010 『眠気クレイジー』
越谷姫花と俺の出会いを例えるなら、明日地球が終わると嘘をつかれた感じだ––––いやまぁ、俺が勝手に誤解していただけなのだけれど。
まずは、先生だと思い、次に黒魔術の講師だと思い、シジミ目の冴えない女性だと思っていたら、世界最高の美少女で、でもそれは詐欺メイクだと決め付けていたら、逆詐欺メイクなるわけの分からないものが出てきて、最後にはワザとブスになっていたと、ついていた嘘でさえも嘘だと言われたわけで。
嘘に嘘を重ねた、掴み所のない彼女であったわけだけれども、自身の胸を指差し「二つもあるぞ」と言われたら、妙に感心してしまった。
掴み所ではなく、揉み所である。揉むところである。
人によってはお尻がいいなんてレアなホモサピエンスも居るらしいが、俺は断然おっぱい派である。
もちろん、今のは「おっぱいとお尻どっちが好き?」と聞かれた時の回答用である。
「目玉焼きには、醤油とソースどっちをかけるの?」と聞かれて、醤油と答えるようなものだ。
つまりどちらかと言うと、おっぱいが好きというだけである––––いや、本当に。
ついでに話は変わるが、例の宝くじと地球最後の日の質問をしたところ、
「宝くじは買わないな」
と、宝くじは存在を否定され、
「もしも隕石が衝突するというのなら、核ミサイルで撃ち抜けばいい。核ミサイルというのは、人に向けて撃たなければ人類を救うものになるなのさ」
と、核ミサイルが人類を救うというとんでも理論を展開され、これまた妙に納得してしまった。
嘘をつく越谷姫花なわけだけれども––––彼女に言わせれば「それは物の見方の一つに過ぎない」ということなのだろう。
核ミサイルで人類を救うなんて発想は、いわば見方を変えたものであり、この理論ならば核ミサイルは、
「人類の味方と言えますね」
「君はジョークのセンスがないな」
あっさりと否定された。言わなければよかった。
「じゃあ、姫先輩はあるんですか?」
「君よりは、ユーモアがあるとは思うよ」
「You more (君より)?」
「英語の勉強はしているようだな」
とまぁ、こんな感じで越谷姫花は冗談好きな人物でもあった。
後にして思えば、彼女は嘘なんて一つもついてはおらず、実は冗談を言っていただけであり、それを嘘だと思っていたのは俺の方だというオチでもあった。
そんなわけで、土日を挟んで入学三日目。
今日から通常授業が始まるわけだけども、俺は今日もガラガラに空いたバスに揺られていた。
スマホを見ると『のわりん』なる人物から「遅い」とLINEが来ており、まぁ要するに––––俺は今日も遅刻である。
入学三日目にして二回目の遅刻である。これを聞いたらほとんどの人は、俺が不真面目で遅刻癖のある学生と思うかもしれないけれど、決してそんな事はなく、自分では至って真面目な学生だと思っている。
しかし、自分がそう思っているだけで––––周りから見たら俺は不真面目な学生に見えるわけで、「YouTuber」という肩書きが悪い意味で目立つわけで。
ならば、そうならないためにも俺はしっかりと目覚まし時計をセットして、昨日は早めに床についたわけだけども、今朝方スマホを確認すると、こんなメッセージがLINEで届いていた。
『マヨネーズを買ってきてくれたまえ』
普通に考えるなら、お母さんからのお使いだと思うだろうが、このちょっと高飛車な物言いは姫先輩である。
ちなみに姫先輩のLINEは、知らぬ間に登録されており(名前は『QP』であった)、俺の予想では、姫先輩にスマホを渡して自撮りをした時ではないかと思っている。
なんでそんな事をするんだ? という疑問を覚えたが、答えは目の前にある。「マヨネーズを買ってこい」だ。使いっ走りにするためだ。
でもまぁ、別にマヨネーズなんてコンビニとかで買えるわけだし、お金も後で姫先輩が建て替えてくれるとの事なので、俺は登校前にそのお使いをしようと、コンビニに向かったわけだけども、まさかマヨネーズの銘柄を指定されるとは思ってもみなかった。さらにはアマニ油入りというおまけ付きである。
缶コーヒーで例えるなら、「ワンダのエクストラショットで」って感じだ。
ワンダのエクストラショットならどこのコンビニでも売ってそうなものだが、アマニ油入りのマヨネーズとなると––––無い。
そもそもコンビニにマヨネーズは売ってはいるけども、スーパーみたいに種類豊富に沢山置いてあるわけではないので、このお使いが困難を極めるという事は容易に想像出来た。
まぁ、行くんだけどね。
そこで断らない自分の人の良さを俺は少し後悔しながらも、姫先輩にオーダーされたマヨネーズをなんとか購入する事が出来た。その結果での––––遅刻である。
物事には優先順位がある。今日の俺の行動に優先順位をつけるのなら、「マヨネーズを買う」より、「学校に遅刻せずに行く」の方が絶対に優先順位が高い。
それでも、俺がマヨネーズを優先したのは、頼んで来た相手が他ならぬ––––世界一の美少女だったからだ。
*
スクールバスを降りて時計を確認すると、二時間目が始まっていた。
普段なら目立つからという理由で遅刻しても気にしないであろう俺だけども、流石に今日はちょっと気にしていた。三日目で二日遅刻はヤバい。
悪目立ちしないためにも、授業中ではなく休み時間に教室に入るべきだ。幸いにも俺には部室という名の時間を潰す場所がある。
それにマヨネーズを冷蔵庫に入れないといけないしな。
廊下で誰かに会わないかと少しビクビクとしながら慎重に歩みを進めるが、こんな時間に部室棟には誰も居ない事に気が付いた。今は授業中なのである。
しかし、ここである問題点に気が付いた。
部室の鍵は開いているのだろうか、と。職員室に鍵を貰いに行けば理由を問われるだろうし、ただでさえ遅刻していて少し落ち度があるわけだから、なるべくなら行きたくない。
だが、そんな考えは杞憂に終わる。
部室のドアに手をかけてみると、鍵は開いていた。
ホッとしながら中に入ると、世界一の美少女が気怠な表情で欠伸をしているのが見えた––––姫先輩だ。
相変わらず制服は着ておらず、今日は黒色のブラウスに、腰の所がコルセット状になっているこちらも黒色のハイウエストのスカートを着用していた。「童貞を殺す服ブラックバージョン」である(そんなのあるのか?)。
だがまだ俺が生きているところを見るに、その効果は嘘のようだ。
それにしても––––それにしても大きいな、おっぱい。
前に見た時もそう思ったのだが、改めてマジマジと見ると感動さえ覚えてしまう大きさである。
芸能人に実際に会うと「画面で見るより綺麗!」なんて事がよくあるらしいが、姫先輩の場合は「画面で見るより大きい!」って感じだ。
もし俺が大きなおっぱいを見慣れているのなら「大体○カップくらい!」と言えたかもしれないが、グラビアアイドルとしても通用するようなサイズの人とはすれ違ったことさえないので、ちょっと分からない。
ちなみに大きさで例えるならバスケットボールを半分にして、胸に貼り付けてるくらいデカい(もしかしたら、もう少し大きい可能性もあるが、ここにバスケットボールは無いので比較は出来ない)。
もしくはアニメによく出てくる巨乳キャラくらい大きい。胸部を強調するようなデザインの服のため、どうしてもその胸に目が行ってしまう。
決して俺がおっぱいが好きだからとか、そういうんじゃなくて––––ほら、大きいと目に入るじゃん?
スカイツリーとか、富士山とか大きいからよく見えるじゃん?
だから、胸にばかり目が行くのは決して俺がおっぱいが好きとか、そういうんじゃなくてね、そこにあるからつい見ちゃうんだよねっていう、そんな感じだ。
「Iカップだ。ブラのサイズはIの六十五」
「へっ?」
唐突にそう言われて、俺は変な声を出してしまった。
「ちなみにバストサイズは九十五だ」
Iってなんだ? ABCDEFGHI––––数えるのに指が九本も必要だぞ。
それにバストサイズが九十五?
なんだそれ、Iカップじゃなくて、ワールドカップの間違いじゃないのか?
俺はグラビアアイドルのバストサイズを把握しているわけではないので、それがどれほど大きいかは分からないのだが––––多分かなり大きい部類に入る。しかも、姫先輩は痩せているのに胸だけ大きいのである。どうなってんだ?
マヨネーズか? マヨネーズなのか?
うちの妹にもマヨネーズ勧めたらこうなるのか?
––––というか、また心を読まれている。見透かされている。
その証拠に姫先輩は俺を見ながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
まーた俺の事をからかっているのだろう––––鼻の下見てるし。
このままでは経絡秘孔ならぬ、経絡鼻腔を突かれて、鼻血を出すハメになりそうなので(決してそんなことは起きないだろうが、念のため)、話を変えてしまおう。
他の話題、他の話題––––そういえば、今授業中じゃないか。
「……あの、授業中じゃないんですか?」
「君だってそうだろう」
そう言われて、俺は部室に来た目的を思い出した。
「あっ、マヨネーズ買ってきました」
「ありがとう、少しなら飲んでもいいぞ」
かけるではなく、飲むである。
「マヨネーズ、好きなんですね」
「私にとってのマヨネーズとは、ドラえもんにとってのどら焼きみたいなものだ」
「じゃあ、そのどら焼きを買ってきた俺はのび太くんですか?」
「君、さてはドラえもんを毎週見ていないな?」
この人は毎週ドラえもんを見ているのか。
いや、俺自身そこまでドラえもんに対して知識が豊富というわけではないけれど。そもそも、ドラえもんをよく見ていたのは小学生の頃の話だ。
「すいません、最近はあまり見てません」
「どら焼きを買ってきてくれるのはママさんだ」
そういえばそうだった気もする。脳内ではママさんの声で「ドラちゃん、どら焼き買ってきたわよ」と脳内再生された。あやふやだけど。
そんな事を思い出していると、姫先輩は無言で手を差し出してきた。俺も無言でマヨネーズを差し出す。
姫先輩は俺からマヨネーズを受け取ると、それを冷蔵庫に入れてから、再び大きな欠伸をした。
「眠いんですか?」
「あぁ、寝起きだからね、クレイジーレイジーだよ」
クレイジーなのは眠気なのだろうか、それとも姫先輩自身なのだろうか。
「授業中、居眠りでもしていたんですか?」
そもそもこの人は授業を受けているのだろうか?
「いいや、さっきまで車を運転していた」
受けていなかった。運転していた。クレイジーなのは姫先輩の方だ。
姫先輩は車の鍵を見せながら、「今さっき学校に着いたばかりだ」と教えてくれた。この人も遅刻ではないか。
「授業に出なくて、大丈夫なんですか?」
「問題ないよ」
「それは、学長の娘だからですか?」
「君は同じ話を二回されたらどう思う?」
「『それは知ってるよ』って思いますね」
「私にとっての授業とはそんな感じだ」
姫先輩はそう言いながら、大きな胸を張った。態度も胸もデカい。冗談としてはかなり面白い部類に入るとは思うが。
姫先輩は俺のことをチラリと見ると、指でテーブルをコンコンと二度叩いた。
「眠気覚ましついでに、話し相手になる事を許可しよう」
どうやら、大天使ヒメエルと会話するには許可が必要なようであった。まぁ、いいさ。YouTuberとして、何か参考になる話が聞けるかもしれないしね。それに授業が終わるまでのいい暇潰しにもなる。
俺は「いいですよ」と了承しながら、姫先輩の対面の席に座ると、早速雑談ならぬ––––座談が始まる。
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