017 『八つ当たりショック』
武里千加と俺の出会いを例えるなら、宝くじが当たったけど、当たった事に気が付かなかったって感じだ。
気が付かなければ、当たってないのと一緒である。
別に彼女の影が薄いとか、そういう話ではなく、むしろ逆に影を薄くしている。
ワザと目立たないようにしている。
そんな感じであった。
それを踏まえて、シェンカちゃんにに例の質問をしてみた。
宝くじと、明日地球が終わるなら〜の質問をしてみた。
すると宝くじの質問は、
「宝くじが当たったら、一生引きこもって暮らすと思います」
と、いきなり引きこもり宣言をされ、
「明日死んじゃうと思うと、多分怖くて何も出来なくなって、結局お家から出ないと思います」
と、こちらも引きこもり宣言をされた––––苦笑いである。
目立つ外見のシェンカちゃんなわけだけれど、その中身はとことん目立ちたくないらしい。
ノ割や俺から言わせれば「勿体ない」になるのかもしれないけれど、彼女、天使の様な外見を持つ彼女––––武里千加からしたら、余計な物なのかもしれない。
巨乳の人が自身の胸の大きさを疎ましく思っている––––みたいな話なのかもしれない。
人から見たら優れたものであっても、自分から見たら余計なもの、必要ないもの、そういうものに該当してしまうのかもしれない。
まぁ、あくまで憶測の域を出ないのだけれど。
かもしれない、だ。
俺にはそんな事は分からない。
俺は持ってないのだから。
他人から羨ましがれる物など、持っていないのだから。
まぁ、そのことに悲観なんてする俺ではないのだけれど、何か自分の武器があるのは改めて強いと思った。
ラノベ小説風に言うなら、キャラが立っている。
ノ割なら、可愛い声。
姫先輩なら、全てがいい(反則だ)。
シェンカちゃんなら、天使の様な外見。
先程も言ったが、俺もキャラが立っていれば––––なんて思わないわけでもないが、悲観してもしょうがないわけで。
無い物は無い者なりに、頑張るしかない。
無い物ねだりをしてもしょうがない。
有るもので頑張るしかない。
何が有るのかは分からないのだけれど。
まぁ、ポジティブに考えるのなら、有るものを探すのを頑張るって感じかもな。
有るかは分からないけど。
何も無いが有るから
昔の人は皮肉屋が多かったらしい。
そんな今回もネガティブな感じで始まる、入学––––何日目だろう。
編集を教わってから、多分二週間は立ったくらいだ。
今日も俺は人気のないバスに揺られていた––––つまり、遅刻だ。
別に姫先輩にマヨネーズを買って来いと言われたわけでも無ければ、寝坊したわけでもない。
なら、なんで遅刻したかと言うと、ノ割と喧嘩をしたからである。
つまり、ちょっとした反抗期、気持ちの行き所を失った結果での––––遅刻である。
そのくらいで、遅刻なんかするなよとか、精神弱過ぎだろと思われるかもしれないが、俺にとってはそれほど、ショッキングな出来事だったと理解してもらいたい。
登校しているだけ、マシだと褒めてもらいたい。
ノ割と喧嘩をした。
いや、実際は喧嘩なんて例えをするべきではなく、悪いのは俺なのである。
一方的に俺が悪いのである。
きっとノ割は、怒っているどころか、逆に心配さえしているかもしれない。
現にLINEの画面には『のわりん』なる人物から「体調悪いの?」と、前回の「遅い」ではなく、こちらを心配するような文面でメッセージが届いていた。
返信はしていないし、既読すらつけていない。
なんだか、話すのが申し訳なかったからだ。
事の発端は、ノ割の俺の動画へのダメ出し––––というか、アドバイスからである。
*
「ハル、この動画はタイトルを『編集失敗あるある』に変えた方がいいレベルよ」
来た、本日のノ割先生のダメ出しのお時間である。
部室のパソコンを使ってシェンカちゃんに教わりながら編集をした動画をノ割に見せたのだが、動画を見終わって早々にコレである。
「何がダメなんだよ」
「端的に言うと全部よ、もう編集初心者がやらかすやつ全部盛りで、逆に感心してるわ」
ノ割はそう言ってから、俺の動画を一時停止させつつ問題点を指摘し始めた。
「まずね、BGMの音量がデカ過ぎるわ。編集した後に自分で一回動画を見直しなさい」
「ノ割が見てくれるからいいかなって」
「見てあげるけど、まずは自分で見直しなさい。あたしはテストの丸付けとでも思いなさい」
「分かった」
採点係ってわけね。
「次は、字幕に誤字があるわ。これもちゃんと見直しなさいね」
ノ割に指摘され、該当する部分を確認すると、確かに誤字になっていた。
本来なら、「少量の水を入れる」になるのだが、動画内の字幕では、「少量の見ずを入れる」となっていた。
面白くもなんともないミスである。
「それから、カットすべき所がまだ全然分かってないわ。お母様の『ご飯よー』は面白いから残しといてもいいけど」
それが面白いのかは俺には分からない。ノ割なりのウケポイントなのかもしれない。
「とりあえず、具体的にはどこをカットすればいいんだ?」
「ハルはまだ『あの』とか『その』が多いから、まずはそこをカットね」
これは分かりやすく、具体的なアドバイスである。
「あとは編集とは関係ないけど、すぐに知育菓子を紹介するのをやめなさい。二日連続でねるねるねるねは、流石にネタ過ぎて––––逆にウケたわ」
動画のタイトルは「ねるねるねるね一万回混ぜてみた」である。
ちなみに昨日の動画は「ねるねるねるね凍らせてみた」である。
「まさか、今日もねるねるねるねじゃないでしょうね?」
「違うぞ、今日は『お母さんの揚げた唐揚げ食べてみた』だからな」
「なんで母親の料理食べてみた系の新ジャンル開設しようとしてるのよ!」
「俺はネタに出来る物は全て動画にする!」
ノ割はそれを聞いて深い溜息をついた。ダメだコイツみたいな感じの溜息であった。
後ろではシェンカちゃんが「唐揚げを揚げる……動画を上げる……」と呟きながら、椅子をキイキイと揺らしていた。
「ねぇ、ハル、あなたの動画は平均火力がとても低いわ」
「どういう意味だ、それは……」
「とりあえず、動画にしてみましたー感が強過ぎるのよ」
「いや、実際にその通りなんだけど……」
「まず、唐揚げは大丈夫よ、多分面白いわ。あたしもそれは見たいし」
ノ割はでもね、と話を続ける。
「キツい言い方になるけど、多分あたしはともかく––––他の人はハルの動画を見たいと思わないわ」
「………………」
かなりキツいのが来た。
ノ割は気を使ってキツい言い方と前置きをしてくれたのだろうが、それでもかなりグサっとくるものがある。
俺が何も言えずに黙っていると、ノ割は少し優しい声で話を続ける。
「あのね、つまらないとか、そういうのじゃなくてね、『大衆に対して興味を惹かれるような動画内容か?』ってことよ。動画は自分で撮るだけじゃないのよ、見てくれる人が楽しんでくれる事も考える必要があるの」
俺の好きな人の動画は、確かに見てくれる人の事も考えていた。
自分が楽しむだけじゃなく、見てくれる人を絶対に笑わせてやる! そんな気迫溢れるような内容のものばかりであった。
それに憧れて、俺もこんな風に誰かを楽しませたいと思い、YouTuberになった。
「………………」
俺が再び何も言えずにいると、ノ割は今度はもっと優しい声色、猫撫で声のような声で語りかけてきた。
「あたしはハルの動画は結構好きよ。でもね、みんなが好きってわけじゃないの。だから、もっと多くの人に見て欲しかったら、みんなに好かれるような動画にする必要があるのよ」
明らかに気を使った言い回しである。ノ割の優しさなのだろう。
だが、その優しさが、俺には辛かった。
ノ割が正しいのは分かる。きっと、間違った事は言ってないんだろうし、言う通りにすれば俺の動画は良くなるんだろう。
そんな事は頭では分かっている。分かっているけど、それでも、なんて言うか、改めてそういう事を指摘されるのは、面と向かって指摘されるのは、辛かった。
––––いや、違う。
それ以上に俺は、俺自身が、チャンネル登録者や、再生回数に固執している事を改めて思い知った事実こそが、俺の心を激しく動揺させた。
最初は、動画を投稿して、見てくれる人を楽しませたいと思っていたのだけれど、気が付いたら、いつのまにか、俺は面白い動画を投稿するよりも––––如何にして、より多くの人に動画を見てもらうかに考えが変わっていた事に驚いた。
意識なんで全くせずに、そうなっていた。
––––俺はそれがショックだった。
あの動画に憧れて、俺もYouTuberを志したものの、その志しはとうに失われており、俺はグッボタンの数よりも、再生回数に目を向けるようになっていた。
コメントの数よりも、チャンネル登録者の数の方が大事だと思ってしまっていた。
YouTuberなら、誰しもがチャンネル登録者や、再生回数を意識するのは分かるが、それ以上に俺は、自分の動画を楽しんでくれる人を蔑ろにしていた。
再生回数は現在平均すると五十回程度である。
少ない方だとは思う。
でも、それでも、俺の動画は五十人の人は確実に見てくれており、俺はその見てくれている人を蔑ろにしていたいた。
コメントの返信なんて、しばらくやっていなかったのである。
コメントなんて、見向きもしなくなっていたのである。
しかも、それはここ最近の話なのだ。ユーチュー部に入ってからなのだ。
別にノ割のせいでも、ユーチュー部のせいでもない。
––––俺は焦っている。
だって、チャンネル登録者が自分の十万倍もある人が急に現れたどう思う?
尊敬はすると思う。すごいなとも思う。
だけど、負けたくないって俺はきっと心の何処かでは思っていたんだ。
同年代で、同じ学校で、毎日顔を合わすコイツに。
––––俺は負けたくないと思っていたんだ。
「ハル? その、大丈夫?」
ノ割は心配そうな顔で、黙ったままの俺の顔を覗き込んできた。
俺はあろう事か、それを無視して、部室を出てしまった。
背後からは、ノ割の声が聞こえていたのだけど、それを無視してバスに乗り込んだ。
バスは丁度発車して、追いかけて来たノ割は、呆然と立ち尽くしていた。
今にして思えば、ただの八つ当たりでしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます