第18話 カウントダウン
私たちの命運を賭けたコンサートに向けて着々と準備が進んでいくなか、柏木さんが段取りを引き受けてくれた私にとって最も重要な演出については、未だにその詳細が決まったとの連絡はなかった。
やっぱり難しいのかな。思いつきで言い出したわけではないけど、たしかに簡単なことではないとは思うし。
私がやきもきしながら仕事をこなしていっていると、突然、思ってもいなかった人から電話が掛かってきた。
久しぶりに話すその相手からの連絡に、電話を取る私の手は少し震えている。
「はい、新田です!ご無沙汰してます!」
「ちょっと、ご無沙汰してますなんて他人行儀な挨拶しないでよ!でもお話しするのは随分とお久しぶりね。元気にしてた?」
声の主は私たちのグループが創設された時から、昨年の春までキャプテンを務めていた藍子さんだった。今では夜のニュース番組のキャスターを務めたり、バラエティ番組で司会者のアシスタントを務めたりしている人気のフリーアナウンサーだ。
「はい、お蔭様で頑張っています。色々と大変なこともありましたけど・・・」
そうだ、あの件があってから話すのは初めてだった。藍子さんのことだから、さぞ後輩たちのことを心配してくれていただろうな。
「本当に大変だったみたいね。でも奏が頑張ってくれてなんとかなったって柏木さんが言ってたよ」
柏木さんと話したんだ。ということは、当然、あの話を聞かされたんだろうな。それで私に電話してきてくれたんだ、きっと。
「あの、藍子さんは今のお仕事とかお忙しいと思いますし事務所の関係とか色々とあるとは思いますが・・・。実は私たちは今、本当に大変な状況なんです。それで、もしかしたら既にお聞き及びかもしれませんが今度コンサートがありまして・・・」
藍子さんはもう、柏木さんのオファーに返事をしてしまっているのだろうか。もちろん、本人の意思だけで決まるものではないと思うけど。
「その話ね、私が電話したのもそのこと。うん、スケジュールとか諸々あったのは事実だけど、事務所の方も私の想いを汲んでくれたみたい。私は出るよ、葵も大丈夫って言ってた。他の子も、何人かからは出られるって聞いてる。出演はアンコールの時間だけだし、メンバーにも内緒だって聞いたからリハーサルにも顔は出さないけど、レッスンは何回かしないといけないよね。頑張らせていただきます!」
そうだ。アイドルのステージを離れている方々に出てもらうというのは、当日のその場にいきなり来てもらうだけではなくて、事前に準備をしてもらうことにもなる。時間も労力もそれなり以上に割いてもらうんだ。
「でも、私たちが居なくなってからの曲を覚えてくれとかは言わないでね。さすがに新しいのは無理かな。昔のは体が覚えていてくれているのもあるだろうけど・・・」
謙遜しているが、フリの入りが早い藍子さんなら本当はすぐにマスターできるに決まっている。
「大丈夫です、ファンの人たちも藍子さんたちがあの頃の曲を歌ってくれるのを見たいと思うので。私も久しぶりに一緒に歌ったり踊ったりできるのが楽しみです!」
私はそう言いながら、一番気になっている質問をしようか迷っていた。藍子さんに尋ねる事ではない気もするし、そもそも訊かれたって回答を持っているとは限らない。困らせるだけかもしれないな。
そんな私の気持ちを読んだわけではないのだろうが、藍子さんの方から私が知りたがっていることを話し出してくれた。
「ただ申し訳ないんだけど、美咲は難しいみたい。ほら、美咲って卒業した直後から自動車のCMに出てるでしょ?しかもメインで。たまたまだけど、麹町も去年から別の自動車会社のCMに出るようになったじゃない。今回は生中継が入るってのもあるし、大人の事情ってやつがあるのよ。同じ商材を扱っている別の会社のイメージキャラクターを務めている麹町の一大イベントに、美咲が出るっていうのは・・・ね」
そっか・・・。そういえばそうだったな。美咲さんが運転しているCMをカッコいいなとか思って呑気に見ていたけど、そういう問題が起こってしまうんだ。
「こればかりは仕方がないですよ。藍子さんや葵さんが出てくれるだけでも私たちは嬉しいし、奇跡みたいな出来事だって思ってます。よろしくお願いします!」
私は目一杯の強がりを言った。藍子さんにはバレてしまうんだろうな。
「うん、頑張ろうね!麹町の新たなスタートなんでしょ。そこに華を添えられるなんて、私たちにとっても光栄なことだから」
藍子さんとの電話を切った後、私はすぐに柏木さんに連絡をした。
「柏木さん、藍子さんと話しました!ありがとうございます。これでコンサートが盛り上がるのは間違いないです!」
私の声が大きすぎたのか、思わず耳から離したのだろう。電話越しの柏木さんの声は少し遠い。
「そっちに連絡あったか。そうなんだ、桐生と里見は出られるってことになってな。他にも何人も出てくれるんだけど、美咲だけは難航していて・・・」
難航っていうか、無理なんだろうな。仕方ない。
「いえ、それでも卒業生の先輩たちがアンコールに出てくれるってなったら、絶対に盛り上がりますって!オリジナルメンバーが昔のヒット曲を歌ってくれるなんて、今のメンバーだって嬉しいだろうし。私なんか泣いちゃうかもしれません」
いや、知らされてなかったら確実に泣くな。今回ばかりは先に知ってしまっているのが悔しい。みんなと一緒に感動したかったなぁ。
「これから秘密裏に出演するメンバーとレッスンとか打ち合わせをしたりするから、くれぐれも奏も周りに言うなよ。メンバーも驚いている方がサプライズ感が強くなるからな。阿久沢のセンターと桐生たちの登場の二段ロケットで、青嵐の新曲なんて蹴散らしてやろう!奇跡を起こそうぜ!」
柏木さんにいつもの熱量が戻ってきた気がする。長瀬さんが居た時以来だな、この感じ。なんか面白くなってきた。
その数日後、私はテレビ番組の収録スタジオで堀越さんを見掛ける。私の方から声を掛ける気はなかったが、ご丁寧にあちらから私を見つけていただいたようで彼女の方から声を掛けてきた。
「新田さん、お疲れさまです!」
相変わらずオーラに包まれてるな。
「お疲れさまです」
とりあえず挨拶は返さないとね。
「麹町さんも今度、新曲をリリースされますよね。実は私たちも近いんです。今までは他のアーティストさんのリリース日なんて気にしたことなかったんですけど、最近は有難いことにランキングなんかも気にできるようになってきて。まぁ、ウチのは初動で売れるわけじゃないから、麹町さんに比べればずっと下の方になると思いますけどね」
謙遜するタイプでもないだろうし、実際にそう分析しているのだろう。ただ、問題は初動ではなく累計の方だ。そっちには自信があるから彼女も私にわざわざ声を掛けてきたんだろうな。
「青嵐さんのパフォーマンス、私も楽しみにしています。今度も凄いんですか?」
その自信のありそうな表情で大体想像はついていたが、一応、訊いてみた。
「どうですかね、それは見た人が決めることなので。ただ自分たちでは自信を持っています。リリース前のコンサートで初披露する予定なので、ご興味があれば是非、見に来てください!」
その日はこっちもコンサートだっていうの。わかってて言ってるのかもしれないけどさ。後からぶつけてきたのは青嵐の方だしね。決めてるのは運営の人だろうけど、エースで四番のこの子がそれに全然関わっていないとも思えないし。
「ウチもね、次はみんなを、世間を驚かせるつもりでいるから。堀越さんが好きだったっていう麹町を取り戻す、いや、新しく創る。今度のコンサートを見に来れなかったファンの人は、絶対に後悔するって自信があるんだ」
ステージ上ではない私にしては珍しく強い口調で言った。ウチのファンだった堀越さんは、私のオンとオフのことも多少は知っているのだろう。少し意外そうな顔をしている。
「楽しみにしてますね。生中継、ちゃんと録画しますから!」
やっぱりウチのコンサートが同日だっていうの知ってるんじゃん。ホントどこまでも食えない子だな。
堀越さんとの遭遇は、私の本気と覚悟を更に強固なものにした。
絶対に成功させてやるんだから。
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