003『常識ジュース』

 俺とノ割のいちの出会いは、ライトノベルのご都合主義展開という言葉がしっくりくる。言うならば、俺は宝くじが当たったようなものだ。

 でも、こうも言うだろう––––宝くじが当たったら不幸になると。

 急に親戚が増えたり、周りの人の目の色が変わったり、当たったからと言っていいこと尽くめで無いことは確かだ。


 要するにノ割のいちとの出会いには、ちゃんと悪い側面が用意されていた(よく考えたら、別にそれほど悪い事でもないのだけれども)。

 ノ割は、俺の投稿した動画全てにダメ出しをしてきたのだ。しかも、言い方がキツい。とってもキツい。


「ブンブンハローじゃないわよ、何がハルキンよ」


 とか。


「声が小さくて何を言ってるか分からないわ」


 とか。


「『えっと』とか、『あの』とか多すぎ」


 とか。


「カメラはスマホ使ってるの? 手ブレヤバいわよ」


 とか。


「お母様が作ったカレーライスは美味しそうだったわ」


 とかだ。

 ちなみにその動画のタイトルは「お母さんの作ったカレー食べてみた」だ。

 だが、俺はそれらのダメ出しを素直に聞き入れるしかなかった。これがもし、ただの見も知らぬ人のコメントだとするのなら、アドバイスをしてくれた事には感謝するけども、「何勝手な事言ってるんだ」と半分くらいは思ったと思う。


 しかしダメ出しをしてきた相手は、俺よりもチャンネル登録者が多い人物であり、間違いなく俺より実力は上だ。

 初めて他のYouTuberにあったわけだけども、YouTuberにとってのチャンネル登録者の数というのは戦闘力みたいなもので、


「あんた、あたしよりチャンネル登録者少ないでしょ」


 と、言われたら全く言い返せなかったわけだ。

 新しい言葉を作るとするなら、『YouTuberDV』である。まぁ、そこまで過激な事をされたわけでも、されそうなわけでもないのだけれど。

 その証拠に、ノ割のいちは結構現実的な人物であった。

 試しに、「宝くじが当たったらどうする?」と聞いてみた所、


「貯金する」


 と答えられ、「じゃあ、もし明日地球が終わるとするならどうする?」と尋ねたら、


「家族と過ごす」


 とこちらも現実的な事を答えられた。現実世界に存在するバーチャルYouTuberという現実離れをした存在の彼女なわけだけれども、その中身はやたらと現実的であった。

 そして遅刻した事を咎められた。


「YouTuberなら、学校に来なくてもいいなんてことは無いのよ」


 真顔で咎められた。

 これは母親にも言われた事で、俺は成績を落とさない事を条件に(別にいいわけでもないのだが)YouTubeに動画投稿をするのを許可してもらっている。

 YouTuberになるのだから、学業は要らない––––なんて考えていたものだが、それは甘い考えだったようで、ノ割に、


「年金の払い方や、保険証や、住民票の受け取り方が分かるの?」


 と言われ、学業というか、人として––––つまり、大人になるために俺はまだ色々な事が足りてないと自覚されられた。

 考えが甘いと間接的に諭された。自分の未熟さを痛感させられた。人としても、YouTuberとしても。


 そんなネガティブな感じで始まる、入学ニ日目である。


 昨日投稿した『制服来てみた』の動画の再生回数は五十四回であり、我ながらよくモチベーションが続くなと思いながら、駅と学校を結ぶスクールバスに乗車する。

 今日は遅刻する事なくスクールバスに乗車する事が出来た。

 そして、座りたいのなら遅刻するしかないと悟った。

 車内はぎゅうぎゅう詰めもいいところで、車体が揺れる度に、俺の身体は、俺の言う事も聞かずに、左右の人に迷惑をかける。

 車体が揺れて、少し左の方へ流されると、椅子に座る眼鏡の美少女と目が合った––––ノ割だ。赤いアンダーリムの眼鏡が妙に似合っている。しかも二人がけの座席の片方にカバンを置いて、一人で二つの座席を占拠する図々しい座り方をしている。

 彼女は座席からカバンを退かすと、目で「座れば?」と視線を送ってきた。せっかくなので、甘える事にした。


「ありがとう」


「今日は遅刻じゃないのね」


「制服着てみたは昨日撮ったからな」


「全然面白くなかったわ、まるで高校生YouTuberね」


「いや、その通りなんですが……」


「後でみっちり説教よ、昨日教えた事を何も理解してないじゃない」


 昨日あの後、俺は彼女にYouTuberとは何たるかの指導を受けた。

 動画の投稿時間どうだとか、SNSの活用がどうだとか、そんな事を言っていた気もするが、正直に言うとよく分からなかった。

 ノ割は俺が言った通りにしなかった事に気を悪くしたのか、プイッと窓側に視線を向けてしまった。学校に着くまでは大人しく縮こまっていた方が良さそうだ。




 *




 学校に到着し、バスを降りてノ割と並んで昇降口へと向かう。

 こんなに可愛い子と登校出来るだなんて、やっぱり俺には、ラノベ主人公系男子の特性があるのかもしれない––––なーんて思っていたら、その可愛い人は今日も眉間にシワを寄せ、眼鏡の奥から俺の眼球を焼き尽くすような、レーザービームを照射してきた。要するに、睨まれている。


「あの、なんですかね……」


 ノ割は「昨日の動画だけど」と前置きをした上でお説教を始める。


「あの『制服着てみた』の動画は消した方がいいわ」


「はぁ? なんでだよ?」


「制服からあなたの学校––––つまり、ここね。特定されるわ」


 ノ割は「今は人気ないから、大丈夫だけど」と付け加え、話を続ける。


「もちろん、そこからあなたの氏名や、住所なんかも特定されるわよ。あなたは有名になれるかもしれないけど、家族に迷惑がかかるわ。高校生のうちはら個人が特定されそうな投稿は控えなさい」


 ノ割の言い分はもっともである。確かに俺は別に名前が世間に露見するのは有名税だと割り切っているし、望んでもいる事だが、家族に迷惑がかかるのは論外である。

 前にもコメントで、「路上での撮影は、背景から住所がバレる可能性があるので、やめた方がいいですよ」とアドバイスされた経験がある。ちなみにそれ以降、外で撮るのはやめた。

 なので前例はあるのだ。


「分かった、非公開にしとくよ」


「あら、意外と素直なのね」


「そうやって論理的、倫理的に言われたら頷くしかないよ」


 いい心がけだわ、とノ割。しかし、ノ割の小言はまだ終わらない。


「それから昨日したツイート、あれダメよ」


「さっきからダメ出しばっかだな……」


「ダメなんだから、ダメって言うに決まってるでしょ」


 ノ割先生は思ってたより、スパルタである。


「何がダメなんだ?」


「こういうのはね、『何を言うかではなく、何を言ってはいけないか』の方が大事なのよ」


「意味が分からないぞ」


「あなたの昨日のツイートに『百円拾ったから募金箱に入れといた』ってのがあったわね」


 こいつは俺のツイッターを監視しているのか。そもそもツイッターは昨日ノ割に言われてアカウントを作ったばかりであり、(というか、スマホを奪われ勝手に作られた)正直使い方がよく分からなかったりする。


「何か、問題があるのか?」


「あるわよ、それ窃盗罪よ」


「たかが百円だろ?」


「そうね、でも他人の物を勝手に自分にした場合、それは窃盗罪になるのよ」


「募金箱に入れたじゃないか、自分の物にしてない」


「自分の意思で、募金箱に入れたんでしょ」


 あぁ、なるほど。自分の意思でそのお金をどうこうした時点で、それは自分の物だと認めたということになるのだろう。


「まぁ、その百円の落とし主も落とした事を忘れてるかもしれないし、気が付いていない可能性もあるわ。それに募金したなんて知ったら、『募金したならいっか』と思う可能性もあるわ」


「なら、やっぱり別に問題ないんじゃ……」


「常識という枠組みなら問題ないけど、憲法という枠組みなら犯罪よ。この国ではこの両方を守る必要があるの」


「難しいな……」


「例えば、明らかに車が来ていない時に赤信号を渡ってる人を見て、それを『道路交通法違反だ』なんて通報したら、通報した人の方が非常識だと言われるわ」


 何となくは想像出来る。小さな子供でもなければ、車が来ているか、来ていないかなんて、確認すれば分かる。

 ちゃんと確認すれば、赤信号でもまず轢かれる事なんて無いだろうし、悪いことだが、それをしたくらいで通報されてはたまったもんじゃないと思うのは普通のことだろう。

 犯罪行為が普通とは、なんとも非常識ではあるが。


 まったく、生き難い世界になったものだ。


「まぁ、その百円落としたのあたしなんだけどね」


「……訴えないでくれよ」


 ノ割は「そんな事しないわよ」と鼻で笑った。


「あなたを部活に勧誘した後、ジュースでも買おうと思ってポケットに入れてたのが弾みで落ちたみたい。階段付近にあったんでしょ?」


「あぁ」


「やっぱり眼鏡無いとダメね、落としても全く見えないから困ったものだわ」


 そう言ってノ割は眼鏡をクイッと掛け直した。


「あなたもYouTuberなら、その辺をしっかりと理解しておかないと炎上するわよ。YouTuberはね、有名になればなるほど、常識と法律とのバトルになるわ」


「心しておくよ」


 確かにノ割の言っている事は正しいし、役にも立った。流石は先輩YouTuberである。ここは何か一つお礼をするべきだろう。


「なぁ、ノ割」


「何よ」


「ジュース、奢るよ」


 その後ノ割は、自販機の前で二百円もするエナジードリンクを指差して、「これっ」と意地悪な笑顔を浮かべた。

 これではプラマイゼロどころか、マイナスではないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る