、一期生でエース格の結菜さんが務めることが多かったのに、ここ何回かはなぜか私が指名されるなとは思ってたんだよね。そういうことか。


 なるほど、それならここに居るのも納得だ。事の経緯はともかく、私は和泉と一緒にメンバーをまとめる係だったのだから。


「確認はそれだけか?待たせてるから戻らないと」


 柏木さんが会議室のドアを開けて中に入っていき、私もそれに続いた。


 テーブルの上には例の週刊誌が開かれている。


 部屋の雰囲気は相変わらず暗く、最上は少しむせび泣いているみたいだ。瀬名は口を真一文字に結んで真っ直ぐに前を向いているが、目にはほんのり涙を浮かべているようにも見える。


「忙しいところ呼び出して悪かったな。長岡と奏も」


 まずは当たり障りのない挨拶から。柏木さんも、どう切り出せばいいか難しく感じているのだろう。


 それでも彼は頑張って何やら話を続けようとしたが、その出鼻を挫く様に瀬名が口を開いた。


「こんなの出鱈目です!嘘ばっかり書いてあったし、訴えてやりたいくらいです!」


 まだ誰も何も言っていないのに、この勢い。相変わらず瀬名の怒りの沸点は低いようで、彼女のなかでは既に祭りが始まっているようだった。


「まぁ、落ち着こう。何が嘘で、どこかに本当の部分はあるのか。まずはそれを確認させてくれ。別に二人を責めようと思って呼び出したわけじゃないからさ」


 柏木さんは平静を装うものの、明らかに瀬名の剣幕に圧倒されている様子だ。


「そうだよ。私たちだってこんなの全部を信じる気なんてないし。だけど何が真実かを知らないと二人を守ることもできないから。一つずつ教えてもらえる?」


 和泉の自分を援護する言葉に合わせて柏木さんも頷く。たしかに和泉や私がこの場に居たのは正解だったようだ。


「まず、私は芸能関係の男の人と飲みに行ったことなんてないし、そういう人たちと知り合いたくてアイドルになったわけでもありません。これ書いてるヤツ、バカなんじゃないんですか!そんな軽薄な理由で入って、ついていけるような甘い仕事なわけないじゃない!アイドルを舐めすぎ!先輩たちもそう思いますよね?」


 私も和泉もそこには全力で頷く。なぜか柏木さんも。


 しかし瀬名ってホントに真っ直ぐな子だな。気が強いとこあるから怒らせるとこんな感じだけど、裏表はないし、熱いし、ファンが応援したくなるのもわかる。


「愛莉だって、そんなくだらない理由で入ったわけじゃないのは柏木さんも知ってますよね?小さい頃からミュージカルとか好きでよく観に行っていて、そこを目指して芸能界に入ろうと頑張ってたんだし」


 言葉が出てこなそうな本人に代わって、瀬名が最上の想いの丈を述べた。最上は涙を流したまま頷いている。


「わかった。その部分は俺も疑ってないし、しょうもないこと書くなって思っていたところだ。それで、最上とされている写真はどうなんだ?」


 柏木さんが怒り心頭の瀬名にたじろぎながらも、次の項目に話を移していく。


 回答を求められた最上が、弱々しく言葉を発する。


「写真は・・・。私です。でも私、飲み歩いてなんかいないし、その日はたまたま・・・」


 あっ、写真は本当に最上なんだ。よくもまぁ、あんなにたくさん人がいるなか、多少は変装もしている女の子を見つけ出せるものだ。週刊誌の記者ってやつも侮れないな。


 いけない、感心してる場合じゃない。


「愛莉だって二十歳越えてるんだから、友達と飲みに行って何が悪いんですか!」


 なぜか当事者ではない瀬名が、何も言っていない柏木さんに噛みつく。なんか面白い構図だな。


「いや、飲むのはいいんだけどさ、この一緒にいるのは仲間か?後ろの男たちも。少しチャラそうなのもいるけど・・・」


 たしかに今時っぽいヤツもいるし、バラエティに富んだメンバー構成だ。私の知り合いには居ないタイプの人も多い。最上は学生時代さぞ充実していたんだろうな。モテただろうし、友達も多そうだし。当然と言えば当然か。


「男の子もいたのは事実です。だけど週刊誌が書いてるような芸能関係の人じゃなくて、みんな昔からの友人です。その時は中学の同級生たちと同窓会をやっていて、写真は一次会のお店を出たところだと思います」


 まぁ、アイドルにだって友達はいるし、同級生だっているよね。それ自体は何も責められることではない。


「そうか。まぁ、今の立場を考えると気を付けた方がいいのは事実だけど、それなら悪いことではないよな。その日は遅くまで遊んでたのか?」


 夜遊びとか書かれてたしね。どうなんだろ。


「みんなは二次会に行ってましたけど、私は次の日が早かったのもあったのでそこでみんなと別れて帰りました」


 うんうん。そこは次の日に関わらず帰って欲しいところだけど、とりあえずは問題なし。


「だから言ったじゃないですか。こんなの適当なことばっかり書くんですよ!話題になるからって面白がって!」


 最上の潔白が証明されつつあることに、俄然、瀬名も勢いづいてきた。


「最後に、この男性アイドルと連絡先がどうのってのはどうなんだ。これも書いてるヤツの妄想だと思っていいのか?」


 これがシロなら何てことない、全部この週刊誌の虚言だ。


 私たちはイメージを商売道具にしてるわけだし、これは立派な名誉棄損だろう。場合によっては瀬名の言う通り出版社を訴えたっていいんじゃないかな。


 そんなことを思いながら二人に目をやると、何だかそれまでとは様子が違うように見える。


 あれ、さっきまで食い込み気味にいきり立ってきた瀬名の反応が鈍い。それに最上もまた黙って下を向いてしまった。


 ちょっと、今までみたいに否定するんだよね。まさかね。


「えっと、その、連絡を取り合ってたりはしていません。それに、仕事の時以外のプライベートで会ったこともないですし・・・」


 やっと口を開いた瀬名の口調は、さっきまでの江戸っ子調とは打って変わってしおらしいものになっている。そして、明らかに歯切れが悪い。


「なんだ、何か後ろめたいことがあるのか?」


 柏木さんも、さすがにその変わり様には違和感を持ったようだ。それは和泉も同じだろう。


 すると突然、最上がボロボロと涙を流しながら喋り出した。


「番組で共演した直後だったし、これからも一緒になることがあるかもしれないから、あんまり無下にすることも出来なくて・・・。それに、私と仲良しのモデルの子と友達だって話し掛けてきたから、連絡先をきかれて教えないと友達の友達を疑っているみたいになるように思っちゃって、つい・・・。ごめんなさい・・・」


 えっ、嘘でしょ・・・。連絡先を交換してたって部分は事実だったってこと?そうなんだ・・・。


 柏木さんも困ったなというような表情をしている。怒っても仕方ないし、とりあえず今、何を言えばいいのか考えているのだろう。


「でも、今も連絡取り合っているってのは嘘です。これは信じてください」


 瀬名が必死に弁解する。どうやら自分もその場に居たのだろう。話し振りからすると瀬名も連絡先を教えてしまったのか。


「そしたら、連絡したことは無いと思っても大丈夫か?」


 柏木さんはなんとか軽い、何でもない話にできないか模索している。そうであってくれと願っているような感じだ。


「・・・全く無いって言うと嘘になります。交換した直後に挨拶みたいなのがあったので、それには返事しました。でもそれだけです。本当です」


 まぁ、連絡先を交換しちゃったら挨拶の一往復くらい、内容によっては二、三往復くらいはあってもおかしくはあるまい。さすがに交換しておいて無視するのは失礼だし、返事を返す方が人としては正しい。


 ここまで話した二人に嘘はないだろうし、今、聞いた内容が事の真相なのだろう。それはそうなのだが、完全にシロでなかったのは痛い。


 おそらく柏木さんも同じことを思って頭を抱えているのだろうな、きっと。瀬名の回答を聞いてから黙ったままだし。


 部屋の中はお通夜のような空気のまま、時間だけが虚しく過ぎていった。

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