014 『言いなりダンス』
「なぁ、ノ割」
「あによ」
何よではなく、あによである。まぁ、そこには触れずに。
「何で代わりに喋るんだ?」
「あんたみたいな、スケベの毒牙から守るためよ」
「俺はスケベじゃない!」
「どうせエロサイトばっかりブクマしてるんでしょ、このスケベ」
「してねーよ!」
「じゃあ、なぁに? このデジタルの時代にあえての紙媒体を使ってるってわけ? 意外と硬派なのね」
「エロ本買うのに硬派なんてないだろ!」
「ただで見れるエロサイトじゃなくて、エロ本を買ってアダルト業界にお金を落とそうなんて、案外真面目なのね」
エロ本を買って真面目––––なんか、おかしい。おかしいけど触れない方が良さそうだ。
ノ割に俺はスケベじゃないと抗議するのを他所に、そのノ割は金髪の少女に話しかけていた。
「大丈夫よ、あのお兄さんは怖くないわ。姫先輩に『マヨネーズ買ってこい』って言われたら、尻尾を振って買いに行っちゃうような人だから」
「おい」
「はい、怯えさせない」
ノ割は俺に、まるで猫を抱っこするのが下手ねとでも言いたげな視線を向ける。
その後に、金髪の少女の耳元に顔を近づけて囁いた。
「しかも、姫先輩に胸を押し付けられて、鼻血を吹いちゃうような純情ボーイなのよ」
「……ふふふっ、変なのっ」
笑って、喋って、動いた。それだけなのに、ちょっとした驚きである。
それほどまでに先程から目の前の少女は、一昨のリアクションを見せなかったのだ。
少女の目元は相変わらずよく見えないが、口元はニッコリと笑っている。
「きっと姫先輩が『おっぱいを触らせてあげる』って言ったら、何でも言うこと聞いちゃうわよ」
「おっぱいが好きなのっ?」
金髪の少女の目元は髪で隠れて見えないが、目線はこっちに向いているようであった。
「ほら、答えなさい」
ノ割に急かされた。せっかちな奴め。
「違うぞ、その人は嘘を言っている」
金髪の少女はノ割の方に振り向く。
「そうなの?」
「違うわ、そこのムッツリスケベが、ムッツリなのを隠そうとしているのよ」
金髪の少女は今度は、俺の方に向き直る。
「そうなの? えっと––––春日くんっ?」
「違います」
きっぱりと否定した。認めるわけにはいかない。俺はムッツリスケベではないからな。
「えっ、さっき春日千草って名乗ったじゃないですかっ」
「そっちは違くありません、春日千草です、よろしくお願いします」
会話が噛み合わない。やっぱり姫先輩ってすごいんだなぁ、と再び感心してしまった。
まぁ、それは置いておいて。ノ割が金髪の少女の肩に手を置いた。
「ほら、あなたも自己紹介をして」
「あの、えっと、わたしはその––––」
途切れ途切れの言葉を俺は黙って聞き入る。
「たっ、たけしゃと、しぇんかですっ」
「タケシャート・シェンカ?」
「
ノ割が代わりに自己紹介までした。タケシャート・シェンカではなく、武里千加。カミカミだ。
「うちの美容室に予約の電話をしてきた時も、こんな感じだったわ。だから未だにカードの名前が、『タケシャート・シェンカ』になってるわ」
「初めて電話するのって、その、緊張しちゃいます」
それは分からなくもない。美容室、しかも初めての所の予約をするのは誰だって少しくらいは緊張すると思う。
「通りで名前を呼んでも、反応が悪いと思ったわ」
と、ノ割は嘆息する。
「それに、名前が違いますとも言わないから、しばらくの間、あたしは『シェンカちゃん』って呼んじゃって、今も呼んじゃってるし」
シェンカちゃん、可愛いらしい名前である。
「ほら、いつまでも前髪で顔を隠してないで、顔を出しなさい」
ノ割はそう言って、ポケットからピンを取り出すと、慣れた手付きで武里千加を名乗る少女の前髪を止めた。
顔が見えた。
目が見えた。
瞳が見えた。
俺は彼女の事を目立つ外見と評したが、それは日本においての話だ。
日本では金髪は目立つ。
だが、彼女の外見は海外でも目立つ事だろう。金髪の人口が比較的多い海外でも。
目だ。目が目立つ。特徴的な色をしている。
彼女は俺と目が合うと、目線を逸らしてしまったためよくは見えなかったのだが、最初は青色に見えた。
しかしよく見ると、青色の中に、黄色と、オレンジ色が混ざったような色をしている。
青いキャンパスにオレンジ色の絵の具を垂らしたような、そんな感じの目だ。
「アースアイって言うのよ、空と大地の色みたいで綺麗でしょ」
ノ割が教えてくれた。
空と大地の瞳、アースアイ。初めて聞く単語だが、なるほど分かりやすいかもしれない。
その幻想的な瞳の色と、輝くような金髪が合わさり、なんだか天使のように見える。
間違って地上に降りて来たか、それとも観光でもしにきたんじゃないかと勘違いをしてしまう程に。
それ程までに、現実離れしている。背中に羽が生えているかもしれない。間違いなく『天使』で画像検索をしたら、彼女の画像が表示される事だろう。
「そろそろ切った方がいいんだけど、中々切らせてくれないのよねー」
ノ割が天使の様な髪を撫でながら呟いた。
「だって、みんな、わたしの目を見るもん」
「そりゃ、見るでしょ、綺麗だし」
なるほど、彼女の前髪が長いのはその目立つ瞳を隠すためだったのか。
「しかも、この子、黒髪に染めようとしてたのよ」
「勿体ない!」
俺がそう言うと、ノ割は彼女の頭をポンポンと叩いた。
「ほら、勿体ないって言ってるわよ」
「うっ、だって、みんな見るから……」
「そりゃ、見るでしょ、綺麗だし」
さっきと同じセリフである。
「この子はねぇ、うちに黒染めしに来たのよ」
「なのに、のっちゃんがダメって……」
のっちゃん、ノ割はのっちゃんって呼ばれているのか。
そういえば、ノ割に自己紹介をされた時にも、そんなワードを聞いた覚えがある。
なんで聞いた覚えがあるかは、忘れてしまったけれど。
数日前の事が思い出せないなんてよくある事だ。その日の晩御飯を思い出せないように。
「確かに髪色は本人の自由だとは思うけれど……」
とノ割は前置きをした上で言う。
「こんな天使みたいな髪をいじるなんて、神への冒涜よ」
どっちの神なんだろう。脳内保管では一応『神』の方にしておいたが、『髪』の可能性も十分にあり得る。
まぁ、そんなことをいちいち言及する俺ではないのだが。
「なぁ、『カミ』ってどっちなんだ?」
してしまった。
「あたしは美容室の娘よ、こっちに決まってるじゃない」
と、ノ割は自身の髪を触ってみせた。
「うちはこの辺じゃ、一番いい美容室って評判なのよ」
「へぇ、知らなかった」
そうは言ったものの、どうすごいのかはよく分からない。
俺は別に髪に拘りがあるわけでも、美容室に拘りがあるわけでもないからな。
「姫先輩もうちよ」
「なるほど、すごい」
分かりやすかった。とっても分かりやすかった。
あの綺麗な黒髪が、ノ割美容室(仮称)でお手入れされているという事実は分かりやすい。
「わたしもそれを聞いて、行ったんですっ」
「そうそう、それで仲良くなって、彼女が編集とか出来るって知って、やってもらう事になったのよ」
「長い付き合いなのか?」
俺の問いに、ノ割は首を傾げてから答える。
「編集をやってもらうようになったのは、割と最近ね」
「へぇ」
バーチャルYouTuberってのは、良くは知らないのだが、色々と大変らしいしな。
その大変な事が出来ると言うのだから、多分シェンカちゃんの編集技術はすごいと言う事なのだろう。
「このスケベがね––––」
ノ割は俺を指差した。
「編集の真髄を教えて欲しいんだって」
スケベの部分を否定すると話がややこしくなりそうなので、黙っておく事した。
しかしシェンカちゃんは「でも……」と心配そうな目で、ノ割を見つめる。
「あたし以外の人と話す練習よ」
シェンカちゃんは浮かない表情を浮かべる。嫌そうと言うよりは、心配な表情だ。
シェンカちゃんのおどおどした様子を見るに、姫先輩とは違う理由で人が嫌いらしい。いや、苦手と言った方がいいか。
––––分からなくもない。
武里千加、金髪の少女、天使の様な外見を持つ少女。
彼女が髪色を染めたい理由、目を隠したい理由。その二つの理由はおそらく同じだろう。
目立つから。
際立って、目立つから。
もしかしたら、ノ割や、姫先輩よりも目立つかも知れない。
遠目で見ても、一番最初に見つけるのは彼女だろう。
鬼ごっこをしたら一番最初に狙われてしまうだろう。
目立つというのは、普通に聞けばポジティブなワードなのだろうけど、彼女にとっては、武里千加にとっては、ネガティブなワードなのだろう。
金髪よりも黒髪の方が目立たないし、綺麗なキラキラとした瞳は、見えない方が目立たない。
そっちの方がいい。普通の方がいい。そういう事なのだろう。
「大丈夫よ、ハルは怖くないわ。心配ならリードを付けるわ」
「俺は犬じゃないぞ」
「チャンネル登録解除するわよ」
………………。
それを出されると弱い。すごく弱い。首を差し出すしかない。
「言うことを聞こう」
その返事を聞くとノ割は、手を差し出した。
おもむろに手のひらを上に向けて、手を差し出した。
「お手」
「くそっ!」
ノ割の手のひらに、俺はパチンと音を立てて、自身の手を置いた。YouTuberDVだ!
図だけ見れば「Shall we dance?」だが、踊るのは俺だけだ––––ノ割の手の上で。
「ほらね、怖くないでしょ」
「うんっ」
ノ割の問いかけにシェンカちゃんは満面の笑みで頷いた。効果はあったようだが、失ったものはデカい。
「シェンカちゃんもやってみれば?」
「えっ、いいの?」
この場合、普通は俺に確認を取るのだろうけど、シェンカちゃんはノ割に確認を求めた。
「もちろん、いいわよねー?」
俺はノ割を睨みつけてから、頷いた。ちくしょう!
「えっと、じゃあ、バン!」
シェンカちゃんは、手を銃の形にして言った。
バンと。
バンと、言った。
俺は仕方なく、自身の胸を押さえた。
「…………やられたぜー、汚い手使いやがってー」
「あっ、ウッディ!」
喜んではくれたようだ。その証拠に、目の前の少女は天使のような微笑みを俺に向けてくれた。
反対にノ割は大爆笑していた。くそ、覚えてろ。
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