第22話 祭りのあと
伝説となったコンサートから一夜明けた朝、私は早くから眠い体を叩き起こし気になっていたスポーツ新聞の記事を確認することにした。
そういえば、昨日は帰ったのも遅かったし自分のことで手一杯で忘れちゃってたけど、堀越さんたちの方はどうだったんだろう。
私は買ってきた新聞の一つを部屋の絨毯の上に広げ芸能面をざっと見てみたが、すぐ目につくところにはその記事は無さそうだった。
その代わりに私の目に飛び込んできたのは私たちのコンサートについて報じる記事で、そこに一番大きく添えられているのは美咲さんが約二年ぶりにステージ上でアイドルとして踊っている姿だった。少し見切れているが、その隣には私もいる。
他紙についても一通り目を通すと、やはり芸能面で一番大きいのは私たちの記事で、なかには見開きで大きく載せている新聞や、一面の次に大事な裏一面に掲載してくれているところもあった。
記事の内容はとにかくコンサートの内容を称えるもので、私たちのグループでは新しい試みであった新曲のコンサートでの解禁や選抜メンバーの発表について詳細に報じるとともに、三期生二人のスピーチや新センターの誕生、私のスピーチにも触れてくれている。有難い限りだ。
それでも残念ながら、狙い通りではあるのだが、私や三期生は前座のようなもので真打ちとして扱われているのは先輩たち卒業メンバーの登場についてだ。なかでも遅れてやってきた主役、美咲さんについては歴史上の大スターたちと比べるような表現まで使われている。
いくら美咲さんでも、そんな人たちと並べられるのはさすがに言い過ぎではないかとも思うが、とにかくコンサートや私たちのグループ、そして新曲が話題になってくれたのは嬉しい。
私はニヤけながらウチの記事を一通り読んで、もう一度寝ることにした。
色々な人から労いや称賛の言葉が届いているのはわかっていたが、その一つ一つに応じる気力も体力も今の私にはない。もう少し回復したら考えよう。
夕方、いつまで寝ているんだと言われてしまいそうな時間に私は再び起き、あらためて連絡をくれた人たちを見返してみる。
コンサートに来場していたり、中継を見ていてくれたっていう友達が多いな。家族はともかくとして、あっ、結衣さんも見てくれたんだ。やっぱり生中継されるって凄いな。
そういえば、堀越さんは録画したウチのコンサートを見てくれたかな。昔からのウチのファンで、かつ現役アイドルで、私が天才的と思っている彼女がどう思ったかっていうのは凄く気になる。
それはそうと青嵐さんの新曲の件って、結局、新聞に出てたんだっけ。自分たちの記事を読んで満足してしまって途中から探すの忘れちゃってた。
私はあらためて散らかしていた新聞の一つを手に取り、芸能面を隅から隅まで読んでみる。
あっ、こんなところに。
それは芸能面の左下の、見出しと数行程度の文字だけの記事だった。
彼女たちだって、何年も掛けてやっと掴みかけているチャンスだし、これを逃すまいと必死だったんだよね。今回の曲でトップアイドルの仲間入りを果たそうって意気込んでいただろうし、そのお披露目がこの程度の記事にしかならなかったっていうのは正直ショックだろうな。
もちろん、逆に私たちの方がそういう扱いになる可能性だってあったわけで、ここは厳しい競争社会。今回は私たちに過去からの積み上げや先輩たちの存在という飛び道具があったから勝てただけで、明日は我が身だっていうことを忘れてはいけない。
同じアイドルとして、その苦労や辛さ、やるせなさを痛いほど理解しているだけに、堀越さんの心中を思うと胸が痛むのも事実だったが、私はすぐにその気持ちを振り払うことにした。
勝者がいれば敗者がいるのは必然。同情は相手を更に惨めにしてしまうだけ。
私は以前、当時のキャプテンだった藍子さんに言われた言葉を思い出した。前に進まなくてはならない。そういう世界で戦っているんだ。
その日は一日オフで前日の余韻に浸ることができたが、忙しい私たちを時間はそれ以上は放っておいてくれない。次の日からはもう、その前までと変わることなく仕事がひっきりなしに入っていた。
無事にリリース日を迎えることとなった新曲を披露する仕事も増えてきて、そこでは楓子と私のWセンターが躍動し、その度にお茶の間を賑わすこととなる。
世間は楓子を「シンデレラガール」ともて
それはそうだ。こんなキレイな子が今まで世に知られていなかったのだから。一度火が点いたその大きな流れはしばらくは止まらないだろう。
それと同時に、まだそんな子がウチに隠れていたことが世間に知れて、私たちのグループに対する見る目が変わっていくのも感じられた。正確には変わったというより、以前のような、今後もアイドル界を牽引するのは麹町だろうという空気が戻ってきたと言う方が適切だな。
この間まで「終わったコンテンツ」の代表のように扱っているところもあったくせに、現金なヤツらだ。悪い気はしないけど。
そして注目されていた新曲の売り上げは、私たちの話題で持ちきりのアイドル界の空気感そのままに初登場でランキング一位を獲得し、厳しいと言われていた予想にも反して初動売上でミリオンセールスにも到達することとなった。いつも通りであれば最終的な累計売上の見込みは百二十万枚程度に達するはず。数々の逆風を跳ね除け、私たちは問題が続発する前と同じ水準のセールスを達成することができたのだ。
逆に堀越さんたちの方は事前に予想されていたほど売り上げを伸ばすことはできなかったようだが、それでもその前の曲と近いくらいのセールスには到達したとか。このグループにはこれからも注意していく必要があるだろう。ここで終わるような人ではないはずだ。
そんななか放送された特番の歌番組で、私たちはその青嵐Girlsと一緒になった。
本当は気になっていたコンサートの感想を堀越さんに訊いてみたい気持ちもあったのだが、今の状況で私の方から声を掛けるのはやめておこうと思っていた。彼女にも意地もプライドもあるだろうし、しばらくは私と顔を合わせたくないと思っているかもしれないし。
しかし、そんな常人を相手にしたような気遣いは、この人には一切無用だったらしい。
「新田さん、お疲れさまです!」
堀越さんは満面の笑顔で私に話し掛けてきた。
「お疲れさまです」
とりあえず挨拶。人として基本よね。
「この前のコンサート、凄かったです!感動しました!参加できなかったのが悔しくて悔しくて・・・。あぁ、由良さんのステージがせっかく見られるところだったのに・・・。それに桐生さんとか里見さんも出てたし、伝説のコンサートってこういうのを言うんだろうなって思いました」
先輩たちの評価が高いのは当然として、他はどうなのよ。新曲に新センター、新しい選抜メンバーについては何かなかったの?そこを教えてよ。
「それに新センターの阿久沢さん、凄くカッコいいですね。私がよく見てた頃には目立つことの無かった人だと思うんですけど、どこに隠してたんですか?あと、最上さんとか瀬名さんのパフォーマンスも一皮向けたっていうか、覚悟のようなものが表情から感じられるようになりましたよね。堂々としているというか。あっ、何言ってるんだろう、私。他のグループの方に偉そうなことを言っちゃって」
この人は本当にアイドルとかパフォーマンスっていうものに誇りを持っているし、愛情を注いでいる。それ故、それが自分のグループかどうかに関わらず良いものを見たら心が動くのだろう。芸歴は堀越さんの方が上とはいえ、
「ありがとうございます。堀越さんにそう言ってもらえると、ウチの後輩たちも喜ぶと思います。前に言っていた、今のウチのグループからは凄さを感じないっていうの、少しは変わりました?」
嫌味で言っているのではない。本当にその心を聞かせて欲しいのだ。彼女は同業者であると同時に、最も目の肥えたウチのファンの一人でもあるのだから。
「まだ私のなかでは、由良さんたちが居た時には敵わないと思っているのは否めないですね。でも正直に言うと、凄いなって思う瞬間もありました。一期生が、設立された時のオリジナルメンバーが抜けたアイドルグループが初期の輝きを追い越すなんて、私は絶対に無理だと思っている側の人間なんですけど・・・。ひょっとしたらと思っちゃったのは事実です」
よしよし。この人からその言葉を引き出せたのは大きい。自分たちの自信になるよね。ただ、それを指を咥えて見ている人ではないのもわかっているけど。
「でも、自分たちだって、自分たちの方がって気持ちは全然薄れていないんですよね?きっと」
堀越さんが自信あり気に笑いながら答える。
「もちろん!次の曲でまた挑戦しますよ。楽しみにしていてくださいね!」
冗談抜きで、楽しみにしてる。次もウチが勝たせてもらうけど。
自分たちはもちろん、それが他のアイドルグループでも構わない。誰であったとしても、アイドルが活躍しているということを嬉しく感じるのは本当だ。自分たちのようなグループが売れるのも、そもそもアイドル自体が世の中に受け入れられているのが前提なのだから、共倒れになっては元も子もない。どこかのグループが業界を盛り上げていてくれて、そのなかで覇を争うものでなくては。
先日、私たちのコンサートを見に来てくれた西条先生のように、アイドルに興味のない人であっても知ってさえもらえれば楽しんでもらえる自信がある。私たちアイドルは単にステージ上でキラキラしてファンを魅了するだけでなく、その成長や生き様を見て、応援して、一緒に夢を追いかけることを楽しんでもらう存在だ。もっと色々な人にその本質を知って欲しい。
私は自分が頑張っている意味のなかに、そんな願いを叶えるというのもあるように最近では思い始めていた。
堀越さん、頑張ろう。一緒に。
そんなことを思いながら私は堀越さんと別れ、麹町の輪の方へ帰っていった。
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