002『子犬メンタル』
「来なさい」
やたらと高圧的な言い方で、休み時間の行動を決定されてしまった。
そもそも俺は後ろの席に座る彼女の名前さえ知らない。仮の名前として、睨み子ちゃんと命名してあげよう。
睨み子ちゃんは、俺の事をチラッと見ると、スカートをはためかせながら颯爽と教室を出て行く。
俺はため息をつきながら、それに続く事にした。
教室からは、またまた好奇の目を向けられるが「海パンで一日過ごしてみた」を、今度やろうと思っている俺に隙はない。羞恥心なんてものは、とっくの昔に海の藻屑と消えた。
教室から出て、廊下を少し歩くと睨み子ちゃんは辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「何を探してるんだ?」
「人に話を聞かれたくないの」
一体俺を人気無い場所に連れて行って、どうしようってんだ。告白じゃないことだけは確かだ。
だが、まぁ、俺としても休み時間くらいは有意義に過ごしたいものだし、それに早く解放して欲しい。
ならばと、こういう場合に、よくラノベ主人公が連れて行かれる場所を提案してみよう。
「屋上付近の踊り場なんてどうだ? おそらく人は居ないと思うぞ」
「そうね、あなた中々冴えてるじゃない」
「自己紹介くらいして欲しいものだね、ちなみに俺は––––」
「ついたらしてあげるわ」
俺の自己紹介は、睨み子ちゃん(仮)に遮られた。自己紹介が上手くいかない日である。
それにしても一体どの様な要件なのだろうか? 俺のファンとかだろうか? いや、お前、登録者何人だよ……、三人だぞ。そのうちの一人は妹だ。残りの二人のうちの一人が彼女だなんて確率は、宝くじが当たるよりも低いだろう。
ここまでの展開––––つまり、遅刻して、後ろの座席に話しただけでも自慢出来るレベルの美少女が座っていて、その美少女に話があると呼び出された事を考えると、今の俺はかなりラノベ主人公をしている。だが、俺はラノベ主人公になりたいわけではない。
––––そう、俺はトップYouTuberになりたいのだ。
登場するヒロインの数より、チャンネル登録者の数の方が重要だし、チートスキルなんかより、再生数を増やすスキルが欲しいものだ。
それに、もし宇宙人や未来人が居たら一緒に遊ぶのではなく、一緒に動画を撮りたいものだ。
そうすれば、チャンネル登録者も増えるだろうし、再生回数も少しはマシになるだろう。
そういう意味では、俺は宇宙人や未来人と友達になりたいという事になる––––おかしな話だ。
そんなくだらない事を考えながら、俺は目の前の彼女に続いて––––というより、拉致されて目的地と思われる踊り場に到着した。
俺は彼女に拉致した目的を尋ねる。
「それで、俺に一体何の用なんだ?」
「あなた、部活動はどうするの?」
しかし、返ってきたのは答えではなく、意外にも入学式後ではよく聞かれそうな類いの質問であった。
「そんなのやるわけがないだろう、聞いていなかったのか、俺は––––」
「この学校は、部活動強制入部よ」
俺のYouTuberアピールはまたもや遮られ、より良い学校生活を送る為とかの理由をつけた、学校側のお節介ルールを突き付けられてしまった。
近いから、駅からスクールバスが出ていて通学が楽だから、校則が緩いから、なんて理由で調べもせずに高校を決めてしまった弊害が早速現れた(ちなみに偏差値は、普通よりちょっと良いくらいだ)。
部活動なんかをしていたら、動画を撮影する時間が無くなってしまう。
しかし、そんな俺に救いの手が差し伸べられる。
「文芸部はどうかしら?」
「読書に興味はないね」
嘘だけどね。どちらかと言うと好きな方だ。
「幽霊部員でも、かまわないそうよ」
「よし、今日から俺は文芸部だ。読書大好き」
「なら、放課後、文芸部の部室に来なさい」
やたらと高圧的な言い方で休み時間だけではなく、放課後の過ごし方まで決められてしまった。ただ、まぁ、悪い話でもないので素直にそれに従うのだけれども。
彼女は「それと……」と前置きをした上で話を続ける。
「外でYouTuberなんて名乗るものじゃないわ。街を歩けなくなるわよ」
「そうなりたいものだね」
「意見の相違ね」
睨み子ちゃんは、そう言い残すとゆっくりと階段を降りて行った。
結局名前を教えてくれなかったではないか。
全くいい事ないね。踊り場まで来たのも、ただの部活勧誘ではないか。言ってしまえば、収穫無しだ。
俺は嘆息しながら、階段を降り始めるが、階段の隅に光る物を見つけた。いい事あった。いや、小さな事だけれど収穫はあった。
「100円めーっけ」
*
その後、レクリエーション的な学校の施設紹介があり、今日の日程は終了となった。
睨み子ちゃんは、レクリエーションが終わると早足に教室を飛び出して行った。
やれやれ、俺も文芸部の幽霊になりに行くとしますかね。
部室棟の位置は、レクリエーション時に確認済みであり、『文芸部』と書かれた扉の前で足を止める。
ノックをすると、聞き覚えのある可愛い声で入室を促された。
「どうぞー」
扉を開くと、画面から出てきたような––––というか、本当に画面から出てきたであろうバーチャルYouTuberの『いちの』がこちらをエメラルド色の瞳で見つめていた。
「なるほど、俺はラノベ主人公系男子だったのか」
「いやいや、そんな訳ないでしょ、コスプレよ」
「コスプレ?」
「しかも本人のコスプレよ」
「バーチャルYouTuberが現実世界に現れるなんて、やっぱり俺はラノベ主人公系––––」
「だから、あー! まどろっこしい!」
地団駄を踏む彼女の姿は紛れも無いバーチャルYouTuberの『いちの』だ。服装はこの学校の制服姿だが、ピンク色の髪に、エメラルド色の瞳。そして、この可愛い声を忘れるわけがない。
『いちの』はチャンネル登録者三十万人を超える大物YouTuberであり、その声の可愛さと、圧倒的なゲームセンスで、ここ数ヶ月で一気にのし上がった実力派バーチャルYouTuberなのだ。
そのバーチャルYouTuberのコスプレって事なのだろうか?
「声とか、その、そっくりですね」
「だから本人だって言っているでしょう。あたしが『いちの』なの。なんなら、その証拠を見せるわ」
彼女はそう言うと、ウィッグと思われるピンク色の髪の毛を外した。その容姿は、見覚えがあった。
「睨み子じゃん!」
ウィッグを外して出て来たのは、先程の睨み子こと、俺の背中が焼けるほどのレーザービームを照射できる、目力オバケであった。
彼女は意味が分からないのか、キョトンと首を傾げる。
「睨み子? あなた何を言ってるの?」
「そうか、睨み子は『いちの』の大ファンだったのか、分かるぞ、可愛いもんな」
「だから、あたしが本人だって言ってるじゃない」
「何言ってるんだ、『いちの』はそんな睨み顔は……睨み顔は、あれ?」
彼女の眉間にはシワなど寄っておらず、こちらを真っ直ぐに見つめていた。
物凄く可愛い。さすがにコスプレをするだけはある。
「何見てるのよ」
「睨み顔タイムは終わったのか?」
「あぁ、あたし目が悪いのよ。今日はこの緑色の度ありカラコンしか無いから、よく見えなくて……」
「あぁ、それで」
彼女の睨み顔は、別に俺の事がムカつくわけではなくて、目が見えないから細めていただけだったようだ。おそらくコンタクトがグリーンカラーのため、教室で使うのは躊躇ったのだろう。
しかし、それとこれとは話が違う。バーチャルYouTuberが実在するわけはない。
彼女はヘアネットを外し、髪の毛を整えながら俺に入室を促した。
「入ったら?」
「失礼します」
部室内は思ったよりも広く、通常の教室二つ分くらいはありそうなスペースがある。
室内にはいくつかのパソコンと、証明。それに、撮影に使えそうなスペースまである。他にも冷蔵庫、戸棚などがあり、戸棚の中には高そうなティーセットが仕舞われていた。
「全然、文芸部じゃないじゃないか」
「規則上は文芸部よ」
俺が「規則上は?」と聞き返すと、彼女はニヤリと微笑んだ。
「ここは、ユーチュー部よ」
俺は意味が分からずに目をパチクリとしてしまった。彼女はそれを見て、面白そうに説明を続ける。
「文芸部とは、仮の姿。ここは、 YouTubeに動画を投稿する人が集まる部活なのよ」
「な、なんだってー」
あまりの展開に思考が追い付かず、適当な返事を返してしまった。思考が麻痺してしまった。
ユーチュー部ってなんだ? ネーミングセンスダサすぎないか? まんまじゃないか。考えた人はおそらくセンスが無い。
とにかく、一旦情報を整理しよう。
ここは文芸部。俺はチャンネル登録者三人の底辺YouTuber。
目の前にはバーチャルYouTuber「いちの」を名乗るコスプレ美少女。本当に本物なのだろうか、先程から声だけは本物だ。
「本当に『いちの』なのか?」
「そうよ。『いちの』だって、あたしの名前の『ノ
俺と似たような事を考える人もいたもんだ。彼女の話しを信じるとなると、目の前に居るのはチャンネル登録者三十万人を超えるYouTuberとなる。しかし、バーチャルYouTuberなのだ。この世界に実在しない存在なのだ。なぜ、目の前に居る?
「あの、画面から出て来たんですか?」
「だから、違っていってるでしょ」
「じゃあ、何でこっちにいるんですか? 帰れなくなっちゃったんですか?」
「端的に言うと『いちの』は、わたしをベースに3Dアバターをモデリングして、デザインされたの」
「つまり…………どういうこと?」
「わたしの顔を3Dスキャンして、それがそのまま『いちの』になってるのよ」
俺は彼女に近付き、その顔をマジマジと眺める。ツンと吊り上がった緑色のつり目に、小さな小鼻。よくよく観察すると、本当にいちのである。
「…………気は済んだかしら、そろそろ離れて欲しいんだけど?」
「あ、ごっ、ごめんっ……」
俺は数歩下がり、彼女から離れる。彼女が本当にいちのなのか気になり、ゼロ距離でその顔をマジマジと眺めてしまった。流石にこれは怒られても仕方ないと思ったが、彼女の対応はあっけらかんとしていた。
「……別にいいわよ。ところでハルヒTVさん」
「あっ、それ俺のチャンネル名」
「あんな宣伝方法をすれば、クラスの人は間違いなく検索するでしょうね」
「それが狙いだ」
「チャンネル登録者数は増えたかしら?」
「確認してみる」
ポケットに手を入れ、スマホを取り出し、自身のページを開いてみた。チャンネル登録者数は…………二人⁉︎
「減ってるぅ⁉︎」
「減った事が分かるくらいの人数なのね」
「いや、普通分かるだろ……」
「ごめんなさい、わたしは毎日何千と増えているから減っても分からないの」
「くそっ! 大物YouTuberめ!!」
ちくしょう、毎日チャンネル登録者の人数を確認して、増えていないことに溜息をつく気持ちを思い知れ!
「残念だったわね、あなたに興味を持ってチャンネルを見に行っても、登録はしてもらえないの。これ、何故だか分かるかしら?」
「……教えてください、いちの先生」
「いいわ、教えてあげる。まず、動画が絶望的につまらない」
ダイレクトアタックを食らってしまった。千草のメンタルポイントはもうゼロよ。先程鋼メンタルとも形容した俺のメンタルは、どうやら勘違いのようであった。
こう、面と向かってつまらないと言われると結構ヘコむ。
だが、いちの先生はそんな俺の事など気にもせずに話を続ける。
「企画で押してるようだけれど、ありきたりだし、内容も薄いしで、全然魅力的じゃないわ」
「あ、あの、えっと……」
「それから、編集もダメダメね」
それは自覚があるから言い返せない。しかし、この言いようはあんまりなのではないだろうか?
「あの、いちの先生––––」
「あ、それとわたしの事、『いちの』って呼ばないで」
「なんでだ?」
「他の人にわたしが、『いちの』だってバレちゃうでしょ」
「ダメなのか?」
「ダメに決まってるでしょ、街を歩けなくなるわ。それに普段眼鏡をかけてるのだって、言ってしまえば変相みたいなものだし」
ノ割はそう言って、目の前で両手で輪っかを作ってみせた。そんな安直な変相でバレないものなのかと思ったものだが、俺は気が付かなかったわけで––––そもそも、バーチャルYouTuberが現実世界に居るだなんて、想像する人はいないだろう。
まぁでも、俺にとってバレないように変相しているというのは、ちょっと羨ましくもあった。
「そんなセリフ是非言ってみたいものだね。流石大物YouTuberは言う事が違う」
「とにかく、わたしの事を『いちの』って呼ぶのは禁止ね」
「じゃあ、何て呼べばいいんだ?」
「『のわりん』でもいいし、『のっちゃん』でもいいわよ」
「じゃあ、ノ割で」
「『のいのい』なんて、可愛らしいと思うわ」
「ノ割」
「…………まぁ、いいわ」
彼女は納得がいかない様子だが、渋々同意した。
俺は先程の話をするために、反論を投げかける。
「さっきの話しだが、ちょっと言い過ぎじゃないのか?」
「そうね、なら唯一評価する点があるのするなら、あなた自身が楽しそうに動画を撮っているところね」
「実際すごい楽しいぞ」
「まぁ、これがあなたの動画を全て見た大体の感想よ」
「全て? 全部見てくれたのか⁉︎」
「当たり前じゃない」
「ありがとう!」
「子犬か! 喜び過ぎよ!」
「チャンネル登録よろしくワン!」
「してあげるから、尻尾を振らないの!」
「本当に⁉︎」
「だから、子犬か!」
「やった! これでまた三人に戻るぜ!」
ノ割は俺を見て溜息をついた。
「……先は長そうね。それで部活には入るの? 入らないの?」
「もちろん入る!」
「はい、じゃあこれ、部活申請用紙だから」
二つ返事で了承をすると、ノ割から入部希望用紙を渡された。
今、俺がYouTuberとして足りないもの、チャンネル登録者が三人しか居ない理由。それは圧倒的な実力不足だ。当然その自覚はある。
この部活に入れば、この目の前にいるYouTuberから、沢山の事を学べるだろう。俺は案外勉強熱心なのだ。断る理由はない。
俺は入部希望用紙にペンを走らせた。が、文句を言われた。
「字が汚いわね」
「うるさいな! ほっとけ!」
「貸しなさい、代わりに書いてあげるわ」
「そこまで汚くないわ!」
「じゃあ、このミミズみたいな文字はなんなの?」
「………………任せた」
俺は大人しくノ割に、入部届けを渡した。
「それで、ハルヒTVさんのお名前は?」
「教室で言っただろ、春の日で春日、千に草で、千草だ」
「随分と陽気なお名前ね」
ノ割はそう言うと、氏名の欄に俺の名前を記入した。綺麗な字で。
「なぁ、部員って何人くらいいるんだ?」
「あなたとあたしを入れて四人ね」
「その内の幽霊部員の数は?」
「いるわけないでしょ。そもそもそんなの認めてないわよ」
「さっき、いいって言ってたじゃないか」
「そういえば、入部する気になると思って」
彼女はそう言うと悪戯っぽく微笑んだ。まったく、その通りである。
こうして、俺のユーチュー部への入部が決まった。
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