第20話 そして伝説へ

 思いもしていなかった藍子さんたちの出現に、ざわめきが収まらない会場。


 いや、観客だけでなくステージ上に居る新曲の選抜メンバーや、私のスピーチが始まるとともにステージに散らばっていた他のメンバーたちも先輩方の登場を知る由もなかったため、呆然として遠巻きに見ている子がほとんどだ。


 そうはいっても、そこはみんな百戦錬磨のトップアイドルたち。音楽がかかれば自然と歌い、踊り、輝く。


 先輩たちが入ってからの初めの曲はアンコールらしくみんなバラバラとステージの上を回りながら歌うが、次の二曲は違う。できるだけ当時のフォーメーションを再現することにしているのだ。


 実はこの時のために、ここで披露する曲についてはメインステージを使い出来るだけオリジナルメンバーで披露するべく準備をしていて、先輩たちが入るところには当時は選抜に居なかった三期生を配置するものとしてリハーサルをこなしていた。三期生には申し訳ないが、曲の直前に本番では先輩がそこに入ることを伝えて、代わって外れたメンバーにはステージを回ってもらうことになっている。


 それでも、このステージが実現するというのなら、それに文句を言うメンバーなんて居るわけがない。むしろ間近でその様子を見られることを嬉しく思うくらいだろう。


 さっそく二曲目に向けて陣形を整える私たち。次の曲は、私が初めてセンターを務めた三年前の夏曲だ。フロントは藍子さん、結菜さん、葵さんに、本当は美咲さん。今日はその当時の絶対的エースのポジションに楓子が入ることになっていた。


 そんな楓子は眩しいくらいの笑顔でパフォーマンスを披露している。立派なものだ。美咲さんと比較することはできないが、これからの成長も考えると先々が楽しみで仕方がない。


 二曲目が終わると、藍子さんが卒業メンバーを代表して挨拶をする時間が用意されていた。


「みなさん、こんばんは。桐生藍子です。お久しぶりの方、初めましての方、そもそも誰って思っている方、色々だとは思いますが、一応、昨年の春までこのグループのキャプテンを務めていました。いきなりの飛び入りで驚かせてしまってすみません」


 会場から今日一番じゃないかと思われる声援が飛ぶ。すみませんだなんて、とんでもない。会場も、生中継の視聴者も、メンバーだって、この場面を目の当たりにしている事実に幸福を感じていることだろう。


「今日は麹町A9が心機一転、新しいセンターを迎えて、初めてコンサートでの新曲披露や選抜発表をするって聞いて、居ても立ってもいられなくてステージに立たせてもらうことになりました。三期生とか、今のメンバーのステージを楽しみにしていた方、ごめんなさい。久しぶりなのでダンスのキレとか不安ではあるのですが、頑張ってパフォーマンスするので温かい目で見守ってください」


 藍子さんが会場に向かって挨拶をしている。つい一年前までは当たり前だったその姿を再び見ることができるなんて、私は目頭が熱くなって仕方がない。メンバーはもちろん、ファンの皆さんだって同じはずだ。


「もう一曲、私たちにとって大事な曲をこのメンバーで披露させていただくので、よかったらお付き合いください」


 藍子さんが言い終わると、次の曲のイントロが流れ始めた。この曲は二年前の春曲で、私が大好きだった美咲さんの卒業シングルになった曲でもある。最後に美咲さんと二人でWセンターを務めさせてもらった思い出は、私にとって最も大事にしている一生の宝物だ。


 その時、私はステージ上の異変に気付いた。


 さっきまで私の横に居たはずの楓子が、他の子たちと一緒に広いステージのどこかに消えてしまっていたのだ。


 おいおい、段取りを間違えちゃってるのかな。大事なフィナーレなのに・・・。ここまで完璧に振る舞っていた楓子とは思えない凡ミスだ。どうしちゃったんだろう。


 そんななか再び会場の前方から順に、今度は悲鳴にも近い歓声が上がってきた。


 何だ、何が起こったんだ。

 

 私が一瞬、その様子に気を取られている間にもイントロは進行し、その終わりに近づきセンター二人が歌うAメロとよばれるパートに差し掛かる。そして楓子が消えたことや異様な歓声に戸惑いながらも、マイクを口元に近づけて歌い出そうとしたその刹那、私はそれどころではない信じられないような光景を目にすることになった。


 ステージ裏から突如現れたその人が、さも当然のように私と同じ歌割りを歌い出したのだ。それも恐ろしいほど慣れ親しんだ様子で・・・。


―美咲・・・さん・・・?


 えっ、まさか・・・。そんなことって・・・。


 私は自分が歌わなくてはならないパートにも関わらず、驚きと動揺で全く声が出ていなかった。それなのに会場にはしっかり歌が流れていて、それはCDでこの曲を聴いたことがある人にとっては馴染み深い、オリジナル音源の声そのものだった。


 本物の美咲さんだ。美咲さんが私の横で歌い、踊っている。


 嘘でしょ。何で、どうしてこうなってるんだっけ。わけがわからない。大人の事情は、自動車のCMは、颯爽と海辺をドライブするあのシーンはどうなっちゃったんだ。


 私がパニックになっているなか、その人は歌いながらそんな私に目で伝えてくる。今は曲に集中しろと。私は振りに合わせて自然な形で小さく頷き、とりあえずその指示に従うことにした。


 この感じ、懐かしいな・・・。


 私にアイドルを、センターを、自分を演じるということを教えてくれたのは、他の誰でもない美咲さんだ。この人に出会って私は自分の仕事を全うすることを知り、この世界で生きていく決心をすることができたのだ。


 美咲さんなくして、今のアイドルとしての私は存在していない。


 そんな美咲さんと二人で一緒に、たった一度だけ務めさせてもらったWセンター。その曲をまたステージの上で披露できる日が来るなんて・・・。


 奇跡だ。これを奇跡と言わないで何をそうよぶのだろう。


 気付いたら私は涙を流していた。喜び、感動、そして久しぶりに目の前で見るそのパフォーマンスの迫力。その全てが私のなかで涙となって溢れ出ていた。


 曲が終わると、最後に用意された出演メンバー全員が集まって歌う曲の前に、美咲さんが挨拶に立つ。


「こんばんは!由良美咲です。えーっと、私はさっき挨拶していた藍子よりもさらに一年くらい前に卒業しているので、本当に知らない人もいるかもしれないけど、二年近く前まではこのグループで頑張っていた一人です!今日はこの場に出させていただいて、本当にありがとうございます。嬉しいです!」


 美咲さんを知らない人なんて、仮にウチのグループを知らない人であっても、普通にテレビを見たりする機会のある人なら居るわけがない。この方は今ではこの国を代表する女優でありモデルなのだから。


「実は、私の隣でボロボロ泣いているこの子とか、他にも泣いてくれているメンバーたちには今日のことは内緒だったんです。それもあって、みんなを一段と驚かせてしまったかもしれないけど、せっかくのこんな素敵な場に参加できないなんて絶対に嫌だったので、少し無理をして来てしまいました!皆さん、楽しんでもらえましたか?」


 もう会場は歓声なのか何なのかわからない声で溢れていて、誰が何を言っているのか全くわからない。喜んでいる人も驚いている人も、泣いている人も笑っている人も居て、今、この会場には人間が想像もしていないポジティブな出来事に遭遇した時に感じる全ての感情が渦巻いていることだろう。


「もう次の、最後の曲に移らなくてはいけないらしいのですが、一つだけ言わせてください」


 美咲さんが会場が静まるのを待ってから喋り出す。


「今も頑張っている後輩たちには、あっ、私の同期もまだ居るんですけど、そんな現役のメンバーたちにはまだまだ至らないところがあって、時には皆さんの期待にそぐわないこともあるかもしれません。失敗することだってあると思います。このグループには、まだまだ未熟な、足りないところが一杯あるのは事実です。それでも皆さんに一つだけお約束できることがあります」


 一つ呼吸を置いて、一際大きい、力強い声で美咲さんが吼える。


「私たちのグループは、いつも真面目で、一生懸命で、ファンの皆さんを大事にする。それは絶対に変わることのない、私たちのなかに灯り続ける道標です。それを変えることは永遠にありません。それだけはお約束できます!今までも、そしてこれからも!」


 もうこれ以上はないくらい盛り上がっていたと思っていた会場が、隠されていたもう一段上のギアに切り替わったように、更に熱量を増したのが誰の目にもわかった。歓声が地鳴りのようだ。


 このコンサートは後世に語り継がれる、アイドル史上に燦然さんぜんと輝き続ける伝説のコンサートになるだろう。


 その中心に居たのは、最後の十分にだけしか出演していない誰もが認める最高のアイドルだった。テンションが上がってしまい、気付けば卒業したはずのグループを一人称で語ってしまうあたりも本当に最高だ。


 そしてコンサートはその余韻に浸るファンと、明日の朝まで冷めないのではないかというくらいの熱気を残して終演を迎える。


 ここは屋内だが、今の季節らしいかぜがこの熱を日本中に運ぶであろうことは、私のなかでは既に確信に変わっていた。

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