016 『天使ニンニン』

 その後、俺はほんの少しだけシェンカちゃんに編集の基礎的なものを教わった(字幕の入れ方や、BGMの付け方とか、カットの仕方とかだ)。

 最近はスマホのアプリとかでも簡単なものなら、出来るらしい。

 全てを使いこなせるようになったとは言わないが––––まぁ、物は試しだ。

 帰ったらやってみようと思う。試してみようと思う。


 そんな感じで今日も下校時間のチャイムが鳴った。

 なんか、前回もそうだが下校時間まで残って部活動に励んでいるのは、青春してるって感じがする。

 部活動と言ってもユーチュー部だが。全くダサいネーミングセンスだ。

 もっと動画クリエイティ部とか、あるんじゃないだろうか––––これもダサいか。


「ほら、早くしなさい、バス出ちゃうわよ」


「分かってるよ」


 ノ割に急かされて、急いでバスに乗り込んだ。

 バス内には他の生徒は乗っておらず、半ば貸切状態となっており、俺達はバスの一番後ろの席に仲良く腰掛けた。

 ノ割を真ん中にして、両サイドに俺とシェンカちゃんである。座り順に特に理由は無い。離れて座る意味も無いしな。


 俺達が座ったのを合図に、バスが動きだした。一番後ろというのは案外揺れるものである。

 ………………。

 姫先輩が乗ったらどうなるのかな。

 揺れちゃうのかな。そりゃ揺れるよね、だって呼吸してるだけで揺れてるもん。


「ハル、真面目な顔してるけど、あたしには考えてる事が分かるわよ」


「なっ、なんの事だ?」


 とぼけてみせたが、追求されるとまずい。話を変えてしまおう。

 そうだ。気になっていた事があるじゃないか。


「そういえば、シェンカちゃんはいつ部室に入ってきたんだ? 気が付かなかったぞ」


「実は初日もいたわよ、あたしが部室で入部勧誘した日ね」


「嘘ぉ⁉︎」


「姫先輩と車で帰った時も、あたしの隣に座ってたわよ」


「嘘ぉ⁉︎」


「嘘に決まってるじゃない」


 姫先輩とノ割は嘘つきだ。ライアー姉妹だ。

 それはともかく。

 俺はノ割ではなく、シェンカちゃんの方に尋ねた。


「今日はいつ入って来たんですか?」


「のっちゃんと、春日くんが来る前にですっ」


「あれ、鍵は閉まってたような」


「閉めちゃいましたっ」


 戸締りは大事。まぁ、確かに高いパソコンとか置いてあったしな。防犯面を考えれば、それが正しいのかもしれない。

 俺がシェンカちゃんの存在に気が付かなかった理由。

 後から入って来たと決め付けた理由。

 それは至極単純な事で、ノ割が鍵を開けて部室に入ったからだ。

 鍵がかかっているので、中には誰も居ないという、先入観によるものだった。


「全然気が付かなかったよ」


「椅子隠れの術ですっ」


 シェンカちゃんは手を合わせて、ニンニンとやってみせた。木の葉隠れの里の出身なのだろうか。


「他にもミスディレクションも使えますよっ」


「いやいや、流石にそれは……」


 俺がそう言いかけると、シェンカちゃんはノ割の肩を叩いた。


「のっちゃん、ピースっ」


 なんだそれは。


「い、いーえいっ」


 やるのかよ。ノ割は俺の方を向きながら、顔の横で裏ピースをしてみせた––––可愛い。


「ミスディレクションっ」


「な、何ぃ⁉︎ 見失った⁉︎」


 まぁ、冗談なんだけどね。シェンカちゃんがノ割の背中にスッと隠れたのが見えちゃたんだけどね。


「あんた、結構ノリいいわねぇ」


 ノ割が呆れていた。お前だってピースしただろうがと思ったが、口にはするまい。なんか怒らせそうだし。

 反対にシェンカちゃんはノ割の肩からヒョコと顔を出すと、自慢げな表情を浮かべていた。天使のドヤ顔である。


「今のは、のっちゃんの可愛い笑顔に視線誘導をかけて、消える技ですっ」


「な、なにぃ、そうだったのか、やられたぜー」


 シェンカちゃんはふふんと、鼻息をならした。

 なんだか、面白い子である。


「それ、姫先輩の胸でやった方が効果あるわよ。ハルは胸を見て喋るから」


「俺はそんなことはしていない」


 ノ割は全く冗談ばかり言うね。


「姫先輩の胸元に隠しカメラがあったのだけれど––––」


「嘘ぉ⁉︎」


「冗談に決まってるでしょ」


 ノ割と、シェンカちゃんはクスクスと笑っていた。

 確かに俺に対して、ミスディレクションならぬ、ムネデイレクションはかなり有効だろう––––勝手に発動するしね……はぁ。

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