第3話 なんか好き

 その言葉を発したのは私の背中に居る二人の、その向かいに一人座っていた三期生の阿久沢あくさわ楓子ふうこだった。


 楓子の突然の発言に戸惑いを隠せない最上と瀬名。


「なに、今の。私たちに言ってる?」


 瀬名は明らかにカチンときたようだ。まぁ、瀬名の性格を考えればそうなるよね。


「そう思ったんなら、そうなんじゃない」


 楓子は瀬名のクレームを意に介さない。


「楓子には関係ないじゃない。ウチらの事情だってわかってないんだから!」


 瀬名の家は代々、東京の下町に住んでいるという家庭らしく彼女は生粋の江戸っ子だ。だからと言う気はないけど、火事と喧嘩、今は両方が同時に起こっているようなものなのだが、とにかくそれらには血が騒ぐようで何か盛り上がっている場には必ず顔を出しているイメージがある。そして今も、みるみるうちにテンションが上がっていくのが見て取れた。


「うん、わかってない。だけど注意をされたことが気に入らなくて、腹いせに直接は関係ないことを引き合いに出して文句を言ってたのはわかった。だから、それは違うでしょって言った」


 この子、瀬名が怒りで顔を紅潮させるなか、元来の色白がさらに白く、青く見えるくらい、むしろ冷静になっていってる気がする。


 凄い、カッコいい!だけど、今のこの二人にそれを言ってしまうと・・・。


「楓子には私たちの気持ちとかわからないでしょ!仕事がいくつも重なったことなんかないくせに!」


 最上まで瀬名に続いて怒り出してしまった。宴会場みたいにガヤガヤしてる控室だから事件になっていないけど、みんなが聞いていたら騒ぎになっているのは間違いないだろう。


 しかし、やっぱり楓子もそう言われちゃうよね。それこそお角違いもいいとこなんだけど・・・。


「わからないよ。でも、何か注意をされた時、内容が正しければ相手が誰かとかどんな状況かとかは関係ない。それくらいはわかる」


 楓子は未だに眉一つ動かさない。ひょっとしてロボットかサイボーグなのか、この子は。


 正論を言われてすっかり黙り込んでしまった最上。そんな最上を連れて瀬名が捨て台詞を残して席を立った。


「そんなの楓子が決めることじゃないから!よくわかってないのに口出さないでよね!」


 二人は控室から出ていってしまった。おそらくお手洗いにでも行って愚痴の続きを言い合うのだろう。そこには和泉だけでなく楓子も含めて。いや、今となっては楓子の方がメインになってしまっているかもしれない。


 楓子は三年前に加入した三期生の一人で、年齢は最上や瀬名とそう変わらず私の少し下くらいだが、残念ながら人気では二人に大きく水を空けられているのが今の状況だ。過去に一度も選抜メンバーに入ったことはなく、ウチのグループの一員となってから一貫して選抜以外のメンバーの総称であるアンダーメンバーに名を連ねている。


 容姿は美人、それも見た人が一瞬ハッと驚くくらいの美人さんだ。そして背もそこそこ高いため入った当初は三期生のなかでも、先々はモデルや女優として成功するだろうとの呼び声が高かったメンバーの一人だったのだけど・・・。


 今の彼女はその前評判を見事に裏切り、一般の人々がその容姿を知る機会も乏しいアンダーでも後ろの方を指定席とする不人気メンバーだ。


 アイドルの人気というものはホントに難しい。


 この子はとにかくマイペースで、特にファンからの人気を得ようとすることもしなければ、人気が低いことに焦っている様子も見受けられない。おまけに選抜に入って活躍しよう、更にはその最前列のフロントやセンターを目指そうという気持ちもそれほど強くはないらしい。


 そしたら何でアイドルになったんだと言われそうなところだが、彼女には明確な目標があるようで。


 女優になりたい。それも映画で主演女優に起用されるような。


 そのために色々とオーディションを受けて回っていたところ、たまたまウチの三期生の募集が目に入り応募することにしたらしい。


 ウチには何人もアイドルの傍ら女優の道を切り拓いていっているメンバーがいたため、そういうルートもアリと思ったのだろう。


 それだけ女優になりたかったのだ。


 この世界、きっかけはどこに転がっているかわからないのだから、彼女の選択は間違えてはいないと思う。


 ウチのグループは女優やモデルをはじめとして、フリーアナウンサーやラジオパーソナリティーなど、メディアの世界の様々な仕事を目指す子たちが大勢集まっている。そして実際に、そういった夢を叶えて卒業していったメンバーも少なくはない。


 もちろんアイドルを目指していたというメンバーも居るが、アイドルがいつまでもできる職業ではないのも紛れもない事実。その先のことも考えて活動するのはグループの方針でもあり、何かを目指すための足掛かりとしてウチに入ることにマイナスのイメージは全く無い。それは運営だけでなく、ファンも、メンバーも。


 ただ、そうはいってもグループアイドルのメンバーの仕事というのはそんなに簡単なものではない。それは楓子も実感していることだろう。


 楓子のようなタイプはウチみたいなグループで人気になったり、ファンを増やしたりというのは難しいだろうなぁ。少なくとも今のままでは。


 なんか昔の誰かさんみたいだな。こんなに気は強くはなかったけど。


 私もよく、何でアイドルになったんだとか、ヤル気あるのかとか言われてたっけ。しかも握手会で直接ファンから言われたりもしてたし。


 そんな私に比べれば、楓子には夢が、目標がある分、まともな気がする。


 ちゃんと喋ったことないけど、本当はもっとアイドルも頑張りたいのに上手く振る舞えないだけってことないかな。


 だいたいさっきのだって、言い方は少しぶっきらぼうだったけど文句を言われている和泉のために、もっと言えば誰かに聞こえてたら困るから陰口がエスカレートする前に止めさせようって、二人のために言ったようにも思えなくもない。


 現に私、聞いちゃってたし。


 それを、ああいう言い方しちゃうから二人は怒ったけど、最上や瀬名もあんな風に言ってもらえて少し冷静になれただろうし、後で楓子に感謝するかもね。二人とも悪い子じゃないし。


 なんか、この子、面白いかも。


 私は先ほどの短いやり取りを聴いて、いつの間にか楓子に興味を持ち始めていた。


 そうは言っても、やっぱり今のままじゃ大人数グループのアイドルとしては中でも外でも棘の道だろうなぁ。何かきっかけがあればいいんだけど・・・。


 私はいつの間にか手を止めて、背中の先に居る美人な後輩のことばかりを考えていた。


 そんな私を呼ぶ声が入り口の方から部屋の中に向けて響き渡る。


「かなちゃん、もう順番だよ!いつまで忘れ物を探してるのよ!」


 あっ、そうだった。和泉に呼ばれて私は自分が何をしていたのかを思い出した。


「ごめん、今行く!」


 私は散らかしていたカバンを片付け、駆け足で和泉の方に向かう。


 部屋を出る前に私はチラッと楓子に目をやったが、彼女は相変わらず一人下を向いて何やら考え事でもしているようだった。


 とにかく、お姉さんはあなたの味方だからね。色々あるだろうけど頑張って。


 そう心のなかで呟きながら私は控室を出ていった。

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