第10話 ウルトラC

「お久しぶりです。今日はすみません、お忙しいところ無理を言ってしまって」


 私は前日に久々に連絡し、急な話ではあるが翌日にあたる今日、時刻も場所もこちらが合わせるから少しだけ時間を作ってもらえないかと相談した相手に挨拶をする。


「驚いたよ、急な話だったし。まぁ、メディアではよく見かけているからそんなに久しぶりという感じもしないんだけどね」


 この人はある週刊誌のベテラン記者で加古かこさんという方だ。私たちのイベントなんかに取材で来ていることもあるのだが、それとは別に以前、やはり今回のように問題が起こった時に力を貸してもらったことがあり、こうして会うのはそれ以来となる。


 そして待ち合わせた場所もその時と同じで、某高級ホテルのラウンジだった。


「里見さんからもヨロシクって連絡があったよ。今日も来れそうだったら遅れてでも来るって言ってたけど、難しいのかな。彼女も忙しい人だからね」


 そう、私が昨日まず連絡をしたのは卒業生の先輩の葵さんだった。彼女がモデルを務めるファッション誌と同じ出版社で敏腕記者として名を馳せている加古さんには、私からは葵さんを通じてしか連絡を取るルートがない。


「何分、急なので。その代わりではないですけど、私と同期の長岡を連れてきました。ご存知ですか?」


 私の簡単な紹介に和泉が頭を下げる。


「もちろん知ってるさ。桐生さんの後を継いでキャプテンを務めてるんだからね。記者が集まる場で何度か質問をさせてもらったこともあるし。今日はヨロシク」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 和泉はこの急な展開に戸惑っている部分もあるのだろう。心なしか、いつもより大人しい様子だ。


「それで、時間もないからさっそく本題に入ろうか」


「はい、すみません。お仕事柄ご存知だとは思いますけど私たち麹町A9は今、大変な状況に陥っているんですが、そのことについてなんです」


 情報通の加古さんが知らないわけがない。もしかしたら既に何か良案を持っているのではないかとすら私は思っていた。


「だいたいの状況は把握しているよ。同業者とはいえ、なかなか厳しいところを攻めるなと思って見ていたところだし。特に第一報であえて出さないでおいた証拠を続報で出すあたりなんか、あそこの記者の得意なやり口だよ。まだ情報があるんじゃないかって悪い方の期待感を煽るような感じでね」


 あの週刊誌の常套じょうとう手段なのか。言われてみれば、異性間トラブルのネタか何かで同じように追い込まれていった芸能人を見た覚えがあるな。今にして思えば、そこまで考えてその上をいく対応を採るべきだったってことか。なんか悔しいな。


 いや、終わったことを悔やんでいる場合じゃない。今はこれからどうするかだ。


「まさに仰っている部分がご相談したいところなんです。今回、ウチの運営会社はスルーして記事の内容そのものを無かったことにする方針だったのですが、続報によってファンがその子たちを更に疑うようになってしまって・・・。それどころか他のメンバーにまで疑いの目が向けられる事態にも発展しかねないため、急遽、方針を変えて暗に記事を認めたような形で主役の二人を表舞台から降ろそうとしてるんです」


 自分で話していてもやるせない気持ちになる。仲間を見捨てることで自分たちのグループを守ろうとしているなんて。


「まぁ、幕引きを狙いたければ、当事者を隠すっていうのは一つの方法だしな。目立つ場所に居るから記事にして意味があるわけで、居ない人を話題にしてみても盛り上がりに欠けるってのはその通りだし。追撃をかわす手段の一つではあるよ」


「ただそうなると、せっかく頑張ってきた先の長い三期生の二人が・・・」


 そこまで黙って話を聞いていた和泉が口を開いた。キャプテンとして何かしてあげたい、何とかしたいという想いが強いのだろう。


「まぁ、しばらく前面に出すことはできないし、特に今回みたいな男性スキャンダルを認めてしまうと、かつてのような人気者に戻るのは難しいかもしれないね。そもそも記事に書いてあったようなことが全て真実かは俺にはわからないけど・・・」


 加古さんの感想は、おそらく一般の多くの人の思っていることだろう。


「そこなんです。今回、あの記事に書いてあったことのほとんどは勝手な想像で、唯一、相手と連絡先を交換していたってところと、その一環で初めに挨拶のやり取りをしたことだけが事実なんです。それなのに釈明もせずにみんなの前から消えてしまうと、全てを認めたように思うファンもいるだろうし・・・」


 何もなかったことにできないのなら、せめて何をしていて何をしていないかくらいは明らかにさせてあげたい。とりあえずはそこを目指そう。


「このままでは彼女たちが先々、復活する芽も無くなってしまうんじゃないかってことか。まぁ、たしかにグループとしてこの話題を引きずらないためには何もせず引っ込めるのは正しいかもしれないけど、当時者たちにとっては酷なところもあるね」


「何か上手いこと、追撃をかわしながら、本人たちがやっていないことはやっていないと世間やファンにわかってもらう方法ってないですかね」


 都合の良いことを言っているのはわかっているが、私が模索しているのはまさにそういうことだ。


 加古さんはしばらく考え込んでから、慎重な語り口で話し始めた。


「このやり方が正解になるかはわからないけど・・・」


 なんだろう。私は自分では思いつかなかったスペシャルプランを聴かせてもらえるものと期待し、前のめりになって加古さんの次の言葉を待った。


「それに実際に行動に移すためには、君たちのところのお偉いさんとウチの編集長が首を縦に振る必要がある。その前提で聴いてほしい」


「何ですか。私たちにできることであれば何でもします」


 加古さんが頷いてプランの中身を披露する。


「まず、ウチの週刊誌で二人に取材をさせてもらい、それを記事にする。そこには何も隠すことなく、言いづらいことも含めて全てを書くんだ。そこまで話すんだっていうくらいのことを出さないと、ファンの疑いを晴らすことはできないだろうからね」


 言いづらいことも含めてか。私も白黒をはっきりさせた方が良いとは思ったけど、いざ男性アイドルと連絡先を交換したって本人の言葉で週刊誌に載るとなると、その反響が怖くもあるな。

 

「もし本当にそれ以上の情報をあちらが持っていないのであれば、この件を話題にするメディアはいなくなるだろう。何ていったって本人たちが全てを暴露しているんだから、それ以上に面白い記事を書ける人はいないだろうしな。それに当事者が会見を開いたり運営が声明文を出したりすれば、それを記事にする媒体はあるだろうけど、他誌の目玉記事をなぞるなんて恥ずかしいことをするヤツがいるとは思えないし」


 なるほど。私たちが自ら何かするからそれを面白おかしく書こうとするのであって、他の週刊誌が出した記事であれば、それを二次転用して記事を書くなんて記者の恥になるから普通はしないということか。


 凄い!この方法なら、疑心暗鬼になっているファンのモヤモヤも取り去ることができるし、これ以上、この件を世間が話題にすることもなくなるかもしれない。


「ただウチの記事が今回の件を余計に大きくしてしまう可能性も完全には否定できないし、ウチとしても他社のスクープの火消しをするような記事を書く以上、全面対決をする覚悟が必要になってくる。まぁ、そこは俺がウチの編集長を説得できるかって話だけどね」


 加古さんは笑いながら物凄く重要なことを言っている気がする。場合によっては、私たちの件に端を発して出版社同士の抗争が勃発してしまうのか。


「それをお願いすると、やっぱり出版社として問題になってしまいますか?」


「まぁ、問題にはなるけど、同時に注目もされるから。面白いと思う人もいるだろうな。要は、どっちを取るかってこと。それに、こういう言い方が適切かはわからないけど、キミたちのところみたいな人気グループに恩を売れるってことに価値を感じる人もいるだろうし」


 もちろん出版社としてもリスクを取るのだから、この件が首尾よく片付いた暁には、加古さんのところの週刊誌にいくつかスクープを提供するくらいしなくてはならないだろう。良い方の記事であることは言うまでもないが。


「しかし、本人たちは自分たちを追い込んだ週刊誌と同じ穴のムジナと思っている我々に、赤裸々に真実を語るなんてしてくれるかね。そこはどうだろう」


「他の記者ならともかく、加古さんが相手なら信用できます。きっとあの子たちも、全てを隠さずに話してくれるはずです。万が一、難色を示したとしても私が説得してみせるので」


 私のなかでは、このプランに賭ける以外の方法は思いつかず既に心は固まっていた。隣の和泉も同じ気持ちで居るだろう。


「よし、やるとなったら早い方がいい。せっかくなら次の号に間に合わせるくらいで進めないと。まずは決定権のある人の許可が取りたい。キミたちの方がそれでいいなら、こっちはさっそく編集長に話を通して取材の準備と誌面の調整に入るよ」


 この辺のスピード感はさすがだ。情報は鮮度が命。これが常に生鮮食品のような商品を取り扱っている業界の人ならではの動き出しなのだろう。


「明日、ウチの運営会社の偉い人と話す場があるので、そこで了承を取り付けます。そしたら、その夜か次の日にでも時間をいただけませんか」


 私にとっては明日が勝負だな。果たして斯波さんの首を縦に振らせることが出来るのか。不安ではあったが、今の私に後戻りをする選択肢はない。


「了解、そしたらその方向で俺も動くよ」


 すごい、本当に希望の光が見えてきた。


「ただ一つだけ言っておくけど、これはあくまで今の傷口の止血のための方策であって、それですぐに人気が上がる、元に戻るってわけじゃないと思うよ。そこの部分は別に考えておかないと」


「はい、ありがとうございます。この件が上手くいったら、次にどうするかを考えてみます」


 次の日、私たちは予定通り再び斯波さん、柏木さんの二人と話し合うことになる。


「それで、この間言っていた策というのはまとまったのか」


 斯波さんが私に、先日の場で言い掛けた腹案の中身を明かすように求める。


「はい、皆さんが良ければですが・・・」


 私は加古さんの案について説明した。


「わざわざ新たな記事をこちらから書かせて、この話題を更に続けていくと言うのか。そんなことまでして意味がなければ、この件を今以上に盛り上げてしまうだけになるんじゃないか。それに、その週刊誌が本当にウチにとって有利な記事を書く保証だってないわけだし」


 斯波さんは私の案の不審な点を思いつく限り挙げてきた。もちろん、これは想定通りの展開。逆に言えば、その一つ一つを潰していくことが出来ればいいってことだ。


「そこは大丈夫です、信頼できる人物ですから。ウチと直接は仕事はしていませんが、前からウチのメンバーがお世話になっている出版社の週刊誌ですし、ウチと揉める気はないと思います。意味があるかはやってみなければわからないですけど、黙って隠れてしまうよりは少なくとも本人たちの気分は良いと思います」


 私の説明だけでは安心できないのだろう。斯波さんは柏木さんの方を見た。


「柏木くんはどう思う?」


「そうですね。今回の件については最初の記事に否定しなければならない部分がいくつもあるわけですし、何らかの方法でクロの部分がどこかを認めて、その部分については反省して謝るというのは良いと思います。それにシロの部分を明確にしてあげれば、引き続き二人を応援してくれるファンもかなりいると思いますし」


 柏木さんも私の案に同意してくれた。斯波さんも柏木さんの反応を見て、他に良案が無いこともあり踏ん切りがついたみたいだ。


「まぁ、いいだろう。そしたら、それはいつ記事にしてもらうつもりなんだ」


「早い方が良いので、次号にでも掲載してもらうように調整してもらっています。本人たちへの取材も、早ければ今夜か明日にでもお願いするつもりで動いてもらっているので」


 斯波さんは私の準備が想像以上に整っていることが意外だったのだろう。少し驚いた顔を見せ、それ以上は何か苦言を呈すこともなく柏木さんに段取りを任せた。


 そして、その日の夜のうちに私たちは加古さんの週刊誌のスタッフさんたちと会い、二人はその場で全てを話すこととなった。

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