第5話 御守り代わり

 面談を終え家に帰ろうとしていた私は、事務所のビルの下で和泉と会った。


「お疲れさま。一緒に帰れればと思って」


 和泉は私を待っていたようだ。


 ビルを出て歩き始めると、和泉の方から喋り出した。


「面談、どうだった?」


「うーん、あんまりかなぁ」


 本当にあんまりという感じだ。他には特に感想を見つけられない。


「そっかぁ。私は・・・。最悪かなぁ」


 和泉は私の少し前に順番が回ってきていた。今日は二期生の日だったのだろう。


「最悪って、何か言われた?」


 そういえば和泉の表情は暗い。私を待っていたのも、その出来事を一人で消化できていなかったからか。


「うん。まぁ、正論なんだろうけどね。今の私には少しキツかったかな・・・」


 寂しそうに話す和泉に、私はどう言葉を掛けていいのかわからない。和泉にはいつも助けてもらっているのだから、困っていれば力になりたいのに。どうすれば、どうするのが和泉にとって良いのだろう。


 私は少し考えてから言葉を返した。


「和泉、帰ったらウチにおいでよ。ゆっくり話、聴くからさ」


 こういう時は、言葉を掛けるよりはまずは聴くことだ。何かの本に、悩みの何割かは他人に話すことで解決するって書いてあったし。


「うん、ありがと。荷物を置いたら行くね」


 和泉は少し嬉しそうだ。これが正解だったのだろう。


 そこからは全然違う他愛のない話をしながら私たちは自宅のあるマンション、運営会社が一棟借りしているため寮とよんでいるのだが、その寮に帰っていった。


 帰宅して少ししたら和泉がやってきた。


 和泉はさっきよりはマシに見えたが、依然としてその表情は明るくはない。


 とりあえず外堀からだな。やんわりと面談の話をしてみよう。


「面談さ、前と雰囲気変わったよね。やっぱり長瀬さんの存在は大きかったなぁ」


 和泉の顔が曇った。あれ、一気に内堀まで行ってしまったか。


「そうだね。長瀬さんの頃の方が良かったな」


 感慨深そうな和泉。やっぱりそこだよね、何かあるのは。


 よし、いっそまどろっこしいことはせず本丸まで攻めこむか。時間ももったいないし。


「斯波さんに何か言われた?私も言われたけどさ。あの人、言い方ってものを考えて欲しいよね」


 私が努めて明るく言うと、少し間を置いて和泉が弱々しい声を出す。


「私じゃダメだよね、やっぱり・・・」


 和泉は面談で言われた内容に深く傷付いたのか、思い出しながら目に涙を溜めているようにも見える。


「なに、何を言われたの?ホント嫌なヤツだな、あの人は!」


 そんな和泉の様子を見て、内容も聞かないうちから発言の主を責め始める私。


「今の状態だと、キャプテンだから選抜に入ってるって世間に思われても仕方ないって。そんなの、言われなくても自分が一番よくわかってるよ・・・」


 自分でも気にしていることを直接、それも立場のある人から言われたのがショックだったのだろう。和泉みたいな真面目な子によくそんなこと言えるな。


「それは違うよ。そんなことは斯波さんより私たちのファンの方がよくわかってるはずで、そのファンの皆さんが和泉を認めてくれてるんだから。現に握手会だって、和泉は他の選抜メンバーと遜色がないくらいの行列を作ってるんだし。和泉はちゃんと人気があるから選抜に入ってるんだよ」


 私の必死のフォローにも和泉は首を横に振る。


「ファンじゃなくて、キャプテンとして色々なイベントとか番組でグループを代表して喋ってるのを見たりして、一般の人たちがそこで持つイメージがそのまま世間の評価だからって。前のキャプテンの『桐生きりゅう藍子あいこ』は情報番組のキャスターとかモデルで知名度もあったからよかったけど、『長岡和泉』の名前を知ってる人は世間ではほとんど居ないとか言われちゃった」


 あの才色兼備、品行方正、社長令嬢の藍子さんを引き合いに出すなんて卑怯なヤツだ。それにそんな藍子さんだって初めは誰にも知られてなかったんだから。


「知名度を上げるためにも、雑誌とか紙のメディアだけじゃなくてテレビやラジオ、舞台なんかの仕事をもっともらえるように頑張りなさいって言いたいんだろうけどね。そんなの、すぐにどうこう成るものではないじゃない」


 和泉は半ば諦め交じりのような言い方だ。


「世間って言うけどさ、だいたい誰のために頑張ってるんだって話だよね。今だって和泉のファンはいっぱいいるし、グループ全体を応援してる箱推しのファンにだって和泉を応援してる人は多いと思う。和泉がキャプテンで良かったって思ってる人は、ファンにもメンバーにも多いんだから!」


 和泉を必要以上に持ち上げるつもりは毛頭ない。これは事実だ。


「それに選抜に入る理由なんて、他のメンバーだって明確になってるわけじゃないし。そりゃ人気とか知名度は大事だけど、今までだってそれだけじゃない理由で入っていたメンバーとか、逆に選抜に入っていなかったメンバーとかいたじゃんね。和泉にだけいきなり言い出すのはおかしいって!」


 怒りというのは不思議だ。口下手な私がスラスラと言葉を並べることが出来ている。


「とにかく、まだ一年も経ってないんだから気にすることなんかないと思うよ。ホントにね」


 和泉は珍しく雄弁な私が少し面白いのか、微かに笑みがこぼれてる。


「ありがとう。かなちゃんが居てくれて本当に良かった。私にもかなちゃんくらい人気や知名度があれば何も言われないんだけどな」


 いや、あの人は誰にでもそういうことを言うんだ。


「私だって色々と言われたよ。もっとファンを増やせとか、今のままとかは有り得ないとか」


 慰めで言ったのではなく本当の話なのだが、今の和泉には私の優しさからの発言に思えたらしい。


「最近はかなちゃんが忙しくなって減ったけど、一緒にアンダーだった頃はよくこうして愚痴を言いに集まったりしてたよね。あの頃はかなちゃんの話を聴くことの方が多かったと思うんだけどなぁ。今では助けられることばかりになっちゃった」


 しっかり者の和泉から弱気な台詞を聴くのは寂しい。和泉には明るく無邪気で居て欲しいのに。


「そんなの、いくらでも助けるに決まってるじゃん。和泉がキャプテンで不満な人がいるなら、私が副キャプテンになって一緒に支えたって構わないんだから!」


 そうは言っても私にそういった肩書きやポジションは似合わないため、残念ながらその姿は想像も出来ていないが気持ちだけは本気だった。気持ちだけは。


「ありがと。今度、何かキツいこと言われて辛くなったら斯波さんたちにそう言って納得してもらうね」


 和泉も少し落ち着いてきたようだ。実際にそういう場面に遭遇することを考えているわけではないのだろうが、いざとなった時の引き出しがあるというのは御守り代わりにはなるだろう。何でも言ってみるものだ。


「そうそう。相手が斯波さんだろうが、三期生だろうが、和泉に嫌な思いさせるヤツがいたら私が黙ってないから。大船に乗ったつもりでいていいよ!」


 自分でも少し調子に乗っていたのがわかった。そのくらい和泉が元気になってくれたのは嬉しい。


「三期生って?何かあったっけ?」


 おっといけない、この間の盗み聞きのことは内緒だったんだ。誤魔化さないと。


「何でもない!それより、四期生の話って聞いた?」


 あっ、これも言っちゃダメなヤツじゃん。何してるんだろ。聞き流せ、ないよね・・・。


「あれ、かなちゃんも知ってるんだ。キャプテンだからって先に教えてもらってたんだと思ってたんだけど」


 良かった、これは和泉も知ってたか。


「うん。私に言うつもりは無さそうだったんだけど、斯波さんが勢い余ってうっかり言っちゃったみたいで。感じの悪い言い方をするから、少し意見したら怒らせちゃったよ」


 斯波さんの発言については和泉も同じことを感じたらしい。


「そうそう。なんか人気の無い子はやめてもらうみたいな言い方してた。嫌な感じだよね。それに今はアンダーでも、先々はわからないのにね。そこから選抜のセンターになっちゃう子だっているんだから」


 それって、三期生を募集するという話題が出た時には崖っぷちに居た私のことだよね。そうだよ、何があるかなんてわからないんだから。


 私はふと楓子のことを思い出していた。


「ところで和泉さ、阿久沢楓子って三期生いるじゃん。話したこととかってある?」


「あるよ。これでも一応、キャプテンですから。出来るだけ色んなメンバーとコミュニケーションを取ろうって思ってるし。楓子ちゃんがどうかした?」


 あるんだ。さすが和泉。


「いや、私は全然知らないんだけどさ、少し変わった子だなって思って」


 少しどころではないと思ってはいたが、よく知らないのだからこのくらいが良い塩梅だろう。


「かなちゃんは三期生が入る前に選抜に上がっちゃったから、一緒に活動したことほとんどないだろうけど私はアンダーでも一緒だったしけっこう知ってるよ。たしかに変わってるけど、話してみると良い子なんだよ。礼儀正しいし」


 そうなんだ。たしかにそんな感じはしたな。


「なんていうか、はっきりモノを言うタイプっぽいし三期生のなかで浮いてたりしないかなって思うんだけど、平気そう?」


 思うっていうか、実際に目の当たりにしたんだけどね。


「浮いてるっていうか、たしかに決まって誰かと一緒に居るってタイプではないけどね。でも逆に誰とでも話せる感じだし、大丈夫なんじゃないかな」


 そっか。それなら良かった。


「でも、彼女も斯波さんの言う『対象』の候補ではあるよね、きっと・・・」


 和泉もそれは感じていたようだ。


「そうだねぇ・・・。今のままだとね」


 もったいないと思うんだけどな。なんとかしてあげたいけど、その方法が全くわからない。


 それ以上、私たちに楓子について話すネタは無かった。


 いずれにしても、今日は和泉の話を聴いてあげられたし、元気づけてあげられたし、言い掛けてしまった余計な話は上手いこと有耶無耶にできたし。私としては上出来だっただろう。


 和泉を見送った私は、そこそこ満足した気分でその日は眠りにつくことができた。

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