第16話 魔法をかける

 思ってもいなかったであろう私の発言を聞き、二人とも呆気に取られるなか和泉が先に口を開いた。


「かなちゃん、それって本当の話なの?」


 私は黙って頷く。


 当の楓子はまだ戸惑いを隠せないでいるようだ。ポーカーフェイスにも限界があったか。


「それってもう決まってることなんですか?あまりにも突拍子もない話ですし、私には全く考えられないことなので、冗談を言ってからかわれているようにしか思えないんですけど」


 少し怒ってるのかな。まぁ、ほぼ初めてまともに喋った私から嘘のような話をされて、信じろという方に無理があるだろう。冗談だったらタチが悪いし、楓子の言いたいこともムッとするのもよくわかる。


「色々と思うのはわかるんだけど、とにかく楓子は私と一緒にセンターとしてファンの前に立つ。これは決定事項。今回はいつもと違って番組ではなくてリリース前にコンサートをやって、そこで曲と一緒に選抜メンバーも発表されるから。皆さんの前でパフォーマンスをするのはそこが最初になるのかな」


 まだ楓子は私の話を消化しきれていないようだ。


 そこで和泉が咀嚼する係を買って出る。本当に有難い。


「今回は条件があまりにも悪いから、実績十分で一般知名度も高い『新田奏』に任せるとともに、世間にインパクトを与えるために楓子ちゃんも一緒に並べるってことだよね、きっと。三期生の楓子ちゃんなら、世代交代を止めないっていう意思表示にもなるし」


 和泉の方を見て話を聞きながらも、険しい顔を崩さない楓子。


「でも、何で私なんですか。最上や瀬名がそれどころじゃないっていうのはわかるんですけど、他にもたくさんいるのに。私が今どんな位置にいるかとか、私にそれができるかどうかってことを、決めた人が把握していないか勘違いしているだけじゃないんですか」


 決めたというか、言い出したのは私なんだけど。そのことはとりあえずは伏せておこう。火に油を注ぐだけだ。


「でも、私はなんとなくわかるな。悪い状況を打破しなきゃいけない時に中途半端は一番よくないと思うし。かといって、みんなが見た時に落胆しちゃうような人ってわけにもいかないから。楓子ちゃんなら、美人なうえに独特なキャラクターを持ってるし、今まで目立つところに居たこともないからサプライズ感も凄いし」


 和泉には私の想いが伝わっている。やっぱりメンバーならわかってくれるよね。あとは本人しだいか。


「そう言ってもらえるのは有難いですけど、私みたいな不人気メンバーがセンターに立って、しかもステージ上では全くキラキラしていないし、ファンの人を怒らせるだけと思うんですけど」


 相変わらず楓子の表情は硬い。


「人気は後からついてくるもの。キラキラは、今までしてなかったかもしれないけど、これからはすればいいじゃない。舞台に上がるのと同じだって!」


 和泉はすっかり乗り気みたいだ。


「舞台は、私の居場所であって夢ですから。演技をする時だけは入り込めるんです。ただアイドルとして振る舞う場となると、新田さんみたいにステージの上やカメラの前では自然とスイッチが入る人ならいいんですけど、私は決してそうではないですし」


 自然とスイッチが入るか。そう見えるんだろうな。これでも苦労して入れてるんだけど。


「かなちゃんだって勝手にオンに切り替わってるんじゃなくて、一回一回、本気で覚悟を決めてるんだよ。意識して自分で自分を演じてるの。そういう意味では楓子ちゃんにとっての演技のお仕事と、何も変わるところはないと思う」


 和泉は本当に私の良き理解者だな。私はこの世界に入って、良いことも悪いこともたくさんあったけど、出会いにだけは本当に恵まれていると思う。


 楓子の頑なさに手こずっているところではあるが、私は関係ないことで少し嬉しくなっていた。


 そんな私をよそに、楓子のネガティブ発言は続く。


「意識してやっているって聞くとすごいなって思いますし、新田さんの楽屋での様子を見れば、そうするためには相当な負荷がかかっているのもわかります。だけど、それが私にできるかと言うと、それはまた別の話です。私と新田さんは違う人間なので」


 自分と先輩は違う、か。私も昔、美咲さんや結菜さんたちを見て同じようなことを思っていたな。なんか懐かしいや。今の楓子は初めてセンターになった時の私とそっくりだ。


 この子も、何かきっかけがあったり、時間をかけたりすれば変わるんだよね。きっと。


 でも今はそれを待っている時間はない。内々で選抜が発表されるまで、もう何日もないんだから。


 公になるのはまだ先でも、選抜が固まったらすぐに始まるお仕事だってある。その時に終始仏頂面されたり、まして司会者の質問に半分怒ってるみたいに「べつに」とか答えられたらたまったものじゃない。それこそウチのグループはお終いだ。


 さて、どうするか。どうにかして楓子の考えを変えさせるか、変わっていなくても上手に振る舞えるように仕向けるか。


 私の時は美咲さんや藍子さん、葵さんが私を変えるために必死で想いを伝えてくれて、私を今みたいに振る舞えるように導いてくれた。でもそれは私にとって先輩たちがそういう存在だったからできたことで、今の私、たぶん和泉も、残念ながら楓子にとってそういう人ではないだろう。熱い想いを伝えられても、おそらく重荷に、迷惑に感じるだけできっと何も変えることはできない。


 どうしよっか。


 私は少し前に自分が頭のなかで唱えたフレーズを呼び起こす。


 変えることができないなら、変わっていなくても上手に振る舞えるように仕向けるか、だ。


 一つ、思い出した。自分は何も変わっていないつもりなのに、なぜか上手に振る舞えてしまうという魔法のような方法を。


 いや、あれはまさしく魔法だ。そうなると今、私たちに必要なのは魔法使いだよね。


 禁手かもしれないが、そんなことを言っている余裕はない。もうこれに賭けるしか方法はないんだ。


「あのさ、そしたら一つだけ私のお願いをきいてもらえない?」


 楓子がいぶかしげに私を見る。


「何ですか。できることなら構わないですけど、無茶なことはできかねますよ」


 できかねますか。楓子らしい言い方だ。


「大丈夫、何かしてもらおうってわけじゃないから。ある所で、ある人に会って欲しいの。変な人じゃないから安心して。本業はカウンセリングの、それも有名な先生だから。時間は行き帰り含めても二時間くらいだと思う。その時間だけ、私にもらえない?」


 何かの怪しい勧誘に遭っているような楓子は、納得してはいないようだがそこは礼儀には定評のある彼女。先輩からのお願いということもあるからか、それ以上は抵抗を見せずに首を縦に振ってくれた。


「かなちゃん、それって・・・」


 和泉は私が何を考えているかがわかったようだ。


「そしたら近いうち、いや明日にでも連絡するから。そのつもりで待ってて」


 この日の食事会は、私のその言葉でお開きとなった。


 しかし、私の任務はここからが本番。


 私はさっそく、先日教えてもらったばかりの加古さんの連絡先を探す。


 あったあった。ホントにお願い事ばかりで頭が下がるんだけど、頼める人は他にいないんだから仕方がない。


 加古さん以外に、あの先生に予約時間とか関係無くアポイントを取ることができる人なんて、少なくとも私は知らない。ひょっとすると実際に他にはいないのかもしれないし。


 一週間以内、できれば三日以内にお願いしたいんだけどな。さすがに図々しいか。


 翌日、加古さんから返事があった。時間が少し遅くなってもよければ、次の日の夜でも大丈夫とのことだ。ただ加古さんも同席はできないみたいで、場所は先生の診療所。診療時間の後に訪ねて来てくれということらしい。


 明日は私はラジオの仕事があるな。仕方ない、和泉に付き添っていってもらうか。先生には事前に私から電話を一本入れておこう。


 私は加古さんにお礼と提案の通りでお願いしたい旨を伝えるとともに、先生の連絡先を訊き出した。併せて、楓子たちが先生と会う前に私から電話させてもらうという伝言を託す。


 そして明くる日、楓子と和泉が現地に着くより前に私は仕事の合間を見つけて先生に電話をしてみた。


「もしもし、西条さいじょう先生ですか。ご無沙汰しています。加古さんからご連絡をしていただいた麹町A9の新田です」


 特に親しいというほどでもない先生と久しぶりに話す私は、さすがに緊張していた。


「お久しぶり。ご活躍のほどは聞いてるわよ。頑張ってるじゃない」


 アイドルに興味を持っているわけのない先生が私のことを覚えていてくれただけでも光栄なのに、なんと今の私の状況まで知ってもらえているみたいだ。加古さんが色々と説明しただけかもしれないが。


「ありがとうございます。それと、今日はすみません。時間外に無理をお願いしてしまって。お代はちゃんと請求してください、私の方でなんとかするので」


 本気でそのつもりだ。楓子がヤル気になってくれるなら、多少の身銭は安いものなのだから。


「そうね、時間外診療費も上乗せしてお願いしようかな。初めにウチに来た時と違って、今のあなたなら余裕で払えるだろうし」


 しかし自分で言い出しておいて恥ずかしい話なのだが、この一部では高名な先生の、しかも特別料金なんて上乗せされた診療費って私においそれと払える金額なのかな。分割払いとかあればいいんだけど・・・。


 私が少し黙って懐事情に想いを巡らせていると、西条先生が笑いながら話を続けた。


「なんて、冗談だって。今日の依頼者はあなたじゃなくて加古さんだから。あの人にお代なんて請求しちゃったら、逆にこっちの方が高くつくから。その辺は考えなくていいよ」


「すみません・・・」


 助かったようだ。なんかカッコ悪いけど。


「それで、電話してきたのは挨拶だけ?忙しいんだろうから、そんなのわざわざしてこなくてもいいのに」


 そうだ、肝心なことを伝えてない。


「ご挨拶と、もう一つは今日お会いしていただく子についてです。阿久沢楓子っていう子なんですけど、少し変わってるところがあるので」


 とりあえず少しと付けておいた。さすがに今では、それが少しではないことは身に染みてきているのだが。


「その子を、どうして欲しいの?あなたの時みたいに、なんとかしてアイドルらしく上手に振る舞えるように変えてくれってことと思っていい?」


 私の時みたいにか。最後の手段はそういうことなんだろうな。


「そうですね。方法は先生にお任せしますけど、とにかくその子がアイドルとして、堂々と楽しく振る舞えるようになってくれたらって思っています。なんかそういうのが苦手みたいなので」


 しかし私の時にも言われたけど、結局はそういうのが効くかどうかは個人差があるし、先生が凄腕だからって必ずしも上手くいくとは限らないんだよね。それだけは覚悟しておかなきゃいけないな。


「わかった。会って話してみて、その子にとって一番良い方法を考えてみるよ。どんなやり方でもいいし、こっちから何を話しても、その子に何を訊いても、問題はない前提でいいんでしょ?」


 その辺のサジ加減は素人の私にはわからないし、餅は餅屋。プロに任せよう。


「はい、よろしくお願いします」


 西条先生との電話を切ってからも私は、この後の楓子の結果が気になって仕方がなかった。しかし、そんな事ばかりを考えているわけにもいかない。そういえば仕事の合間だったんだよね。とりあえず今は忘れて、目の前の仕事に集中しよう。


 私は慌てて現場に戻っていった。

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