004『免許ポシェット』
自販機でエナジードリンクを買わされた後、ノ割は「あたし、部室にちょっと用があるから」と俺が返事を返す前に、急ぎ足で部室棟の方へ向かった。
俺も一緒に行こうと思ったが、別に用があるわけでも、用がなくても部室に行こうと思うほど馴染んでいるわけでもないので、俺は昨日の記憶を頼りに自身の教室へ向かった。
教室に入り、自分の席に座ると、アホ面の「山口」と名乗る男子高生に話しかけられた。
「お前YouTuberなんだって? 動画見たぜ!」
「ありがとう、大好き」
「………………お前、こっちなのか?」
山口なるアホ面系男子は、手を口元にあてオネェのポーズをしてみせた。
「そんなわけないだろ!」
全力抗議で否定していると、同じ中学だった「
「ハルは、昔からYouTubeやりたいって言ってからね」
「あぁ、夢だったからな」
ちなみに「ハル」ってのは、俺のあだ名だ。山口はそれを聞くと、「俺もハルって呼んでもいいか?」と尋ねて来た。別にそう呼ばれるのを嫌っているわけでもないので、無言で頷く。
「それで、ハルは後ろの可愛い子と、どういう関係なんだ? 昨日も、教室から拉致されたのを見たし、今朝バスで隣に座ってるのも見たぞ」
この山口とか言う男は、相当なゴシップ好きらしい。新聞部にでも入ればいいのに。
確かノ割がバーチャルYouTuberだってのは、内緒の約束だったな。誤魔化しておこう。
「ただの部活仲間だ」
「入学初日でもう入ったのか––––どこだ?」
「文芸部だ」
俺がそう答えると、山口は驚愕の表情を見せる。
「お前、あの文芸部に入れたのか⁉︎」
入ったのか? ではなく、入れたのか? である。
名門高校の入試テストか何かなのか?
それとも、侵入するのが難しい部屋とかなのか?
「何がおかしいんだ、ただの文芸部だろ?」
実際はユーチュー部なのだが、名目上は確か文芸部だったはずだ。入部希望用紙にもそう書いてあった。
山口はどこで聞いたのかは知らないが、「これは聞いた話しだが……」と眉をひそめる。
「この学校の文芸部は、毎年一人も入部させてもらえないらしいんだ」
「学校七不思議にしては、随分と普通だな。そもそも、俺もお前も入学したの昨日だろ? なんで、そんな事知ってるんだ?」
「お前は、昨日のクラス会来なかったろ」
「いや、知らないし」
「そこで聞いたんだよ」
俺の知らない所で、その様な催しがあったのか。こうして人は、クラスから孤立していくのか……。
郷水畑も「そこで昨日ハルの話しになったんだよ」と教えてくれた。
「ちゃんと動画の宣伝してくれたか?」
「あーうん。まぁ、その、一応……」
郷水畑の反応は、なんだか余所余所しい物であった。それを咎めようとしたが、
「はーい、ホームルームを始めますよっ」
と、小さな先生がちょこちょこと、教室に入ってきた事でこの話しは切り上げとなった。
それと同時に後ろで椅子が引かれる音がした––––ノ割だ。
「ギリギリじゃないか」
「昨日のあなたより、マシでしょ」
「春日くんっ、ノ割さんっ、お静かにお願いしますねっ」
先生に静かにするようにと、優しく注意されてしまった。
それにしても、先生––––小さな。背丈は、百五十センチもないように思える。見た目は子供と言っても違和感は無い。
小さくて愛らしい小顔に、にぱぁっと輝くような笑顔が特徴的だ。
だが見た目と反するように、髪型は大人であり、ゆるっと内巻きに巻いたボブヘアーである––––きっといい美容室に通っているのだろう。
そんな先生は黒板に無造作に置かれているチョークではなく、自身のチョークケースを開いて黒板に文字を書き始めた。
すると、辺りから「可愛い〜」と黄色い歓声が上がる。
それもそのはずで––––チョークを手に黒板の上の方に文字を書こうと背伸びする仕草は、なんだか応援したくなってしまう。こう、小動物的な可愛さを思わせる。
先生は黒板に丸くてころころとした、これまた可愛い文字を書き終わると、こちらに向き直り、教室を見渡してから、話し始めた。
「昨日も言いましたが、先生はこう見えて、二十六歳なんですっ」
本人が言うのだから、きっとそうなのであろう。
教室の女生徒の多くは、「先生、可愛いっ」と、キャーキャーと騒いでいた。気持ちは分かる。
先生は、小さくて可愛いポシェットから、赤いカードケースを取り出すと、何かを俺たちに見せてきた。
「ほら、ゴールド免許ですっ、ここに生年月日が書いてあります!」
年齢を証明するために免許証を出した所を見ると、昨日は相当誤解をされたんだろうと容易に想像する事が出来た。
ゴールド免許ということは、免許を取得してから最低六年は経っている事になる。仮に十八歳で取得したとしても、二十四歳まではゴールドにはならない。
つまり、目の前の先生は小さくても、間違いなく大人だ。
俺は先生の目を盗み見て、後ろを振り向いた。
「なぁ、先生可愛いな」
「気持ちは分かるわ」
「昨日もあんな感じだったのか?」
「迷子の子供と勘違いされてたわ」
その光景を想像するとなんだかおかしくなり、失礼だとは思ったのだが、吹き出しそうになってしまった。
なるほど、自身の年齢を必死にアピールするのも頷ける。
「あと、聞きたい事があるんだが……」
「何よ」
「その、ユーチュー部の事なんだが––––」
「春日くん、ノ割さん、私語は謹んでくださいねっ」
ノ割に先程の気になった事を聞こうとしたら、先生にまたまた注意されてしまった。しかも可愛らしい注意をされてしまった。
口元に指を当て、しぃーっとする仕草はあざとらしく、わざとらしいものではあったが、かなりの破壊力を誇っており、それを直撃で食らった俺は、その愛らしさに圧倒され思考が停止してしまった。
これは、どんな生徒でも言う事を聞き、黙ってしまうことだろう。可愛いは強いのだ。
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