第9話 追撃

 関係者やファンに激震を与えたスクープ記事が出されてからも、私たちは運営の方針で特に何か反応したりはせず、いつも通りにテレビ番組やイベントへの出演などの活動を続けていた。


 当事者の二人も人前に出る仕事を避けて雲隠れすることはなく、予定されていた仕事は全てスケジュール通りにこなし続けている。幸い記者が自由に質問できるような仕事はその間になく、周りの好奇の視線に晒されることには耐えなくてはならなかったが、それ以上に二人に負担を与えるような出来事は起こらずに済んでいた。


 最上も瀬名も複雑な想いは抱えていただろうが、そこは彼女たちもアイドル。それも世間的にはトップアイドルなわけで、傍から見れば何もなかったのかと思うくらい、自然にアイドルとして振る舞っている。この辺は本当にさすがだ。


 このまま上手いこと世間が忘れてくれれば、今回の判断が正しかったってことになるんだけどな。


 そんな風に思っていた矢先、その甘い目論見は音を立てて崩れ落ちていった。


 先日のスキャンダルを報じた週刊誌が、その続報として今度は男性アイドルと最上や瀬名が連絡を取り合っているという、携帯電話の画面の画像を添えた記事を最新号に載せてきたのだ。


 こんな画像いくらでも捏造できそうなものだが、先日の二人の話によると挨拶程度とはいえ交信したことがあるのは事実のようだし、もしかしたら本物かもしれない。


 いずれにしても、このタイミングでこの内容の記事を出されるのは最悪だ。


 当初は半信半疑であったファンも物証を出されればさすがに信じてしまうだろうし、初めから疑っていた人たちについては、それ見たことかと勢いを増して二人や私たちのグループを叩きにかかるだろう。


 そして冷静に事の推移を見守って騒がずにいてくれた賢明なファンの皆さんですら、この展開を見せつけられては心中が穏やかではなくなるのが普通だ。


 不味い、これは本当に大変なことになってしまうかもしれない。どうなってしまうんだ。どうすればいいんだろう。私に何かできることはあるのか。


 何かしなくてはならない立場にはない私でも、この状況においては軽いパニックになってしまうのが正直なところだった。


 そんななか、私は和泉と一緒に柏木さんに呼び出されることとなる。


 恐る恐る事務所のビルの会議室に入る私たちを待っていたのは、柏木さんと斯波さんの二人だった。どうやら先日の最上たちへのヒアリング内容を確認したいらしい。 


「大変なことになったな、柏木くん。キミからの報告では今時点で交流があるわけではないから、あれ以上の情報は出てこないってことじゃなかったのか!」


 柏木さんが私たちの前で問い詰められる。部下を叱責とかする場に他の人を同席させてはいけないって、マネジメントの基本じゃなかったっけ。まぁ、それどころではない事態なのもわかるんだけど。


「いえ、交流がないのは事実です。長岡も新田も居る場でそのことは一緒に確認しましたし、それを言っている二人が嘘をついているようには見えませんでした。ただ、ご報告しました通り連絡先を交換していたのは事実で、その直後に挨拶のやり取りだけはしてしまったとのことだったので、画像はその時のものかもしれません」


 斯波さんの恫喝に近い問い掛けに対しても、柏木さんは冷静に答える。もう慣れてしまっているのかな。だとしたら大変だな、柏木さんも。


 それにしても、挨拶を交わしただけの画像をあたかも仲良く連絡しているかのように出してくるなんて、なんて下衆なヤツなんだ。二人がツレなかったからその腹いせにしているのか、そもそも初めからこうするのが目的だったのか。どちらにしてもクズであることには変わりがない。


「その内容が挨拶だったかどうかが問題じゃないんだよ。初めの記事をスルーして風化を待っている間に、次の記事が出てくる。それも新たな証拠付きで。そのことが問題なんだ。週刊誌の妄想記事として消化しようと思っていた人たちも、こうなってくると次もあるんじゃないか、もっと何かしてるんじゃないかって疑い始めてしまうぞ。どうするんだ!」


 そうだよね。何もなかった体でいこうと思っていたところに、こう次から次へと出てきちゃうと、どこが終わりだかわからなくなるし。


 スルーしたのが裏目に出ちゃったな。結菜さんの心配していた通りになっちゃった・・・。


「これ以上、何かが出てくる要素は何もないと思います。二人の話だと、本当にそれ以降は何の接点もないみたいですし」


 柏木さんはあくまで冷静だ。


「まだそんな呑気なことを言っているのか!そんなことだからこういう事態を招いてしまうんだろう!」


 斯波さんが分かりやすく激高した。さすがに私たちも委縮してしまう。


 そんななか和泉が勇気を出して口を開く。キャプテンとしての責任感がそうさせるのだろう。


「最上も瀬名も、私たちに話した内容に嘘は無かったと思います。今回の記事も画像という新しい証拠は出されましたけど、情報としては何も新しいことは無かったわけですし・・・」


 さすがの斯波さんも和泉に対しては口調にも気をつけようとしているのか、すぐには言葉を返さず、少し経ってから和泉を諭すように言う。


「二人が嘘をついているかはもう、この際どちらでもいいんだ。世間やファンが疑いの目を向けているのに対し、このままスルーしているだけで大丈夫かということなんだよ。泥水とワインの話を知っているか?何もないと思ってもらえればそれでよかったんだが、もうファンも二人に対してそう思うことはできないだろう。放っておくとウチのグループ全体までそう思われてしまうぞ」


 あら、私が思い浮かべたワインの話を斯波さんが出すなんて。意外なところで思考が繋がったことを相手によっては嬉しく思うのだけど、斯波さんではなぁ・・・。


「それでは、斯波さんはどうしようとお考えですか。スルーしないとなれば、オフィシャルに謝罪でもして二人は謹慎とかさせるくらいしかないと思うのですが・・・」


 柏木さんは、じゃあどうしろと言うんだといった開き直りともとれる発言をした。段々と相手に合わせて丁寧に接することにも限界がきているのだろう。


「公式に認めるメリットは何だ?もうほとんど黒を突きつけられている状況で、新たに話題を提供してやる必要もあるまい。これ以上の追撃を受けないためにも、実質的には認めるような形で二人にはしばらくの間、表舞台には出ないようにさせるしかないだろう。二人が前面に出ている限り、ヤツらはどこまででも追い掛けてくるだろうからな」


 公に認めはしないけど、認めたものとして罰を受けるってことか。でも、それだと二人は事実ではないところまで認めたみたいになっちゃうじゃん。そんなの、あまりにも酷いよ。


「それならいっそ、二人に説明と謝罪する場を与えてあげてください。そうじゃないと、記事に書かれていたこと全てが真実みたいに思われてしまうじゃないですか」


 和泉も私と同じことを感じたみたいだ。


「だから、そんなセンセーショナルなことをして誰に何のメリットがあるんだ。あの二人はもう、一流のワインとして売ることは出来なくなってしまったんだよ。その泥水のために更にグループ全体のイメージを下げることをしてどうするんだ。今、大事なのはこれ以上の記事が出ることを防いで、少なくとも他のメンバーは何もしていないというのを信じてもらうことだ。二人については二の次にするしかないだろう」


 和泉は自分のことではないのに涙を浮かべている。いけない、私もつられて泣きそうだ。


「しかし、そうなると現センターである最上とフロントの瀬名を色々な場面で外すことになるので、それなりの理由が必要になると思うのですが・・・」


 そうだ。最上は今、世間で流れている私たちの最新曲でもセンターだし、瀬名もフロントを務めている。まだまだ歌番組とかの出演もあるだろうし、次の曲だって、いきなり二人が選抜からも居なくなるのには何か理由がないとおかしいだろう。


「外すために最上は少し休養させることにする。体調不良とか何とか適当に理由を付けてな。瀬名はセンターではないし、三期生なんだからアンダーに落ちてもおかしいとまでは言われないんじゃないか。世間だって、センターと違ってフロントに居るくらいならそこまで名前や顔を知っている人はいないだろう。フロントといっても長く居るわけではないから、まだそこまで売れていなかったのが幸いしたな」


 それって本気で言ってるのかな。そしたら最上や瀬名のアイドル生命ってどうなっちゃうんだろ。


「二人は、もうフロントとかセンターに戻れないんですか?」


和泉が涙声で言う。和泉は本当に優しい子だ。


「しばらくは無理だろうな。まぁ、選抜に入るくらいなら、半年か一年か経てばあるかもしれないが」


 半年とか一年とか簡単に言うけど、私たちアイドルにとって短い旬の時期のその期間は致命的なくらいの長さだってことわかってるのかな。それに私たちは将棋やチェスの駒じゃない。気安く外すとか落とすとか言わないで欲しい。選抜発表の時の、あの地獄のような空気を試しに一度味わってみればいいのに。


「しかし、それでは二人が・・・」


 柏木さんも、斯波さんのその案を受け入れることは不本意な様子だ。他人を想いやる気持ちの強いこの人にとって、娘や妹みたいに面倒をみてきたメンバーたちを切り捨てるようなことをするのは何とかして避けたいのだろう。


「キミは、二人のためにウチのグループ全体の浮沈を賭けるというのか?」


 そんなつもりはないにしても、それではどうすればいいのか。自分のなかでも答えはないのだろう。柏木さんは黙ってしまった。


 本当にこれでいいのかな。私、また同じ過ちを犯してはいないか。


 私は先日の結菜さんとの会話を思い出していた。そうだ、大事なのはウチのグループとして本当にそれでいいのかってことだ。どうすればいいかは今は思いつかないけど、少なくとも失敗してしまったメンバーを切り捨てるような扱いをするのは絶対に違う。それだけは自信がある。


 良い方法を考えるためにも、とりあえず今は時間を稼ぐか。よし、そうしよう。


「あの・・・。すみません」


 私は意を決して発言の許しを請う。


「どうした?」


 柏木さんが少し期待を込めるように私に続きを促す。


「休養とかって話になると本人の意思も大事だと思いますし、この場では決められないと思うんです。二人だって、急にそんなことを言われたらヤケを起こして色んなことをマスコミに話しちゃったり、場合によってはいきなり引退しますとか言い出すかもしれないし。そうなるともっと騒ぎになると思うんですよ」


 斯波さんも、そう言われればそうだなといったような顔をしている。


「そこでなんですけど、もう少し本当に他の方法がないかを考える時間をもらえませんか?そんなに時間を掛ける気はありませんが、私にひょっとしたらって思い当たることがあるので」


 本当は何もないのだが、とりあえずこの場で二人の処遇が決まってしまうのだけは避けたかった。


「何だそれは。今は言えないのか?」


 斯波さんも私の腹案らしきものに興味を示してくれた。チャンスだ。


「実現可能性も含めて怪しい部分もあるので、軽々に言うことは出来ないです。すみません。諸々を確認して、上手くいきそうであればすぐにご報告します。明日までにはなんとかするので、明後日にもう一度お時間をください」


 この場では皆が受け入れられる結論が出そうになかったこともあるからか、完全に納得したわけではなさそうだったが斯波さんは私の提案を聞き入れてくれた。


 あとは、どうするかだ。時間は恐ろしいほど少ない。


 私は自分の頭の中をひっくり返してありとあらゆる可能性を模索してみたが、残念ながら私ごときでは短時間に良案を出すことはできそうにない。そうなると誰かの力を借りなくてはならないのだけど、こういうことを解決するために頼りになりそうな人って誰かいたっけ・・・。


 あっ、いた。あの人なら、何か良い解決プランを提案してくれるかもしれない。


 さっそく私は救世主にコンタクトを取るべく、その人と連絡を取ることのできる私の知る唯一の人物に連絡をしてみることにした。

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