第11話 凪


 最上と瀬名が自ら騒動の真相を語ったインタビュー記事は、その週に発売された様々な週刊誌の誌面のなかでも、ある界隈を中心にそれなり以上に注目を集めていた。


 冒頭には騒がせていることに対する謝罪があり、その後はある日のテレビ番組の収録後から始まる一連の出来事の一部始終が書かれていた。そのなかで男性アイドルと連絡先を交換してしまったことや、挨拶だけとはいえやり取りをしていたことについては、それにしっかり触れるとともにファンに対して重ねてお詫びをしている。


 一方でインタビュアーを務める記者があえて質問していた、連絡先を交換して以降のその相手との交流や夜遊び、そもそもウチのグループへの加入もそういう人脈作りが目的だったのではないかという点については、明確に、それも力強い表現で二人は否定していた。


 全て私の知っている話と同じだった。


 あとは、この記事を読んだ人がどう感じるか。


 期待と不安が入り交じったような気持ちで私が数日を過ごしていたところ、少しずつではあるが私のところにもその反応が入ってくるようになってきた。


 記事を読んだ一般の人々の間では、二十歳そこそこの若い女性アイドルが望んでもいないような週刊誌の取材に自分の方から率先して答え、その内容がたかだか連絡先を交換しただけであったことに同情するような意見が出てきているらしい。


 おそらく一般の人には何が問題だったのかすら理解が難しいだろう。アイドルやそのファンの世界というのはそういうものだ。


 私たちのグループのファンのなかにも同じく同情するような人もいたようだが、やはり男性アイドルと連絡先を交換していたことが許せず、今後は応援をやめようという人も一定数はいるみたいだった。これはグループとしては痛手だが想定の範囲内ではある。


 ただ、二人がここまで事細かに話したことに対してはその心意気や勇気、運営の判断を称賛する声も上がっていて、真相がよくわからないから嫌になる、離れるという人は激減しているように見受けられた。


 同時に他のメンバーに対して疑念を抱く人も減っているようで、このあたりは狙っていた通りの展開。


 そして一番肝心なマスコミの反応は、怖いくらいの無風だった。事前の読み通り、これ以上このネタを追い掛けることの無意味さを実感したり、他社の記事を主たる情報源として誌面を作るのはプロとして情けないと思ってくれたのか。


 本当のところは私たちからはわからない。


 いずれにしても加古さんの思惑は当たり、これ以上の追撃を回避することはできたみたいだ。


 当の二人には辛い想いもさせてしまったが、その代わり二人を今すぐに不自然な形で表舞台から降ろす必要はなくなった。あとは握手会などでのファン対応をこなせるかだが、そこは二人を信じよう。


 二人とも運で上がってきたわけではなく、確かな実力を持ってるんだからきっと大丈夫。忙しくしている間に年も明けたし、心機一転、頑張っていけばいいんだから。


 私はすっかり一仕事終えたような気分になっていた。


 しかし加古さんも言っていたように、実際にはこれからの方が大事なのは言うまでもない。


 私たちのグループが一部のファンを失ってしまったのは事実で、新エースと期待していた子たちの勢いが削がれてしまったのも間違いない。


 まだ一期生の主力メンバーもそれなりに残ってはいるが、その筆頭である結菜さんの卒業もそう遠くはないだろうし、他にも近いうちに卒業するメンバーは少なからずいるだろう。


 急降下することは避けることができたけど、そうでなくても人気を維持していくのだって大変な状況なのに・・・。この状態から元の位置まで上がろうと思っても、なかなか難しいように思うのが正直なところだ。


 せっかく今まで先輩たちを中心に一つ一つ積み上げて築いてきた人気だったのに、失ってしまうのは一瞬で、取り戻すのは本当に至難。


 何か良い方法はないか。もちろん、地道にやっていくしかないのはわかってるんだけどさ。


 私はそんなことを考えながら何気なく手元にあった雑誌を捲っていると、そのなかの一つに妙な違和感を覚えた。


 あれ、このイベントってもう出演者が確定してたんだ。今年はウチのグループに声が掛からなかったのかな。


 それは前年まで何年か続けて私たちのグループが出演していた音楽イベントの記事で、最近はバタバタしていたのもあって気にしていなかったが、いつの間にか今年の出演アーティストが決まっていたらしい。


 私の見間違いや勘違いでなければ、そこにウチのグループの名前は無いし、私のスケジュールにもその予定は入っていない。


 なぜかはわからなかったが、どうやら私たちに代わる形で別のアイドルグループがキャスティングされていたみたいだった。


 まさかと思い他のイベントなんかについても確認してみる私。すると同様に前年との比較で、ある時期以降のものがいくつも無くなっている。


 なんだこれ。


 もちろん今の私たちには他にも仕事が掃いて捨てるほどあるため、すぐに暇になってしまうとかではない。それでも前の年まであった仕事が無くなるというのは、その理由がわからない限り気にせずにはいられないものだ。


 もしかしてウチの最近の状況を勘案して出演させる気がなくなったのかな。そうでなくても人気メンバーが卒業していってしまい、前までとは少し雰囲気も変わってきているのは事実だし・・・。


 その真相が気になりすぎて、私は我慢できず柏木さんに確認することにした。


「すみません、つまらないことなんですけど一つ訊いていいですか?」


 ちょうど柏木さんも私に言いたかったことがあるようで、いいところに居たといった感じだ。


「その前に、この間の件は色々とありがとな。斯波さんもこんなにわかりやすく効果があるとは思ってもいなかったみたいで驚いてたぞ。あの人のことだから素直に言ってくるとは思えないけど、奏のことを見直してると思う」


「あっ、いえ。私じゃなくて、あの加古さんっていう記者さんにお礼を言ってあげてください。今度、何か大きな初出しの情報を出す時にでも、是非お願いします」


 本当にそうだ。加古さん様々なんだから。


 それはそうと、今はその話じゃない。


「あの、それで確認したいことがあるんですけど、去年まで毎年出てた来月の音楽イベントって今年はウチは出ないんですか?他にもいくつかいつも出てたイベントでスケジュールに入っていないのがあったから、どうしたのかと思って」


 素朴な疑問のように装って尋ねてみる。本当のところは気になって気になって仕方がないのだけど。


「そのことか・・・」


 あれ、柏木さんの表情が気持ち曇ったように見える。


「実は例の騒ぎが今みたいに落ち着く前にオファーがあったイベントとかについては、ファンや記者との距離が近いものを中心に斯波さんの意向で今年はけっこう断ったんだよ。その時点でどういう状況になっているかわからないからって」


 えっ、ウチの方から断っちゃったんだ。


「こういうのって、一度途切れるとその次があるかなんてわからないから、俺はどんな状況や出演メンバーになっても絶対に出るべきだって言ったんだけどな」


 そうだよ。声を掛けてもらえることは有難いことなんだから、断るなんてとんでもない。それに他のグループに譲るなんて、もしそれが代わりに出たグループがブレイクするきっかけになっちゃったらどうするんだろう。さすがに考えすぎなのかな。


「まぁ、心配しなくてもこれからは今まで通り、いや、マイナスを取り返す意味でも今まで以上に忙しくしていくから大丈夫だ」


 もちろん、そうでなくては困る。


 私は柏木さんの前では納得した顔をしていたが、帰り道でこれからのことが急に不安になってきていた。


 薄々感じつつもまだ先のことと、どこか楽観視していた私たちのグループを取り巻く状況の変化が、俄かに現実味を帯びたものに思われてきたのだ。


 アイドルに限らず私たちのような人気商売の世界では、上がるのも下がるのもあっという間、昨日と今日で風景が全然違うということが日常的に起こる。


 家に帰った私は、慌てて自分たちが出演することのないそのイベントの記事を読み返してみた。


 女性アイドル枠の一つを埋めている昨年まで出ていなかったグループが、どんなアイドルで現在はどういう状況なのかが無性に気になったのだ。


 そのグループの名前は「青嵐せいらんGirlsがーるず」というようで、デビューしてから四、五年ほど経っているが去年の今頃まではあまり知られていなかったらしい。ところが昨年の夏にリリースした楽曲のパフォーマンスがインターネット上で話題になり、その次の曲もヒットして一気に世に知られるようになったみたいだ。今年ブレイクする女性アイドルの最有力候補とまで書かれているではないか。


 麹町に加入する前はアイドル好きな一人の女の子だった私が知らないくらいだから、昔から有名なグループではないと思ったけど、今ではけっこう話題になってるグループだったんだ。最近はあまり他のアイドルとか気にしていなかったな。昔の私なら絶対にチェックしていただろうに。


 青嵐Girlsか・・・。気にしておくことにしよう。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る