015『編集ツッコミ』

 何はともあれ、俺はシェンカちゃんに編集を教えてもらえる事になった。

 シェンカちゃんの横に座り、俺はパソコンの画面を覗き込む––––何がなんだか分からない。

 どのくらい分からないかと言うと、数学の公式くらい分からない(俺は数学が苦手だ)。


 ふと、ある事が気になった。彼女のブレザーのリボンの色がノ割と違う。

 確か学年が違うと、色が違うみたいな話を聞いた事がある。

 その視線にノ割が気が付いたようで、


「シェンカちゃんは二年生なのよ」


 と教えてくれた。

 年上だった。

 先輩だった。

 シェンカ先輩だった。


 姫先輩はいかにもな先輩だったが、シェンカちゃんは外見が幼く、サイズも小さいので頭の中から『先輩』という可能性を消し去ってしまっていた。

 一瞬彼女の事を『武里先輩』だとか、『シェンカ先輩』だとか、『先輩』という単語を付けて呼ぶ事を考えたが、俺は躊躇なく、彼女の事をこう呼んだ。


「あの、シェンカちゃん」


「はっ、はいっ」


 呼ばれた彼女は、跳ねるように返事をした。

 おまけに、ちょっと驚いてもいるようだった。漫画的な表現をするのなら、頭の上に汗が飛んでいそうだ。


「俺も、シェンカちゃんって呼んでいいですか?」


「だっ、大丈夫ですっ」


 大丈夫だそうだ。

 大丈夫ではなさそうな返事だが、多分大丈夫だ。

 その証拠に、ヤバそうなら後ろから俺の背中にレーザービームを照射しているノ割が止めに入ってくることだろう。

 今日のノ割は過保護モードである。ノ割はどうやら、シェンカちゃんに対してはやたらと甘いというか、面倒見がいい所があるようだ(年上なのに)。

 そのためノ割曰く、ムッツリスケベな俺が何かをしようものなら間に割り込むという構えらしい。

 視線じゃなくて、死線な気がする。そこまででもないか。


 とまぁ、とりあえず本来の目的通り彼女に編集の何たるかを聞く事にしよう。

 ちなみに、俺の現在の編集レベルだが、"全くわからない"だ。

 クメール語くらい分からない。

 カットとか、字幕とかを付けた方がいいと聞いた事はあるのだが、やり方も分からないし、どこをカットすればいいのかも分からない。

 なので、とりあえずは後ろから見て勉強しようと思ったのだが、肝心のシェンカちゃんの編集の手が進まない。


「あの、どうしたんですか?」


「後ろから見られていると、その––––」


「やりにくい、とか?」


 言葉に詰まった彼女の言葉を、代わりに代弁してあげた。

 どうやら当たりだったようで、シェンカちゃんは無言で頷いた。


「じゃ、じゃあその、コツとか聞いてもいいかな?」


「コツ……ですか?」


「うん、そうコツ」


 会話のテンポがなんか、遅い。姫先輩は速いすぎというか、飛ばし過ぎなのだが、シェンカちゃんの場合は、ワンテンポ遅い。いちいち確認が入る感じだ。


「コツはそうですね……」


 俺は間を持たせるための相槌を「うんうん」

 と打った。


「ツッコミですねっ」


「なんでやねん!」


 ツッコミですねという斬新なボケを食らった。ツッコミと言っておきながら、ボケである。

 矛盾ボケである。


「あ、いえ、本当にツッコミは大事なんですよっ」


 俺は意図が分からなくて、ノ割の方に助けを求めてみたが、目で「頑張れ」と言われた。助けてはくれないらしい。


「えっと、ツッコミが、その、編集においてどう大事なんですか?」


「動画って基本ボケなんですよっ、ほらっ、大体ふざけた事をやっているじゃないですかっ」


 そう言われればそうである。脱毛剤被ったりとかね。ツッコミ所満載だ。


「そのボケをですね、編集で拾ってあげたり、補足してあげたりして、面白くするんですよっ」


「なるほど、ツッコミ所満載なのを、ちゃんとツッコミを入れて、漫才にするって事ですね」


 俺がそう言うと、シェンカちゃんは下を向いて肩を震わせた。


「…………ふふふっ、満載なのを、漫才に……」


 受けていた。ボケたつもりはあんまりなかったのだが(仮にそれをギャグとして捉えたとしても面白くもなんともないし、逆に寒いギャグに成り得そうなものだが)、そんなものに対してシェンカちゃんは笑っていた。

 笑いの沸点が、低いようだ。


「例えば、春日くんの動画で、『お母さんの作ったカレーを食べてみた』ってあったじゃないですか」


「見てくれたんですか?」


「のっちゃんが面白いって言うから、見ましたっ」


 ノ割、なんていいやつ!

 俺は満面の笑みを浮かべ振り向いた。


「ツッコミ所満載って意味で面白かったわ」


「ありがとう!」


「面白いって言葉に反応して、嫌味だと理解してない⁉︎」


 そうか、ノ割、お前実はいいやつだったんだな。

 なんか、悪口を言われた気もしたが、忘れてやろう。

 望むなら、お手くらいいつでもしてやろう。

 シェンカちゃんは俺の投稿した動画をパソコンの画面上に表示して、再生ボタンを押した。


『ブンブンハロー、どうも、ハルキンです』


 そう、この日はなんとなくこんな挨拶をしたんだよな。

 シェンカちゃんはまずここで、動画を止め、画面を指差した。


「ボイパ結構お上手ですねっ」


「動画見て練習しました」


 出来ないけどポイパしてみたをする前にちょっとだけ、練習をした覚えがある。

 練習用に選んだ動画の教え方が良かったせいか、実はちょっとだけ出来るようになったのだ。

 ちょっとだけだけどね。


「ハルの動画は、妙に変な所で『おっ』て思う所があるのよねー」


 と、ノ割が後ろから口出ししてきた。


「どういう意味だ?」


「その動画で言うと、ボイパがちょっと上手かったのと、カレーが美味しそうだったになるわね」


「ポイパはともかく、カレーは普通だろ?」


「普通じゃないわ、ヨダレが垂れるかと思ったわ」


 確かに母さんの作ったカレーは美味しいとは思うが、カレーなんて大体美味しいものだと思う。


「ぜひ、コツを聞いてみたいものよ」


「帰ったら聞いてみるよ」


「それから、ハルはキティーちゃんのスプーンでカレーを食べるのね」


「なっ……!」


 ノ割は少しバカにしたように「かわい〜っ」とからかってきた。


「ち、違う、あれは妹ので」


「そういう事を字幕に入れるのよ」


 ノ割は「ね?」と、シェンカちゃんに同意を求めた。


「そうですねっ、確かにそういう些細な情報は、入れた方がいいですよっ」


 なるほど、確かにそうだ。本当は妹のスプーンではなく、俺のスプーンなのだが(子供の頃のスプーンをずっと使っているため)、後からそういう誤魔化しが出来るのは、編集の強みと言えるだろう。

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