華を散らすは風に非ず
くま蔵
第1話 熱狂の渦のなか
「凄い人の数だな、いったい何人いるんだ?」
「七万人、それでも即日ソールドアウトだったらしいっすよ」
「まさに今がピークってやつか。おい、スタジアムの外観の写真も角度を変えていくつか写しておけよ。後で必要になるだろうからな。それと人気の
演者のグループ名は「
数年前から今が人気の山の頂だと言われ続けているものの一向に廃れることはなく、あまりにも安定した人気を誇るその様子から、最近ではこの状態がずっと続くのではないかとも囁かれてきている。盛者必衰の理はどこへ行ってしまったのか。
コンサートの終盤、最後の曲の前に挨拶に立ったこのグループのキャプテンの名前は
「みなさん、今日は本当にありがとうございました。こんなに広い会場でコンサートが出来るのは、決して私たちの実力だけではありません。みなさんのおかげです。これからもよろしくお願いします!」
真面目を絵に描いたような見方によってはつまらない挨拶ではあったが、そんなところもファンから愛されているのが和泉だ。
でも、これで終わりではファンも退屈だろう。せっかく来てくれたのだから楽しんでいってもらわないと。
「はーい、キャプテン。すみませーん!」
高い声とともに手を高く挙げたメンバーがステージの後ろに
「なっ、なに、奏ちゃん。何かあったっけ」
台本にない展開には弱い和泉が、半分迷惑そうな顔でこっちを見ながら私に発言する時間を与えてくれた。
「真面目な挨拶もいいんだけど、やっぱり最後はファンの人も盛り上がって終わりたいだろうから・・・」
会場が再び期待の込められた歓声に埋め尽くされる。
「みなさーん、最後の曲振りはキャプテンに超可愛く言ってもらうってのはどうですかー?」
内容は何でもいいのだ。要は一つでも多く、ライブならではの臨場感をファンの方々に味わってもらえれば。
「えー、それ本気で言ってるの!?」
そう言いながらもコンサートの終了時刻を気にしているであろう和泉は、やる、やらないを言い合う時間がないことを認識しているからか、渋々とではあるがすぐに私の無茶振りに応じてみせた。
しかもアニメの声優さんみたいな可愛い声で。この辺はさすがキャプテンだ。
そしてこの日も大盛況のうちにコンサートは幕を閉じる。
楽屋に戻る途中の廊下で、少し気を抜いて歩いていた私は後ろから和泉に捕まえられた。
「ちょっと、かなちゃん!最後の何よ、びっくりするじゃない」
「いやぁ、ラスト明るい曲なのに、和泉の挨拶でしっとりしてきちゃったから盛り上げようかなって思って」
和泉は笑いながら怒ってるし、アレで良かったのだろう。
「ホント、ステージでの奏の振りって雑だよね。私にこないかビクビクしちゃったよ」
そう言って話に入ってきたのは私たちのグループのエース格のメンバーで、二期生の私から見れば先輩にあたる一期生の結菜さんだ。
「結菜さんが相手だったら、もう少し丁寧に振ってましたけどね」
「ホントかなぁ」
結菜さんが疑いの目で私を見てくる。
歌もダンスも上手でファッション誌のモデルも務める結菜さんは、一般の方々でもフルネームを知る人が多い、人気も実力も兼ね備えたウチの主力メンバーだ。
グループアイドルの宿命である、グループ内に強固に築かれたメンバー間のヒエラルキー。その頂点とされる選抜の「センター」のポジションを何回も経験していて、その後もシングルCDの表題曲を歌う選抜メンバーのなかでも特に目立つ、最前列に居続けている結菜さんをエースの一人と位置付けることに議論の余地はないだろう。
そして、私も。
私は二期生だが、二年前に初めてセンターを経験してから五作続けてセンターを務め、今はセンターではないが、それでもフロントには居させてもらっているのだ。
私の前にもやはりセンターを五作続けて務め「絶対的エース」とよばれていた先輩がいたのだが、彼女は一年以上前に惜しまれながら卒業してしまっている。
その後、一年も経たないうちに当時のキャプテンとその盟友だった中心メンバーの先輩も同じタイミングで後を追うように卒業してしまい、最近、私たちのグループはマスコミなどから世代交代の過渡期だと指摘されることが少なくない。
相次ぐ主力メンバーの卒業にも関わらず人気は維持しているものの、それは過去の遺産によるところが大きいのではないかと言われていて、悔しいことではあるが私たちメンバーもそれは自覚していた。
「まぁ、ウチも今が勝負時だし、ファンの人に楽しんでもらえるならそれが一番だとは思うよ。でも私に振る時はお手柔らかにお願いね」
結菜さんが「勝負時」なんて言葉を使うくらいだ。やはり相当以上にそのことを気にしているのだろう。
ファンの人たちも、自分の応援しているメンバーが居なくなったからといってすぐに興味を失うわけではないのだろうが、そうはいっても一生懸命に応援してきたメンバーの卒業が大きい出来事なのは間違いない。その熱が冷めてきているファンもそれなりにいるように思われた。
悲しいことに、女性アイドルグループの世代交代が困難であることは歴史が証明している。私たちのグループも今、その大きな流れに飲み込まれてしまいそうになっているところで、それに抗って必死に泳いでいるといった状況なのだろう。
ただ、希望が無いわけではない。
「奏さん、最後の面白かったです!」
そう元気に声を掛けてきたのは三期生の
私たちのグループは一期生によって活動が始められてから、これまでに二回しか追加メンバーの募集を行っていないため、所属しているのは一期から三期の三世代だけとなっている。結菜さんたち一期生がお姉さん、私や和泉の二期生が真ん中、三期生は末っ子といった感じだ。
そうはいっても、まだグループが発展途上であった時期に入ってきた私たち二期生とは違い、ファンの数もCDのセールスも文字通りトップのアイドルになってから募集された三期生はその応募倍率も高く、逸材揃いというのが専らの評価だ。
たしかにキャリアの差を感じさせないどころか、事と次第によっては一期生の先輩をも脅かすんじゃないか。そう思わせるほどのオーラを放っている子が多いのは私も感じている。
それでもエースの結菜さんや、かつて所属していた一期生の超人気メンバーだった先輩たち、私が憧れ続けた背中たちと比べるのはまだまだ早い。何も無いところからグループをここまでにした先輩たちは、本当に偉大な存在なのだから。
それはさて置いて、最上たちが凄いのも揺るぎない事実だ。そこのところは認めざるを得ない。
「ごめんね、最上。よく考えたら最後はセンターのあんたに任せれば良かったね」
そう、この子は三期生ながら結菜さんと私を左右に従えて、今まさに、現役のセンターとしてグループの中心に居るのだ。
まだ粗削りだけどポテンシャルは高く、先々は絶対的エースになるかもしれないとまで言われている。その双肩にかかる運営やファンからの期待はとてつもなく大きいだろう。
「そんな、私では和泉さんをあんな風にイジれませんから。でも今度そういう機会があったら頑張ってみますね!」
謙遜しながらも自信を覗かせる辺り、やっぱり私とは違う。少なくとも素の時の私とは。
こんなに頼もしい後輩たちがいれば、私たちのグループはまだまだファンを増やせる。大きくなれる。この時は本気でそう思っていた。
そんな私の淡い期待は脆くも打ち砕かれることとなるのだが、それはもう少し先の話なので、今しばらくはこの心地良いコンサートの余韻に浸らせてもらうことにしよう。
今くらい、大目に見てもらえると有難い。まだ先は長いのだから・・・。
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