第12話 天才
最近ではすっかりテレビは見るものではなく出るものになってきた私も、気になる女優さんやアーティストさんができた際には出演している番組をチェックするようにしていたのだが、このほど久々にそういう対象が見つかることとなった。
私は青嵐Girlsが気になって仕方がない。
その話題になっていると聞いていた歌唱時のパフォーマンスは、同業者の私の目から見ても圧倒的な迫力だった。
歌も上手いし、ダンスもキレている。正直、今のウチのグループよりも上なのかもしれない。もちろん一番上手なメンバー同士の比較では負けないと思うが、彼女たちのパフォーマンスはとにかく揃っている。個々の実力もさることながら、グループ全体の一体感が凄いのだ。
私たちは最近では全員が揃ってレッスンをする機会もそんなに多くないし、歌番組やイベントに出る時であっても選抜メンバーが揃わないことも珍しくない。いや、むしろ全員揃う方が珍しいか。シングル曲のミュージックビデオのように何カットも撮影するものであればともかく、一発勝負の場ではどうしても完璧なパフォーマンスに至っていないことは否定できないだろう。
仕方がないとは思いつつも、やはり負けていると思うと悔しいことには変わりがない。ただ、それは私たちの問題だけでなく、彼女たちの努力の結果でもある。理由はどうであれ、認めることは認めなくてはならない。このグループの実力は本物なのだ。
こんなグループが埋もれていたなんて、売れているか売れていないかはどこまでも紙一重だ。人気なんて、いつどうなるか本当にわからない。
特にこのセンターの子、なんて存在感なんだろう。
そんななかでも私は一人の子に目を奪われていた。
堀越さんは青嵐Girlsの中心メンバーで、このグループがデビューして以来の全ての楽曲でセンターを務めていて、そのうえキャプテンも担っているらしい。これぞ
この子が率いるこのグループは、ひょっとしたら放っておいてもどこかのタイミングで私たちのライバルになっていたのかもしれない。そんなことを思わずにはいられなかった。それ程のグループに自分たちの失策で活躍の場を与えてしまうなんて、今のウチにとっては死活問題だ。
そんな危機感を覚えながらも、私の目は堀越さんのパフォーマンスに釘付けになっている。
この子に会ってみたい。私はいつしかそんなことを思うようになっていた。
そして、その機会は思ってもいないところで訪れることになる。
私が去年からレギュラーで出演させてもらっているラジオ番組に、青嵐Girlsのメンバーがゲストとして出演することとなったのだ。
当然、そこには堀越さんも含まれている。
私はその話を番組のスタッフさんに聞かされてから放送の当日まで、その日を楽しみに思い落ち着かない日々を過ごしていた。
しかし待ち焦がれたその現場では、私はパーソナリティのアシスタントで彼女たちはゲスト。そこでは高ぶる気持ちを頑張って押さえ、私は粛々と自分の職務をこなしていかなくてはならない。本当は色々と質問をしたりしてみたかったのだが、さすがにそんな自由は許されていなかった。
結局、その日の放送時間内では台本以上の会話をすることは出来ず、残念ながら私は期待していたほど彼女たちと絡むことはできなかった。
しかし番組の終了後、思いもよらず私はお目当ての彼女に声を掛けられる。
「新田さん、今日はありがとうございました。お会いできて嬉しかったです!」
ホンモノの堀越さんだ。私は少しドキドキしてしまい、話したいことが山ほどあるのに普通に挨拶を返すことしかできなかった。
「こちらこそ、ありがとうございます」
そう言った後、私は思い切って注目して見ていることを話そうか迷っていたのだが、そう考えているうちに彼女の方から私に質問をしてきた。
「新田さんは、今回の出演の前から私たちのことって知っていましたか?」
もちろん知っている。けっこう色々と調べたし。
「知ってましたよ、歌番組とかも見たし。パフォーマンス、凄いですよね」
私の言葉に嬉しそうな顔をしながらも、同時に少し不敵な笑みを浮かべたように見える堀越さん。
「ありがとうございます。私も、当たり前だけど麹町A9さんのことはずっと見ていますし、憧れています。実はファンだったんですよ!そんな麹町さんのセンターを何回も務めてる新田さんに会えるとあって、今日は楽しみにしていたんです」
パフォーマンスの時の何か取り憑いたような表情とは違って、意外と普通に話す人なんだな。なんかちょっとホッとしたような、残念なような。
その直後、そんな風に思っていた私の期待を彼女は鮮やかに裏切ってきた。
「でも生意気なことを言うと、今のウチのグループは天下の麹町さんにも負けていないっていう自信があるんです。新田さんの前で言うことではないかもしれないですけど、今なら勝てるかもしれないって思うくらい、本当にレベルが上がってきているので。それに麹町さんも色々と大変な時期ですしね。あっ、すみません。何か私、失礼なこと言ってますね。ごめんなさい!」
大変な時期だって。ふーん、それを言っちゃうんだ。感じの良い子かと思ってたけど、負けん気の強い子なのかな。まぁ、そうでなければエースでキャプテンでなんて務まらないか。それを言われてしまう私も、傍から見れば仕事のスイッチが切れてしまっていて何のオーラも出ていない状態なんだろうな。
「同じようなお仕事をしている堀越さんたちから見たら、ウチのドタバタは本当にお粗末だろうし、みんなそう思ってるだろうなぁって自覚してるから気にしないでいいですよ。でも、ウチだって皆さんが知っている以上にまだまだ
そう、今は私たちの方がどう見ても上なんだから、見下す必要はないけど自分たちには自信を持たないと。
「そうですか。でも私が元々、麹町さんのファンでもあったから思うのかもしれないんですけど・・・。正直に言えば、
彼女が口にしたのは一年半も前に卒業した、かつての絶対的エースの名前だった。
この子、美咲さんのファンだったんだ。私と一緒じゃん。なんだか急に親近感が湧いてきた。
「由良さんがセンターの頃は本当に素敵だったなぁ。新田さんと二人でセンターだった曲も大好きなんです!あの頃の麹町さんには、自分たちが追い付けるとか、追い抜けるとか、そんなことを考えることは絶対になかったんですけど・・・。まぁ、このくらいにしておきましょう!せっかく新田さんとお話しできているのに、何だか暗い感じになってきちゃってますし」
さんざん宣戦布告してきておいて、何よ今さら。でも、美咲さんが好きだってことは本当っぽいし、そしたらウチのファンだったっていうのも嘘ではないんだろうな。自分たちを好きでいてくれたと思うと、何を言われても悪く思うことはできない。これもアイドルの性なのかな。
でも、今なら手が届く、ひょっとしたら抜かすことだってできる。そんな風に思われちゃってるんだ。寂しいし、悔しいし、なんだか情けない。
「それでは、また何かの機会でお会いできるのを楽しみにしていますね!」
そう言って彼女は仲間とともに去っていった。
なんていうか、大物感のある人だな。さらっとキツいことを言ったかと思えば、逆に嬉しくなるようなことも自然と言ってくれるし。
それでいて歌もダンスも上手なうえにコミュニケーション能力も高く、ファンサービスも良いとのことだ。こういう人を天才と言うんだろうな、きっと。仮にアイドルになっていなくても、何かの世界で世の中に見出されていたんだと思うし。
短時間に色々な気持ちにさせられたけど、私はこの出会いを嬉しく感じていた。
その日の帰り道の風はそれほど強いわけではなかったが、小刻みに向きを変える不思議なものだった。天気に詳しいわけではない私には、それが何を意味するかはわからない。
それでも、何かあるのだろうという予感はしていた。
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