第6話 私に限って

「奏ちゃん!」


 グループを離れた一人での仕事でテレビ番組の収録スタジオを訪れていた私は、本番のスタジオへ続く廊下で後ろから誰かに呼び止められた。


 振り返ってみると、そこに居たのはファッション誌のモデルを中心に幅広く活躍している女性タレントの一色いっしき結衣ゆいさんだった。彼女は私の数少ない仕事関係で出来た友人だ。


「結衣さん!今日は何かの収録ですか?」


「うん、ちょうど終わったとこ。奏ちゃんはこれから?」


 私も終わりだったらそのまま一緒に食事でもとなったのかもしれないが、残念ながら私には今から長時間の収録が待っていた。私は残念そうな顔で頷く。


「そっかぁ、頑張ってね。また連絡するから!」


 結衣さんと別れてスタジオに向かい、私はゲスト出演することになっていたクイズ番組の収録に臨む。実は雑学の知識も豊富な方だし、クイズは好きなんだよね。


 収録を終え楽屋に戻った私の携帯電話に、結衣さんから久しぶりの連絡が入っていた。遅くなってもいいから、今夜少し話せないかとのことだ。


 帰宅後、諸々を済ませた私は結衣さんに電話をしてみる。


「すみません、すっかり遅くなってしまって」


「大丈夫、私だってあの時間からの収録が何時になるかくらい想像できるから。気にしないで」


 夜も深い時間になってきているのだが、結衣さんの声を聞いているとそんなことは全く感じられない。芸能人には時間が不規則な生活は付き物だ。


「それで、何かありました?」


 私はさっそく本題を問う。


「うん、少し前から気になってて奏ちゃんと話すことがあったらと思ってたんだけど、なかなか無くて。それで今日、久しぶりに会えたから、この機会にと思って」


 何やら真剣な話し振りだ。


「それって私に関することですか?」


 何だ。何があったんだ。


「関係しているかも含めてなんだけどさ。奏ちゃん、最近、おかしなことってない?後ろから誰かにつけられてたり、周りの友人とか家族に怪しい電話があったり・・・」


「えっ、何ですかそれ!どういうことですか!?」


 思っていた以上に重そうな話に、思わず慌てふためく私。


「やっぱり!何か思い当たることあるの?そうなんだ、そっかぁ」


 私が戸惑う様子を聞き結衣さんは予想が的中したと思ったのかもしれないが、私は単に慌てただけで思い当たるフシは何もなかった。


「いや、そんなのは何もないですけど・・・。どうしたんですか、急に」


 電話の向こうで結衣さんが胸を撫で下ろしたのがわかる。


「あっ、ないんだ。良かったぁ。どうしようかと思っちゃったよ」


 結衣さんは安心して、私に突然、脈絡のない質問をした理由を話してくれた。


 結衣さんが最近、モデルを務める雑誌の編集部の人と一緒に食事をした際に、たまたま同席することとなった別の出版社に勤める記者から、ある噂を聞いたらしい。


 その内容は、某芸能誌が超人気アイドルの男性関係のスキャンダルを追っていて、既に証拠の写真や証言も押さえているらしく、そう遠くないうちに記事になるというものだ。


 中身はかなり際どいものということで、下手したらその人物の芸能人生を左右するだけでなく、その子の所属するグループの存亡の危機にまで発展するかもしれないほどの大きなスクープだとか。


 さすがにそれは言い過ぎだろうが、そう言いたくなるくらい話題性のあるニュースなのだろう。


 その超人気アイドルの名前は明かされていないが巷で囁かれている条件を総合すると、私という線も捨てきれなかったようで結衣さんは心配してくれていたみたいだ。


「だって、今、超を付けるくらい人気のグループって言われたら麹町のことが思い浮かぶのが普通でしょ。そのなかで大袈裟に書かれているとはいえ、スキャンダルが発覚したらグループ全体の今後にまで影響があるっていえば、やっぱりエース級のメンバーだろうし・・・」


 結衣さんの言い分もわからないではない。一般の方々の目からみれば私は浮き名を流した人物の有力候補なのだろう。


「でも男性スキャンダルですよね?そもそも私、女性ですら一緒に食事したりするの結衣さんを含めてほんの少しですよ!私に友達が少ないの知ってますよね、もう!」


 怒ってはいないが、数少ない友人の結衣さんにそう思われたのは意外でもあった。


「うん、それはそうなんだけどさ。最近は色んな番組に出てるみたいだし、お誘いも少なくないだろうなぁって思って。アイドルやってる時の奏ちゃんなら、誰とでも仲良くなれると思うし」


 そう言われること自体は悪い気がしない。むしろ褒め言葉にも聞こえてくる。


「そうかもしれないですけど、素に戻るとこんな感じですよ。よくご存知でしょうけど・・・」


 結衣さんが電話口で少し笑うのがわかった。


「そうだったね。初めて一緒に食事した時なんか、就職活動の面接みたいな挨拶されちゃったし。ごめんごめん。でもホントに良かった」


 恥ずかしい昔話を出されて少し黙ってる私に、結衣さんは冗談とも本気ともつかない感じで続ける。


「でも、本当に何もないの?私にくらいはいいんだよ、話してくれても。相談に乗れるかもしれないし」


「ないですって!少なくともアイドルをやってるうちはありません。そんな余裕があれば苦労してないですよ」


 本当に全くやましいことのない私は心の底からそれを否定することができたが、世間の人たちから見ればアイドルといっても人間だし、ひた隠しにしている秘密の一つや二つあると思うものなのだろう。


 それに異性絡みのスキャンダルで話題になるアイドルが数年に一度、もしくはそれ以上のペースで出ているのも紛れもない事実だし。


 それでも私には関係のない、縁のない世界の話だ。


 疑いが晴れた後は、久々に話す結衣さんと近況について報告し合ったりして、電話とはいえ私は束の間の楽しい時間を過ごすことが出来た。


「とにかく、奏ちゃんじゃなくて良かった!いきなりゴメンね。また食事とか行こうね!連絡するから」


「はい、私からも連絡します。おやすみなさい!」


 結衣さんとの電話を切ってから、私は寝転んだまま冒頭の話題のことをぼんやりと思い返していた。


 自惚れではなく、たしかに今、記事にして一番騒ぎになるのはウチのグループだろう。芸能誌の記者であればウチのメンバーを狙うのは自然な話だ。


 そのなかでも、特にフロントを務めるようなメンバーであれば世間の注目を集めるのは必至だろうし、そのメンバーがセンターを経験していて知名度も高ければ尚更そうだ。


 名を上げたい記者であれば当然、そういったメンバーにターゲットを絞るはず。少なくとも私ならそうする。


 今、フロントを務めているなかで、センターを経験しているメンバーといえば・・・。


 結菜さんと一期生で最年少の高林たかばやしりんさん。それと二期生の私。


 一期生は何も無いところから活動を始めたというのがあるからか、メンバー間にも何とも言えない体育会系の空気があり、とにかく皆さん自他共に厳しい。そのなかでも特にプロ意識の高い結菜さんにスキャンダルは考えづらいな。それに中学生の頃からそんななかで過ごしてきた凛さんも、早いうちから次世代エースとよばれていて運営のガードも堅かっただろうから、変な虫が着くのは想像がしづらい。


 根が暗い私は論外として、というか自分じゃないことくらい、さすがの私にも確信がある。二重人格じゃあるまいし。


 そうすると・・・。なんだ、いないじゃん。


 あっ、一人忘れてた。現センターの最上がいる。


 あの子はコミュニケーション能力は高いし社交的だし、いきなりスターになって若干、浮かれているような感じにも見える。そんなことなければ申し訳ないけど、少なくとも私の目には。


 それに先輩たちや私たち二期生と違ってグループが大きくなってから入ってきたあの子たちには、良くも悪くも悲壮感みたいなものがない。そういう意味では、うっかりヤラかしていても驚きはないか。


 でも、まさかね。


 そんなにバカじゃないだろうし。事の重大さくらい、わかってるでしょ。


 そしたらウチ以外のグループの誰かかぁ。誰なんだろ。まぁ、他人ならそんなに気にならないんだけどさ。


 自分に関係のない話と思えてくると急にどうでもよくなり、睡魔に襲われた私はそのまま眠りに入ってしまった。


 その後、一瞬、ガタガタッと窓が立てた音で私は目を覚ました。外は冷たい木枯らしが吹き荒れているみたいだ。


 いけない、コンタクトレンズ入ったままじゃん。最後の力を振り絞って外さねば・・・。


 それから何日もしないうちに、残念なことに結衣さんの予想の一部が当たっていたことを私は知ることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る