第19話 お楽しみは…

 この日はまだ三月中旬にも関わらず暖かい日で、それなら野外の会場でも良かったのにと思うような天気だった。


 そうは言っても今回は新曲の初披露もあるわけだし、リハーサルで音漏れしてしまうのも興ざめされるだろうから、この国内最大級の全天候型野球場を使用するという判断は間違えてはいないだろう。


 その注目の新曲披露はコンサート本編が終わった後のアンコールの最初に用意されていて、本編が終わったと思わせたらすぐに私たちのグループの軌跡を描いた映像がモニターに流される。そしてファンの感情を高ぶらせたところに新曲初披露&選抜メンバー発表の文字が並ぶ。


 スモークの焚かれたメインステージの中央から名前を呼ばれたメンバーが一人ずつ出てきて自分の立ち位置に着き、最後に私が呼ばれて終わり。そう思わせておいてからセンターがもう一人呼ばれる。そこで観客は初めてWセンターであることを知り、同時に予想できないであろうそのメンバーが出てきて会場が驚きに包まれるなかイントロが始まるという算段だ。


 おそらく曲が始まった当初はどよめきが起こるだろうが、そこで繰り広げられる新曲のパフォーマンスと新センターのキラキラした振る舞い、その輝きを増した美人な容姿を見て、アウトロの頃には大歓声に変わっている、はず。


 これが第一段ロケットだ。


 その後にセンターを務める私のスピーチの時間が用意されていて、自分たちの今の状況やファンに心配を掛けたことについて語る。その最後に次の演出について匂わせておいてからの、ファンの間で「レジェンド」とよばれている先輩たちの登場。往年の名曲を、全員ではないがオリジナルメンバーが参加して数曲披露する。


 昔からのファンはもちろん、最近ファンになった人も、私たちではなく人気キャスターの藍子さんや人気モデルの葵さんのファンも、その姿を見てこの場に居ることに希少価値を感じてくれることだろう。


 この第二段ロケットを打ち上げ終わった頃には、私たちのグループはまだまだ戦える、かつての自分たちを越えることに挑めるという印象を、見ている方々にしっかりと植え付けられる。きっと。


 こうして大盛況のうちにコンサートが終わり、その直後からインターネット上で流れるニュースや次の日のスポーツ新聞の芸能面、他のニュースとの兼ね合いによってはもっと目立つ位置にその記事が載れば狙い通り。大成功と言える。


 やるしかない。負けるわけにはいかないんだ。


 コンサートが始まる直前、いつもの円陣で和泉がみんなに声を掛ける。今日は言いたいことがあったからか、少し早めに集合を掛けたようだ。


「今日が単なるコンサートではないことはみんなわかってるよね。いつもはこの時期にこんな規模でやることなんてないし、生中継まで入っているし。でもどんなに大きな会場を使っても、多くの人に見てもらっても、それだけでは誰も驚かないし、凄いとも思わない。それを決めるのは私たち一人一人だから。今日はみんな、自分にできる最高のパフォーマンスを出して!見てる人を感動させよう!」


 和泉らしい真面目な言葉だ。みんなにも想いは伝わっただろう。


 そこから始まったコンサートは、全員で出演する曲や選抜メンバーの曲、アンダーや少人数のユニットによる曲などを織り交ぜながら、盛り上がりとともに汗が止まらなくなるくらいの熱気を帯びていく。


 コンサートの中盤、三期生だけの楽曲が始まる前にその曲のセンターを務める最上と瀬名のスピーチの時間が設けられていた。二人の希望によって実現したものだ。


 その時を待つステージ裏に私と和泉が一緒に居ると、思いがけず出番直前の二人がやってきた。


「あの・・・。忙しいところ、すみません」


 瀬名が真面目な表情で話し始める。


「今回の新曲の選抜メンバーのポジションを決める時に、新田さんが私と愛莉の立ち位置について斯波さんたちに意見してくれたって聞きました。私たちなんかのために・・・。ありがとうございます」


 あれ、その話って何で知ってるんだ。普通に運営の方で決めたことになっているんじゃなかったっけ。


「実は愛莉と一緒に、問題を起こした自分たちがそんな重要な場所でいいのか不安になって、柏木さんに話しにいったんです。そしたら新田さんが私たちのためにも、グループのためにも、そして何よりファンのためにそうした方がいいって言っていたって聞いて。申し訳ないと思ったんですけど、ファンのためになるならって思って頑張ることにしました」


 瀬名はホントに気持ちの良い子だな。ウチに入るまではスポーツ少女だったっていうし、体育会系のサッパリとした感じがあって実に清々しい。


 続いて最上も口を開く。


「それに、私たちがあの週刊誌のインタビューに答えるって話が出た時も、そんなことさせないで謹慎にしようって話も出たのに、和泉さんが泣きながらそれはやめて欲しいって訴えてくれたって聞いて。私・・・。生意気なこと言ったりして、迷惑ばかり掛けていたのに・・・。今まですみませんでした。ありがとうございました」


 最上が泣きながら頭を下げるのに合わせて、瀬名も頭を下げる。


「二人とも、そんな顔して次の曲どうするのよ!もうそんなに時間ないよ。大事なスピーチなんでしょ。今の想いをファンの皆さんに伝えて、新たな気持ちでまたスタートできるように頑張ってきなよ!」


 和泉はそう言って二人のことを抱きしめる。和泉の方が身長は低いのに、この時は大人が子供を慰めているような、そんな光景に見えた。でも和泉、そんなことしたらもっと涙が溢れちゃって、二人がステージに出ていけなくなっちゃうよ。


 和泉に背中を押されて、二人は涙を拭いながら次の曲の待機場所に向かった。


「二人とも良い子だよね、ホント。今回のことで浮ついた気持ちもなくなっただろうし、ファンの人たちの信用さえ取り戻せば、きっとウチのエースになれるよ」


 なんか和泉、昔の藍子さんみたいになってきたな。カッコいいよ。


「それまでは、かなちゃんたちに頑張ってもらうしかないからね。よろしくね、センター様!」


 私は和泉の顔を見て微笑んだ。


 コンサートの最中は自然とテンションが上がっているため、時にこんな感じで普段は言いづらいことを言えたりすることがある。ナチュラルハイという状態になっていて、言っている方も言われている方も、後から恥ずかしくなるような言葉がこの時ばかりはスルっと口から出てしまうのだろう。


 この感じ、私は嫌いじゃない。


 最上と瀬名の決意を新たにするスピーチは、会場の皆さんから快く受け入れてもらうことができ、その後の楽曲を歌う二人にはいつも以上の声援が掛けられていた。


 やっぱりウチのファンの皆さんは温かいな。ファンも含めて、この麹町A9というグループは本当に最高だ。絶対にこのまま終わらせたりなんかしない。


 そして終盤、いよいよ待ちに待ったその瞬間がやってきた。


 一度コンサートが終わったように見えた会場が暗転したまま、モニターには短編のドキュメンタリー映像が流れる。素晴らしい出来栄えに仕上がっていて、その内容を見ただけで涙する人も多いだろう。


 そして最後の重大発表の文字。会場のボルテージは最高潮に達した。


 着替えを済ませた新選抜メンバーの面々が自分の名前が呼ばれるのを待つなか、ステージの上が一段と濃いスモークに包まれる。


 そこに一人ずつ出てくるトップアイドルたち。自分のポジションに立っているだけでも、その風格を漂わせることができる千両役者の集まりだ。


 残り二人となったところで、私は楓子に声を掛けた。


「最後、頑張って堂々と出てきなよ。会場がどんなリアクションだったとしても、すぐに曲が始まるから気にしないで。頑張ろう!」


 楓子は私の言葉に黙って頷く。この間も何度か一緒に仕事をしているが、その様子は初々しさこそあれ、紛れもなくウチのセンターだった。何の不安もないだろう。


 私が出たところで、やはり観客は選抜メンバーが出揃ったと思ったようだ。それでも一向に曲が始まらず少しざわつき始めたところに、その喧噪を鎮める次のアナウンスが流れる。


「この曲はWセンター、センターはもう一人います。それでは出てきてもらいましょう。新センター、阿久沢楓子!」


 歓声とどよめきで、会場の雰囲気はカオスになっていた。いいぞいいぞ、これぞサプライズってやつだ。


 そして楓子が立ち位置に着くと、すぐさまイントロが始まった。


 この曲の最中、私は何度も楓子と顔を合わせるシーンがあるのだが、本当にこの子のステージ上でのパフォーマンスは変わった。硬さがなくなって、自然な感じで笑うようになったし、踊りのキレも今までとは全然違う。何かが入り込んだような感じだ。


 それをこの美人がやっているんだから、ファンだって納得するに決まってる。


 案の定、出てきた当初は半信半疑のような視線を送っていたファンも、途中からは手に持ったペンライトを振って楽しんでくれているのがわかる。これで楓子は完全に「見つかって」しまっただろうな。


 曲を終えた私を待っていたのは、異様な雰囲気のまま次の展開を待つ五万人の視線だった。


 そんななか、心を落ち着かせて話を始める私。


「今日はお忙しいなか、会場に足を運んでいただきありがとうございます。中継を見てくださっている方々も、本当にありがとうございます。今日のコンサート、楽しんでいただけましたか?」


 会場から割れんばかりの歓声が上がる。私は少しの間、その心地良い雑音に酔いしれた。


「みなさんもご存知の通り、私たちのグループは偉大な先輩たちが少しずつ卒業していってしまい、今はその形を変えていっている最中です。そんななかファンの方々にご心配を掛けてしまうような出来事があったりもして、今まで皆さんが大切にしてくれたこのグループが、この先どうなるのか、今までと同じように素敵なグループでいられるのか、不安にさせているのも事実だと思います。ごめんなさい」


 珍しくファンの皆さんが静かに私の話を聞いてくれている。いつもなら言葉の切れ目に、「そんなことないよ!」とか「頑張れ!」とか合いの手の叫び声が入るところなのに。内容的に、ここは聴くところだって思ってくれているのだろう。本当に最高のファンばかりだ。


「でもそんな逆風や嵐は予測できないし、これからだってあるかもしれません。それでも私たちは負けない。皆さんが育ててくれたこの華は、風が強く吹いたくらいで散ることはありません。見ていただいた通り三期生はこんなに頼もしいし、まだまだ素敵な先輩たちもたくさん居ます。もちろん、私たち二期生だって頑張ります!」


 私はそれぞれ、自分の両隣に居た楓子と最上、すぐ後ろに居る瀬名と、楓子の横に居た結菜さん、瀬名の隣の和泉を見たり、肩に手を置いたりしながら言った。


「これからも育ててくださいとは言いません。自分たちで何をするのか、何を目指すのか、何を大事にしていくのかを考えて、自分たちの力でこのグループを守って、更に大きな、素敵なグループにしていきます。引き続き応援していただけると嬉しいです。応援したくなるような、見逃すともったいないと思ってもらえるような、そんなグループにしていくので、これからもよろしくお願いします!」


 よし、言わなくはならないことは言った。ここからは次のサプライズに繋げるところだ。


「今日は私たちの新たなスタートの日、原点の日です。ここから一つずつ積み上げていこうと思っています。でも原点と言えば、それに相応しいやり方がありますよね。きっと同じことを思っている方もいると思います!」


 少し雰囲気の変わった私の語り口に、ファンだけでなくメンバーも何が起こるのかわからず戸惑っているのがわかる。そうそう、そういう表情が演出の良い味付けになるんだから。もっと驚いてくれていいんだよ、みんな。今日ばかりはスパイスは多めでいこう!


 再びメインステージの中央にスモークが焚かれ、その奥に何人かのシルエットが見える。さぁ、お楽しみはこれからだ。


「ここからは、この方々と一緒に盛り上がっていきましょう!」


 席によって見え方が違うからだろう。次の曲のイントロとともにステージに現れたその人たちを見た歓声が、前の方の席から波のように伝わっていき、それが後方に到達した時には会場に流れる音楽すらかき消されてしまうくらいの大音量になっていた。


 お楽しみはこれからだ。

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