007『ブラック姫対応』

 俺は鼻にティッシュを詰め直しながら、姫先輩に先程疑問に思った事を聞いてみた。


「あの、どうして入部を断ってるんですか?」


「君はそんな事も分からないのかい?」


 なんだか、人をバカにしたような言い方であるが、可愛いので俺は逆らわずに「分かりません」と素直に答えた。


「私は人が嫌いだからだ」


 この人は悪の帝王で、人類絶滅を企んでいるのだろうか。ラスボスなのだろうか。

 まぁ、それは冗談で。


「姫先輩は学校側から、この部屋を自由に使っていいって言われてるのよ」


 と、ノ割が口を挟んできた。


「それは、さっき姫先輩から聞いたぞ」


「あぁ、ヘッドホンしてたから気が付かなかったわ」


 そう言ってノ割は、人差し指で両耳をトントン叩いてみせた。

 その後に、「姫先輩は学長の娘なの」と教えてくれた。

 なるほど、だからこうやってVIP待遇を受けているのか。


「この学校の運営費も姫先輩が負担しているそうよ」


 VIP待遇ではなく、VIPであった。むしろ、学校を好きに出来る側であった。

 そりゃ、超大物YouTuberだ。きっと信じれない程のお金を稼いでいるのだろう。

 それにしても、と姫先輩。


「そんな事も分からないなんて、君の脳内は大草原のように何もないな。これは草生えるを通り越して、大草原不可避だね」


「口悪いな、この先輩!」


「私の口が悪いのではない、わたしに悪態をつかせる世界が悪いのだ」


 やはり、悪の帝王なのだろうか。しかもちょっとカリスマな悪だ。服装もなんかそれっぽいし。

 というか今更になるが、なぜ黒い服を着ているのだろうか?

 喪服にしてはオシャレ過ぎるし、ファッションとしては色がない。


「あの、その服装は––––」


「色が無いと言いたいのか?」


 質問の途中で、そんな会話は面倒だとばかりに確信を突かれた。会話が飛んだ。質問を遮られ、先読みされた。


「ふむ、確かにこの服に色は無い。だが、大丈夫だ。私自身が––––色っぽい」


「この先輩、やたらと口が上手いな!」


 前言撤回、口が悪いのではなく、上手いのもあるが––––舌が良く回ると言った方が正しい。

 口から生まれたタイプだ。


「私の口が上手いのではない。私以外が口下手なのだ」


 先程と似たような言い回しである。"自分が"ではなく、"周りが"という言い方である。


「その理論だと、あなた以外はみんな貧乳になりますね」


「そう言っている」


 態度も胸もデカい。間違いではない。傲慢で豊満だ。

 花に例えるなら、デンドロビウムだ。花言葉は『わがままな美人』だ。

 まぁ、それ以外にもデカいという意味合いがあるのだけれど、ガンダム的な意味で。ニュータイプならぬ、乳タイプという意味で。

 それほどまでに姫先輩の胸は大きい。

 大きいものは目立つのだ。目を惹くのだ。

 だって、姫先輩が呼吸をするたびにその大きな胸は微かに揺れており、姫先輩のブラは仕事をするのを忘れてしまっているようだ。というか、付けてるのだろうか?

 俺はそれほどブラに対して詳しいわけではないので、その辺よく分からない。


「黒だ」


 何が黒なのだろうか?

 服装と髪色が黒なのは見れば分かるが。しかし、俺の心と言うか、下心は読みとられていた。


「今日の私の下着の色が気になるのだろう、黒だ」


「そんな事聞いてないですよ!」


 普通初対面の相手に下着の色を教えるか?

 高校生なら、それが普通なのか?

 いや、ノ割は教えてくれなかったぞ––––俺も教えた方がいいのかな。


「俺は赤です」


「………………」


 姫先輩は目をまん丸にして、ぽかんとした表情を浮かべていた。まるで驚いたのは生まれて初めてだと言わんばかりに。

 その後、数回瞬きをした後に今度は俺のことをジッと見つめ出した。

 眼球から脳内を覗き込むような視線だ。視線じゃなくて、X線だ!


「あの、どうしたんですか?」


「………………君、面白いな、お小遣いをあげようか?」


 姫先輩は俺から視線を外し、ポーチの中からお財布を取り出した。


「いや、いりませんよ!」


 お金持ちってのは金銭感覚がおかしいと聞いた事があるが、お小遣いをくれるとは知らなかった。


「冗談に決まってるだろう」


「……ですよねー」


 知ってた。期待はしていたけれど、知ってた。


「ちなみに私は財布も黒だ、それにキャッシュカードも黒い––––ほらブラックカード」


「高校生の持つものじゃない!」


「でも乳輪はピンクだから、安心して欲しい」


「ちょっと⁉︎」


 今度は分かる。初対面の相手に乳輪の色を教えるのは普通ではない。

 たが、驚く俺を他所に姫先輩はからかうように笑っていた。俺が鼻に詰めたままのティッシュを見ながら。


「鼻血は––––出てないようだね」


「誰かこの人を黙らせてよ……」


 どうやら今の発言は、俺が鼻血を再び出すかどうかの実験だったらしい。


「確かに私は親戚から、『姫ちゃんは喋らなければ可愛いのにねぇ』とよく言われていた」


「……そうですか」


 姫ちゃんねるの姫ちゃんの動画は、いつもマヨネーズを食パンにかけて食べるだけで、彼女は一言も喋らない。

 その理由は彼女自身が、喋ったらダメな人だからだろう。

 姫先輩は億劫そうに立ち上がると、冷蔵庫を開き、マヨネーズを取り出すと––––驚いたことに、それを飲み出した。それが、当たり前だと言わんばかりに。


「あ、姫先輩、またマヨネーズ飲んでるですか?」


 と、ノ割。その口ぶりからして、姫先輩は日常的にマヨネーズを飲む変人らしい。


「マヨネーズは健康に良いんだぞ、カロリーも多いしな、一日の栄養はこれ一本で取れる」


 きっとその栄養は全部胸に行っているのだろうなと思ったが、口にはしない。


「私の胸が気になるのか?」


「あっ、いや、違います!」


 見ているのがバレた。


「まぁ、エロサイトより、私の方がいいからな。見ないのは私に失礼ということか」


「………………」


 何か言い返しても、どうせ軽くあしらわれるのは目に見えていたため、俺は黙っておくことにした。ノ割も姫先輩もエロサイト、エロサイト言い過ぎだ。

 というか、先程お喋り大好き人間にされてしまった俺だけれども、姫先輩の方がお喋りな気もするぞ。


「姫先輩ってその、結構お喋りですよね」


「君は私と会話した時間ランキング、暫定一位だよ」


「あなた普段どれだけ、人と喋らないんですか!」


「嘘に決まってるだろう、ノ割が一位だ」


「どっちにしろ、ですよ!」


 人が嫌いっていうのは、人付き合いが嫌いって意味での嫌いだったらしい。

 まぁ、分からなくもない。そういう人もいるとは知っているし、有名人ならそういうのもあるのかなと、勝手に想像しておこう。


 そう、彼女は有名人なのである。有名人なのだ。今更になって気が付いた––––というか認識したのだが、彼女は有名人なのだ。三回も同じことを復唱して認識しなければならない程、俺はその事を見過ごしていたらしい。

 そう思った途端、俺はある事を思った。

 出来る事なら、いや、多分有名人に会った人なら誰もがこう思うはずなのだが、今まで彼女の圧倒的なキャラクターというか––––存在に文字通り圧倒され、その事を忘れていたのだが––––一緒に写真を撮って欲しいと思った。妹に自慢出来る。


「あの、姫先輩」


「構わない、スマホを渡したまえ」


 相変わらずこちらの心境を察してというか、会話を先読みして飛ばしてくる人だ。だが、オーケーという事だろう。

 俺は言われた通りに、姫先輩にスマホを差し出した。姫先輩はそれを受け取ると、俺のスマホを勝手に操作して、それからスマホを少し高めに掲げて、シャッター音を鳴らした。つまり、自撮りをした。


「ちょっと、何やってるんですか」


「違ったのか?」


「いや、一緒に撮って欲しかったんですけど」


「なんだ、そうならそうと先に言え」


 先に言えというか、先に色々やったのは姫先輩の方だ。先読みをすると言っても、その精度にはブレがあるらしい。具体的には「一緒に」の部分だ。


「あたしにはそんな事頼まなかったのに、姫先輩には頼むのね」


 ノ割が口を挟んできた。


「別にいいだろ」


「まぁ、あたしも頼んだんだけどね」


「同類じゃねーか」


 ノ割と話していると、再びシャッター音が鳴った––––もちろん姫先輩である。


「何撮ってるんですか……」


「可愛い後輩を撮っただけさ」


 可愛い後輩と言ってもらえたのに気分を良くした俺ではあったのだけれど、その写真にはノ割しか写っていなかった。ちょっとショックである。俺は可愛くない後輩ということか。

 しかし、気分はすぐに晴れる事になる。

 俺の待ち受け画面に、大天使ヒメエルが降臨していた––––犯人はもちろん言わずもがな姫先輩である。

 まったく、いたずら好きな人である。でも、嬉しいから特に文句も言わずに俺はスマホをポケットにしまった。

 それにしても、自分の画像を他人とはいえ待ち受け画面に設定してしまうとは、なんとも自信満々な人である。いや、どちらかと言うとお茶目な人である––––お茶目な女子高生である。

 女子高生というには余りにも、その、女子高生らしくない人のなのだが、(見た目も中身もバストサイズも)それでも、その行動にはなんだか、女子高生らしさを感じた。

 他人のスマホで自撮りをして、それを待ち受け画面に設定するという奇行ではあるのだけれど。

 まぁでも、彼女なりのファンサービスと捉えるなら神対応とも言える。神対応ならぬ姫対応だ。


「君、さては私のファンだな」


「え、まぁ、はい」


 姫先輩に唐突にそう言われ、萎縮した返事を返してしまったが、むしろファンじゃない人の方が少ないと思う。


「しかも私を待ち受けにしているとはな」


「したのあなたじゃないですか!」


「さて、なんのことやら」


 姫先輩は楽しそうに、ワザとらしくとぼけてみせた。

 抗議を続けようとしたが、その直後にチャイムが鳴った。

 時計を見ると、すでに下校時間は過ぎており、その証拠にノ割はパソコンの電源を落として、帰り支度を始めた。

 俺も帰り支度をしようと、カバンに手をかけると姫先輩に声をかけられた。


「せっかくだ、駅まで送っていこう」


「いや、一緒に帰るの間違いじゃないんですか?」


 俺の質問に姫先輩ではなく、ノ割が答えた。


「姫先輩は車なのよ」


 なるほど、送り向かい付きってことか。リムジンとかだろうか? もしそうだとするのならば、ちょっとワクワクする。乗るのは初めてだ。

 しかし、その予想は外れていた。

 リムジンという考えも、送り迎え付きという考えも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る