第13話 三つの条件

 堀越さんとの衝撃的な初対面からしばらくの間、私は彼女に言われた言葉が頭から離れなかった。


 あの頃の私たちの方が凄かったか。それはそうだよ。美咲さんが居て葵さんが居て、キャプテンは藍子さんで。そこに結菜さんや凛さん、自分で言うのもナンだけどアイドルモードの私だっていたんだし。あの時はウチのグループっていうか、きっとアイドル史上最強だったんだから。


 最上や瀬名は容姿も整っているし能力も高いんだけど、一期生の先輩たちと比べると何て言うか迫力がないよなぁ。


 悔しいけど堀越さんの感じていたことは、そのまま私たちのファンの皆さんや世間が感じていることだ。


 なんとかしないと。なんとか。なんとかかぁ。


 そんなことを漠然と考えながら仕事をこなしている間にも時間は過ぎていき、気付けば次の春シングルの製作が始まる時期になっていた。


 通常、選抜メンバーの内々での発表を皮切りに色々なものが動き出すのだが、その前に私は一人、柏木さんからの呼び出しを受けることになる。


 訪ねた先には斯波さんも居た。なんか面談みたいで嫌だな。


「すまないな、仕事終わりの遅い時間に」


 柏木さんの言葉に表面上は少し笑みを浮かべて頷く私。本当は眠くて仕方ないし、寝るのが大好きな私にとってその時間を削られるのは苦痛でしかないのだ。早いとこ終わらせてくれ。


 そんなことを私が思っているとは知る由もない斯波さんが、さっそく本題を切り出す。


「実は、次のシングル曲についてなんだが・・・」


 そうそう、そろそろ春曲の諸々が決まる時期だよね。ちょっと遅いくらいだよ。


「前作までとは違い、厳しい条件がいくつも重なっているのは理解しているだろう。スキャンダルの問題もあったし、その影響でいくつかの仕事はスキップすることにもなってしまったし」


 その判断をしたのはあなただろう。そんなことは言えるわけもないのだが。


「それだけじゃない。最近ではウチのグループの一人勝ちだったアイドル業界の状況にも、看過できない変化が起きてるんだ。柏木くん、例の資料を」


 促された柏木さんが、手元に置いていた紙を私に見せる。


「女性アイドルのカテゴリーに分類される代表的なアーティストの各種数値なのだが、注目しなくてはならないのはここのところだ。楽曲のCDの売上枚数やインターネットでの配信数、ミュージックビデオの視聴数も凄い伸び方だろう。それだけじゃない、歌番組に出た時の視聴率やラジオで楽曲が流れた時の聴取率も、全ての指標が急上昇してるんだ、このグループは」


 そう言われた瞬間、名前は聞かなくてもすぐに想像がついた。


 堀越さんのところだろう。間違いない。


「青嵐Girlsと言ってな。去年の夏に出した曲が異例のロングヒットになって、年末に出したシングルが更に売れて勢いづいているらしい。前作の売り上げはどのくらいだったっけ?」


 柏木さんが手元の資料を捲って答える。


「六十五万枚です。ただ、ここの特徴としてアイドルに多いリリース直後にその八割以上が売れる初動型ではなく、パフォーマンスを披露する度に徐々に売れていく傾向があるので、今ではもう少し増えていると思います」


 そしたら今は七十万枚くらいか。問題が起こる前に出した私たちの前作がたしか百二十万枚ちょっとだったから、今すぐにどうのっていう差ではないんだな。


「まだウチとは差があるから、本来であれば気にするようなグループではないのだがな」


 斯波さんが私の思考をなぞるように言う。


「しかし問題は、あちらが勢いづいている状態で、ウチが厳しい状況のなか、次の曲のリリースが同じ時期になるってことだ」


 あっ、リリース日は決まってるんだ。しかも青嵐と近いのか。


 柏木さんが続きの説明を引き取る。


「万が一にも負けるわけにもいかないんだが、最近の大方の予測ではあちらはついに百万枚、つまりミリオンセールスに肉薄するか、場合によっては越えるのではないかともされている。それに対してウチは・・・」


 大事なところは斯波さんが言いたいらしい。


「諸般の事情を鑑みると、リスクシナリオではミリオンを割ると我々は考えている」


 えっ、そうなんだ。それっていつ以来よ。たしか美咲さんがセンターをやってた頃にはミリオン連発ってなってたから、三年?四年?もっとかな。


「要するに、危機的な状況ということだ。ここまで聞かされれば奏にもわかるだろ」


 柏木さんに言われるまでもなく、さすがに呑気な私にもわかる。


「ただ黙ってるつもりはないし、こちらも色々と考えてはいるんだ」


 何を考えているんだろう。


「今回、リリースの前に大きいコンサートをやることにした。しかも地上波でないけど、その映像を生中継することも決まっている。その場で新曲の初披露をして、同時に選抜メンバーも公にはそこで発表することになったんだ」


 冠番組での発表じゃないんだ。そんなの初めてだ。どんな感じになるんだろう。


「そしてそのセンターを、奏にやってもらいたいんだ。大変だとは思うが、やってみてくれないか」


 そういうことだったのか。それにしてもセンターだって今まではみんなと一緒に発表されてたのに、今回は本当に異例づくしだな。


 斯波さんが再び深刻そうな声色で話し始める。


「そうでなくとも連続ミリオンのプレッシャーが掛かるなか、次の曲はさっき話したような外部環境もあるから、とにかく厳しいものになるだろう。それにスキャンダル後、初のシングルリリースというのもあって何が起こるか全くわからない。そんな状況の今、センターを任せられる人間は非常に少ないんだよ」


 自分のことだけど、言いたいことは私にもわかる。


「キミなら、実績があるからどんな結果でも批判されることはないだろうし、それ以前に心配する必要がないような結果になることも期待ができる。適任なんだ」


 要は火中の栗を拾えってことか。まぁ、たしかに誰かが初めてやるには酷なタイミングだし、せっかく世代交代を進めてきたなか今さら一期生ってわけにもいかないんだろうな。


 そういえば最上はどうなってしまうんだ。瀬名も。


「あの、選抜メンバーってもう全て決まってるんですか?」


 気になった私は試しに軽い感じで柏木さんに訊いてみる。まだ言えないのだとは思うが。


「正直に言えば、決まってる。まだ教えるわけにはいかないけどな」


 そうなんだ。一部だけなら教えてくれないかな。


「これだけ教えてください。最上と瀬名はどうなるんですか」


 まさかアンダーとは言わせないぞ。


 柏木さんがどう回答するか迷っていたところ、斯波さんの方が答えてくれた。


「まぁ、いいだろう。二人とも選抜に入ってるよ。三列目の端の方だ」


 三列目って、瀬名はフロントから二列も下がるし、最上にいたってはセンターから一番目立たないところまで落ちるのか。


 しばらく目立たせるわけにはいかないのもわかるんだけど・・・。そっか。


 二人も辛いだろうな。一気に没落したみたいで。


 それにしても私がセンターか。本当にそんなので堀越さんたちに勝てるのかな。


 きっとあちらは次も強烈なインパクトのある曲を出すだろうし、そのパフォーマンスは世間で話題になるだろう。そんな状況では、私たちの曲なんか空気のように扱われてしまうかもしれない。


 ウチも何か印象に残るような、驚くようなことをしないと、本当に不味いことになるよ。コンサートでの新曲や選抜の発表は新しい取り組みだけど、他のアイドルではたまに見掛けることだし。


 やっぱり人選だよね、驚かせるなら。それにせっかく進めてきた世代交代なのに、何回も経験している私がやることでそれが止まってしまったように思われてしまうともったいないな。


 かといって、実績や人気、もしくは容姿やキャラクターが、それなり以上の人がセンターを務めたりフロントを固めてたりするのも、今回ばかりは外せない要件だろう。


 インパクト、世代交代、それなり以上・・・。あれ、何か私のなかで引っ掛かりがあるな。


 私は頭のなかで同じ言葉を何度も復唱する。


 何周か回ったところで、雷に打たれたような衝撃が私のなかで走った。


 あっ、わかった!それだ、そういうことだ!それに超名案じゃん。


 これしかない。私は深く考えるまでもなく確信を持った。


「すみません。センターについては、今までだって自分でやると決めてきたわけではないので、やれと言われればやらせていただきます。ただ・・・」


 二人が一瞬、安心したような顔を覗かせた直後に再び怪訝けげんな顔に戻った。特に斯波さんは眉間にくっきりとしわを寄せている。


「なんだ、何か気になることがあるか。それとも、まさか条件があるとか言わないだろうな」


 申し訳ないが、そのまさかだ。


「条件というと生意気な感じになってしまうんですが、私なりに自分がセンターをやるならこうした方が良いんじゃないかって思ったことがあるんです」


「なんだ、それは」


 斯波さんが少し不満気に聞き返す。


「三つあります。一つ目は、最上をフロントに、瀬名を二列目の真ん中に、それぞれ変えてください」


 二人の顔色が更に変わった。斯波さんは自分の采配にケチをつけられたような気がしてムッとしたのだろう。柏木さんは、そんな斯波さんの顔色が変わったのを見て気が気でないといった感じだ。


 すぐさま斯波さんが口を挟もうとしたのはわかったが、私はそれに気付かないフリをして話を続ける。


「二つ目は、私はセンターをやりますけど、私一人ではやりません。センターが二人のWだぶるセンターでよければ、喜んでお引き受けします」


 さすがに柏木さんが黙っていられなかったようだ。


「おいおい、フォーメーションも変えろっていうのか。それに、Wセンターって言うけど、誰がもう一人のセンターをやるんだ。成瀬か?凛か?」


 まぁまぁ、そう慌てないでよ。今から言うから。


「それが三つ目です。一緒にセンターを務めるメンバーは私のなかではもう決まっているので、その子をセンターにするのを認めてください」


 驚かそうと思っていたわけではないのだが、私はその名前を言うのを一瞬、躊躇ちゅうちょしてしまった。果たしてどう思われるのか、こればかりは不安もあったからだ。


「それで誰なんだ、それは」


 斯波さんが続きを急かしてきた。


 それを受けて私は、一つ息を吐いてからその新星の名前を挙げる。


「阿久沢楓子です」


 よし、言い切ったぞ。あとは二人の、斯波さんの反応を待つばかりだ。


 私の口から出た思わぬ名前に、呆然とした表情を浮かべた斯波さんが呆れたような感じで私の提案に即答してみせた。


「阿久沢って、三期生のか?面談で少し話しただけだが・・・。はっきり言って無理だろう。実績は全くないし、人気も低すぎる。それに最上と瀬名の件だって、謝罪したとはいえスキャンダルを起こしたメンバーを重要なポジションに配するなんて、正気で言ってるのか。そんなことをしたらファンを逆なでするだけじゃないか。もう少し現実的な条件ならともかく、話にならないな」


 やっぱりそう言うか。そう思ってたんだよね。でも、今の私はここで引く気はない。私の大好きなグループの未来が懸かっているんだ。


「阿久沢は見ての通りの美人ですし、ご存知ないかもしれませんが知れば知るほど興味深い、魅力的なキャラクターを持っています。今はあまり知られていませんが、世間に知ってさえもらえれば一気に人気が爆発する可能性も秘めた、ウチのグループの秘密兵器と言ってもいい存在だと私は確信しています」


 私の流暢な説明に少し驚く斯波さん。柏木さんは話の内容に共感できたのか、大きく頷きながら身を乗り出してきた。


「それに最上と瀬名のことだって、離れていったファンもいるのは事実でしょうけど、逆に今でも応援してくれているファンは本物のファンです。その人たちを大事にするのがウチのグループらしさじゃないですか。勇気を出してあれだけのことをした二人が前に立つことを批判する人がいるっていうなら、そんな人は麹町ファンじゃないです。麹町ファンなら、きっと彼女たちを応援してくれるはずです」


 最後に一言、怒らせるかもしれないけど言ってしまおう。


「この条件が呑めないなら、私はセンターをやりません。三列目でもアンダーでも好きなところに置いてください」


 私はアイドルとしてステージに立っているわけでもないのに、誰かが憑依したような勢いで啖呵を切って見せた。その姿は、まるで私の大好きなあの人みたいだった。

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