第4話 なんか嫌い
私たちのグループでは毎年、年末が近くなってくると全メンバーが例外なく、運営会社の代表とマネージャーのチーフとの三者面談を行っている。
要は次の年の活動方針などを話し合う場なのだが、今年は去年までとは少し様相が違うようで。
先に面談を終えた子たちによると、昨年までのような何だかんだ言っても最後は一緒に頑張っていこうという、和やかな雰囲気ではなくなっているとのことだ。
もちろん、人気をもっと上げなくてはならない、ファンを増やさなくてはならないメンバーにおいては、今までだって決して穏やかではない会話もあった。私もそれは嫌というほど経験している。
しかし、とにかく今年はみんな厳しいことを言われているということで、それは人気メンバーか否かに関係がないらしい。
二言目にはビジネスとしてどう考えているか、より良い成果をあげるためにどうしようと思っているか、何の結果にコミットするつもりでいるのかと、どこかの外資系企業の社員面談みたいなことを言われるとか。たしかにそれは面倒くさいこの上ない話だ。
どうしてそんな風になってしまったのか。理由は簡単で、少し前に私たちのグループを運営する会社のトップが変わってしまったからに他ならない。
グループ結成とともにその運営会社のトップに就任した前の代表の
当時、直前まで親会社である大手レコード会社の部長職であった彼が、人事異動で私たちのグループの運営会社にやって来たのは、一般的な片道切符の左遷と周りからは思われていたらしい。
まぁ、その時点では海のものとも山のものともわからない、世の中には縁のない人も多いアイドルグループの運営会社なんて、普通に考えれば期待されて行く場所ではないだろう。そう思われてしまうのは仕方がない。
代表とは付いているが部下もほとんどいないうえに、所属しているのは素人に毛が生えた程度の未来のスターを夢見る少女たちだけということで、文字通り肩書きだけの社長に過ぎなかったのだから。
そんななかでも、彼は真摯に、一生懸命にメンバーたちと一緒に夢を見て、応援して、支え続けてくれた。
そして良い意味で期待を裏切り巨額の収益を産み出すこととなった私たちのグループは、今や親会社を飛び越えて更にその親にあたる、映画などの映像事業や各種タレントのマネジメント事業なども手掛ける総合エンタテイメント企業の決算発表において、その数値の増減事由の一つとして大ヒット映画の興業収入などと共に語られるまでになった。
当然、長瀬さんはその最大の功労者である。
特に私たちのような業界では、ヒットを産み出した人物の持つその影響力やカリスマ性を放っておけないところがあり、分かりやすい実績を挙げた人の処遇は分かりやすいものとなることが多い。
かくして一度は帰ることのない島流しとなっていたはずの長瀬さんは、親会社のレコード会社に役員として戻ることとなり、私たちのグループの運営からは離れることになってしまった。
それは喜ばしいことなのはわかっていたが、やはり寂しい気持ちを持つ関係者が多かったのも事実だ。
そんなところに後任としてやってきた今の代表、
でも私は正直、この人のことがどうにも好きになれない。
斯波さんは長瀬さんと同じく親会社からウチに来たのだが、長瀬さんと違いそれが不本意であったことを隠す気は微塵も無さそうで、その端々からそれが伝わってきているのを感じてるのは私だけではないはずだ。
今やここは左遷先ではないポストのはずなのだが、それでも彼は「たかがアイドル」という先入観を強く持っているのだろう。
偉そうな言い方かもしれないが、私たちと仲良くとは言わないまでも、せめて上手くはやっていこうという姿勢すら感じられないのだ。少なくとも私には。
そのくせ前任者へのライバル意識か親会社への返り咲きを狙っているのか知らないが、とにかく今より利益を上げようという意識が強く、やれ売り上げがどうの、コストがどうのとやたらと数字にうるさい。
それが顕著に現れているのが今回の面談なのだろう。みんなが不満に感じるのもよくわかる。
私は少し憂鬱な気分を抱えながら会議室に入っていった。
「失礼します」
「斯波さん、新田です」
チーフマネージャーの柏木さんが私を紹介する。
「新田さんね。どうぞ」
斯波さんに促され私は一礼して席に着いた。
「最初に言っておくと、この面談については長瀬さんの頃から毎年やっているってことだから、今年はどうしようかとも思ったんだが、こちらの考えを知ってもらうのにも丁度いい機会だと思ってやることにしたんだ。キミたちメンバーとまともに話をするのは初めてということもあるしね」
考えって何だ。あまり楽しい話ではないような気もするけど。
「それではさっそく、新田の今の状況について説明します」
柏木さんから私の近況に関する説明が始まり、私はそれを聞きながら所々に小さく頷いたりしていた。その内容自体は今までと変わるものではないようで、いつも通り最後は柏木さんがまとめの一言で締める。
「ここまでご説明差し上げた通り、新田は人気も実績もありますし外の仕事の評価も高いので、今のまま頑張ってもらえればいいと思っています」
柏木さんの言葉に合わせて頭を下げる私。そう言ってもらえると有難い限りだ。
「今のまま?それじゃダメだろう」
満足していた私をよそに、斯波さんが不満気な表情で柏木さんにダメ出しをする。
「しかし新田にこれ以上と言っても、なかなか難しいのも事実ですよ」
そうだそうだ。昔の私からしたら今は奇跡的な状態なんだぞ。頑張れ、柏木さん。
心のなかで私は柏木さんにエールを送る。
「そんなことだからアイドル産業ってのはいつまで経っても地位が上がらないんだよ。人気メンバーだから今のままでいいだなんて、ビジネスマンの発言とは思えないな」
柏木さんがバカにされるのを見るのは気分が悪い。私は少しキツい目で斯波さんを見ていた。
「人気があるからって今までと同じことをしていたらファンにも飽きられるだろうし、似たようなアイドルが出てきたらそっちにファンを持っていかれるかもしれない。もっと危機感を持たないと」
はいはい。今よりもっと利益を上げるためにはそうしないといけないってことですよね。わかりましたよ。
私は少し開き直って言葉を発した。
「仰ることはよくわかりました。もっとファンを増やせるように頑張ります」
斯波さんは自分の考えを理解したように見せた私に満足したのか、それ以上の要求はしてこなかった。
本当は納得なんてしていないけど、余計なことを言うと柏木さんも困らせるだろうし、これでいいんだよね。楽しくないし、さっさと終わらせて帰ろう。
そんなことを思っていると、一度は閉じてくれた斯波さんの口から思ってもいない言葉が出てきた。
「まぁ、新田さんは大丈夫だろうけど、メンバーによっては来年は厳しい年になるだろうから。緊張感はあった方がいいよ」
なんだそれ。
「斯波さん、それはまだ・・・」
柏木さんが口を挟んだ。何のことだろう。さすがの私もそこまで言われて気にならないわけがない。
「何かあるんですか?」
柏木さんの注意を気にも留めず斯波さんは話を続ける。
「言い掛けてしまったし、新田さんが当事者になることはないんだからいいんじゃないか」
柏木さんの許可を取る気はないのだろうが、一応、私に話しても問題がない根拠に触れてから斯波さんが肝心の内容を話し始めた。
「春に四期生の募集があるんだ。それに合わせて、一部のメンバーには卒業してもらおうと思ってる。新陳代謝はアイドルに限らず、どんな産業にとっても大事なことだからな」
一瞬、我が耳を疑った。
もちろん新メンバーの募集にも驚いたが、それよりもその後の言葉。卒業してもらうって言ったよね。どういう意味だ。
「あの、新メンバーを募集するっていうのはわかるんですけど、卒業ってどういうことですか」
私は思わず心の声をそのまま発してしまった。
「聞いての通りだよ。新しいメンバーが入ったからって利益が増えるとは限らないんだから、メンバーの数だけを増やすわけにはいかないだろう。限られた資源をどこに割くかをよく考えて、コストに比してパフォーマンスが低いメンバーには残念ながら卒業してもらうしかないってことだ」
やっぱり利益の話か。それに資源とかコスパとか、ビジネスの世界では当たり前の表現なのかもしれないが、それを私たちに使われることには嫌悪感すら覚える。
「難しいことは私にはわからないです。斯波さんの仰っていることは正しいのかもしれないですけど、そうなのかも私にはよくわかりません。ただ結果として卒業するメンバーが出ることになったとしても、その前に出来ることってあるんじゃないかと私は思うんですけど」
柏木さんがその辺にしておけと言いたそうな目で私を見る。たしかに自分でも言い過ぎたと思ったが、時すでに遅しだった。
「三期生が入った時のことは聞いたよ。長瀬さんも色々と手を尽くしたみたいだね」
なんだ、知ってるんじゃん。言葉足らずなだけだったのかな。
そう思った直後、私は一瞬でもこの人を見直そうとした自分を後悔した。
「そんなんだからダメだって言ってるんだよ。ここまでは運良くアイドルブームの追い風にも乗って順調に来たけど、そのやり方でどうやってこれからの厳しい状況を乗り越えるっていうんだ。今まで自分でなんとかしようとしてこなかったメンバーに、これ以上、こっちで出来ることなんて何も無いだろう。それこそ時間の無駄だ」
無駄だって。私たちの人生を何だと思ってるんだ。
ビジネスの世界かもしれないけど、それよりも前に私たち一人一人の人生が懸かってるんだ。そんなこともわかってないのか、いい大人のくせに。
言いたいことはまだまだあったが、それを言うと火に油を注ぐのは明らかで、その火で炎上するのは私以上に柏木さんだろう。さすがに彼に迷惑を掛けるのは本意ではない。
私は黙り込んだ。
「とにかく、キミはとりあえずその対象になることはないだろうから気にせずに頑張りなさい」
私はテーブルの下で拳を握りながら、小さく頭を下げて席を立った。
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