第15話 新たなる希望
「かなちゃんって、いつもこんなところで食事してるの?売れっ子は違うなぁ」
和泉は驚きを隠さず、決して嫌味ではなく本気で私を持ち上げてきたのだろうが、私だってこんなお店に来ることはそんなにない。誰にも聞かれたくないような話をする時や、一緒に居るところを見られたくない人と会う時など、要は騒がれたら困るような時だけ。それでも来ること自体、まだ数回目だ。
「基本的に外食なんてしない人だからね。何回かしか来たことないんだけど、柏木さんから人目につきたくない時は使いなって勧められてて」
正確には初めて来た時は先輩に連れて来られたのだが、長くなるからその部分の説明は省こう。
「それはそうと、楓子ちゃんは予定は大丈夫だったの?急に誘ってごめんね」
目の前の美人な後輩に和泉が言葉を掛ける。たしかに私と比べれば、遥かに彼女との関係が構築できているようだ。
「いえ、今日はオフだったので。先輩たちの方がお忙しいでしょうし」
さすがの楓子も、先輩に囲まれて、それもほとんど話したことのない私を前にして、恐縮はしていないが自然な感じでもないように見える。意外と緊張してたりするのかな。
「とりあえず何か頼もうか。お腹も空いてきたしね」
私は店員さんを呼び適当に注文を始める。いつまで経ってもこういうのには慣れない。私にできるのは先輩たちと来た時のことを思い出して、その真似をしてみせることだけだった。
しばらくして注文したものが揃い、食べることに集中する三人。なんか会話のない家庭の晩御飯の風景みたいだな。
しかし様子見をしていても時間がもったいない。私が口火を切らないと始まらないんだから、ここは一つ、頑張ってみるか。
「阿久沢さんは女優を目指してるんだよね。舞台とか出てたの知ってるよ。柏木さんも演技の評価は高いって言ってた」
まずはお近づきの印に褒めてみる私。ちょっとわざとらしいかな。
「あの、先輩から『さん』付けで呼ばれるのも変な感じなので、呼び捨てでいいですよ。阿久沢でも楓子でも」
たしかに。苗字に「さん」付けはさすがに距離感がおかしいな。思いきって楓子って呼んでみるか。もしかしたら二人でセンターを張るわけだし、いちいち「さん」とか「ちゃん」とか面倒くさいし。私も選抜に入ってすぐの頃は違ったけど、一緒に活動することが多くなるにつれ下の名前で呼び捨てされるようになっていったしね。
「じゃあ楓子はさ、女優以外のことに興味ってないの?せっかくアイドルになって、色々なことに挑戦できるチャンスがあるんだし。歌や踊りはもちろん、バラエティ番組とかラジオとか」
少し回りくどいか。でも、いきなりセンターに興味あるかって質問するのもおかしいし、このくらいが限界だよね。
「興味ないことはないですよ。女優になるために必要なら、どんな仕事だってやるつもりでいますし」
おっ、いい回答。これなら自然な感じで訊けるじゃん。
「でも、やっぱり楓子ちゃんは女優だよね。私も舞台は観に行ったけど、すごくカッコよかったよ。演技している時は人が違うし。普段は我慢して抑えてるのかなって思うくらい」
ちょっと和泉、そっち方面に話を持って行かないでよ。せっかくいい展開だったのに・・・。
「女優の仕事だけは一切妥協をする気はないんです。ずっと目指しているところなので。私みたいな愛想のない人間が、唯一、自分を解放できる場っていうか。この夢がなければアイドルにもならなかったと思うし、他に自分が何を目指していたか想像もつかないです」
本気なんだな、女優に。なんかアイドルの話をするために来てもらったって言うのが、とても申し訳ないことのように思えてきた。もちろん、その話をしないわけにはいかないのだけど。
「ところで、今日ってどうして急に誘っていただいたんですか?誘われるのは普通に嬉しいんですけど、何で私なのかなって。新田さんとはお話ししたこともほとんどないですし」
そう思うよね、普通は。向こうから訊いてきてくれたんだし、寄り道せず言える範囲で正直に話してみるか。
「あのさ、楓子の正直な気持ちを聞かせて欲しいんだけど・・・」
大事なところの前に私はチラっと楓子の目を見た。楓子は真剣な表情で私の次の言葉を待っている。
「楓子は、選抜に入るとか、更にそのフロントやセンターになるとかってことについて、どんな風に思ってる?」
突然の私からの質問にも、顔色を変えず答えを考える楓子。クールというか度胸があるっていうか、本当にテンションの変わらない子だ。
「自分がそうなることについてですよね?どんな風にっていうか、今の時点ではどうとも思っていないです。自分が近いうちにそういう立場になることはないでしょうし。現実的になってきたら違うと思いますけど、今はそんな感じです」
なんか想像通りの回答だな。悪いとは言わないけど、この答えだけじゃ本当のところがわからない。少し質問の仕方を変えてみるか。
「そしたら、アイドルとしての目標とか、目指すところってあるの?ポジションでもいいし、人気でも知名度でも、こういう風になりたいとか」
さすがに何かあるよね。私だって一応、アンダー三列目の頃からいつかは選抜の前の方で歌ったり踊ったりできたらいいなくらいは思っていたし。
「目指すところですか。何ですかね。女優として大きな仕事をいただくためにも少しでも目立つ位置に行ければとは思いますけど、それは私では難しいと思いますし。それでもウチのグループで活動していれば、普通に学生をしながらオーディションを受けているよりは機会をいただけるし、そういう意味では今のままでも・・・」
私では難しいって、何でそんなこと思うんだろう。こんなに美人で、演技も上手だし、雰囲気もあるのに。
「そんな、楓子ちゃんだと難しいとかはないと思うよ。同期で歳も同じくらいの愛莉ちゃんとか沙希ちゃんにできていることが楓子ちゃんにできないなんて、そんなことはないはずだよ」
そうだ和泉、もっと言って。この子の本気を引き出してやってよ。
「最上とか瀬名は、根が私と違って明るいですから。そのうえファンサービスも得意だし、ステージ上でのパフォーマンスでもキラキラしてるし。私の場合、演技のお仕事以外ではどうしてもこんな感じですし。ただ無理して自分を変えるのも何か違うと思うので。仕方がないかなって思ってます」
そんな、諦めるの早くない?いや、諦めるっていうか、悟ってるって感じだ。あんた今いくつよって言いたくなるくらい、妙に落ち着いているな。
「そしたらさ、もし、もしだよ。いきなり選抜のセンターに抜擢されたらどうする?望んではいなくても、やるとなったら頑張ってみる?」
これ以上は埒が明かないと思った私は、思い切って核心を突いてみた。
「そんな、起こりえないことを想像して、その時の気持ちを訊かれても答えられないです。選抜に入ることだって想像できていないのに・・・」
そんなこと言わずに、何か答えてよ。
「じゃあ気持ちはともかく、そうなったら精一杯、全力でやるって言い切ることはできる?」
ちょっと強引かな。でも、その言葉を聞けないと私は今日ここに来た意味がない。楓子を新たな希望として掲げることに、私たちのグループの未来が懸かってるんだから。
「かなちゃん、どうしたの?さっきの質問にだって答えられないって言ってるのに、それより強めの質問をしたって無理だって」
こういう展開になるとも思っていなかったから、和泉にも後で話そうと思っていたのが失敗だったか。事情を知らない身であれば、なぜか後輩を尋問している私を制するのは同期として、キャプテンとして当然のことだろう。
もう全部話してしまうか。せっかく慎重に、言わなくていいことは話さないように進めてきたんだけど。なんだか面倒になってきた。あとは野となれ山となれだ。
「わかった」
私は一言だけ呟く。
「わかったって、何が?」
全部話すよ。自分たちが望んだんだから、覚悟してよね。
「今から話すことは絶対に他言無用。一生とは言わないけど。いつになったら解禁っていうのは自然とわかるから」
語調の変わった私に、和泉も楓子もポカンとしている。
「まず前提として、ウチのグループは今、過去にないくらいの危機的な状況に陥っている。それは二人も感じてるよね。ここ一、二年の間に、絶対的エースだった美咲さんが卒業して、キャプテンだった藍子さんが卒業して。そんな美咲さんや藍子さんと遜色のない人気を誇っていた葵さんまでグループから去ってしまって。それだけでも大変なことなんだから」
自分で言っているのに、居なくなってしまった先輩たちと一緒に活動していた時のことを思い出すと、それだけで自然と涙が出そうになる。でも私はそれをグッと堪えて話を続ける。今は泣いている場合ではない。
「そんな時に起こってしまったスキャンダル騒動に、そのせいで出演を見合わせたイベントの数々。そして強力なライバルの登場。知ってる?青嵐Girlsって」
和泉は知ってはいるようだったが、そこまでの存在とは思っていなかったようだ。楓子は名前だけはといった感じで、詳しいことは全く知らない様子。
「前にラジオの仕事でそこのメンバーの子たちと一緒になって、それからミュージックビデオとか歌番組に出てるのを見るようになったんだけど、ホントに凄いんだよ。パフォーマンスで勝負してるって感じで。それに、そこのセンターの子もタダ者じゃなかった。一言で言えば天才ってやつだと思う。そんなグループとウチの次のシングルの発売日が、同じ日かまでは知らないけど近い日になるのが決まってるんだって」
新曲に関する内々にも未公表の情報を私が持っていることは、さすがに二人を驚かせたようだ。思わず和泉が口を挟む。
「ちょっと待って。次の曲のリリース日なんて、どうしてかなちゃんが知ってるの?そろそろ選抜発表かなって思ってはいたけど、まだ何も聞いてないよね」
和泉の疑問はもっともなのだが、私はそれを取り合わずに話を続けることにした。
「ごめん、和泉。それも最後まで聞けばわかるから、このまま続けるよ」
和泉が申し訳なさそうな顔をして私にマイクを戻してくれた。和泉は何も悪くはないのだけど。
「要は逆風も逆風。次のシングルは大嵐のなかの船出になるのが確実なわけ。一説では、ウチの新曲はミリオンに届くかも際どいくらいなんだって。それに対して青嵐さんは逆に初のミリオンを射程に入れているらしい。嘘みたいに聞こえるかもしれないけど、次の曲で逆転される可能性もゼロではないって巷では言われているみたい。信じられないし、信じたくないだろうけど、青嵐を知れば納得できると思う」
話を聞いている二人も少しずつ私の話にリアリティを感じてきたのか、一層真剣な眼差しで耳を傾けているように見える。
「そんな状況で、誰がセンターをやるか。やらせるか。斯波さんをはじめとする運営の人たちも、相当に頭を悩ませたらしいの。そこで話し合いを重ねて出した結論が、センターを二人並べるWセンターにすることと、その一人は私が務めること。実はこの厳しい環境下でセンターをやることになるから、さすがに気を遣って私にはそれを一足先に教えてくれたんだよね」
すぐに信じられる話ではないかもしれないが、和泉と私の付き合いだ。嘘を言っていないのはわかってくれているだろう。
「そうなんだ。そんなことになっていたとは全然知らなかったよ。楓子ちゃんも驚いたでしょ?」
さすがの楓子も、この話の展開には驚いてくれたようだ。和泉の言葉に大きく頷くだけで何の言葉も発さない。
「それで、肝心なのはここから。Wセンターって言ったでしょ。つまりセンターはもう一人いるんだけど、誰だと思う?」
二人は顔を見合わせるだけで、具体的な名前を挙げることはしなかった。まぁ、答えを待ってみても正解するとは思えないし、ズバッと言ってしまおう。
「私と一緒にセンターをやるのは、他の誰でもない。楓子、あなたなんだよ」
言っちゃった。さて、どうなるか。
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