001『入学レーザービーム』

「伸びないなぁ……」


 スマホの画面には「再生回数三十四回」の文字が寂しく映し出されていた。

 俺が数ヶ月前に作ったチャンネル「ハルヒTV」のチャンネル登録者数を数えるには、親指と、人差し指と、中指の三本で事足りる。

 なぜチャンネル名が「ハルヒTV」なのかというと、俺の名前が「春日かすが千草ちぐさ」だからだ。春日の読み方をもじって、ハルヒ。それで「ハルヒTV」いう安直なチャンネル名である。


 YouTuberってやつは、なるのは簡単だが続けるのは難しい。そのことに気が付くのに、そう時間かからなかった。

 初めて動画を投稿して、翌日の再生回数を見た時はYouTubeがフリーズでもしているんじゃないかと疑ったくらいだ。

 理想と現実は違うとよく言うけれど、その時の俺は、文字通りの現実を突きつけられた。

 でも、そんなのはよくあることで、初めは上手くいかないのは当然だと開き直って、俺は未だにYouTuberをやっている––––自称だが。

 それに続けているのにもちゃんと理由がある。結構動画を撮るのが楽しかったりするのだ。

 時々コメントをくれる人もいるし、「自分もYouTuberです! 一緒に頑張りましょう!」なんてコメントされた日には、その人の動画を見に行って(ちなみにゲーム実況動画だった)、自分もコメントをして、その後もお互いにコメントを送り合ったりしたもんだ––––まぁ、その人はちょっと前に投稿するのを辞めてしまったのだけれども。


 なんの前触れもなく、急に辞めてしまった所を見るに、前々から思う所があったのだろうと勝手に想像している。

 何かを続けると言う事は恐ろしくモチベーションが必要であり、結果が出てないとなると、それも仕方のない事なのかなと思う。


 もしこれがラノベ小説で、俺がラノベ主人公だとしたら、この辺がプロローグにでもなるのだろうか––––いや、どちらかと言うとモノローグだ。

 それにプロローグと言うのなら、俺がYouTuberになった経緯を語る方がそれっぽい気もする。


 そんな事を––––そんなくだらない事を考えながら、俺は窓の外に広がる景色を見渡した。

 なんていうか、都会と田舎の中間とも言える風景だ。都会とは言えないけれど、田舎でもない。ベッドタウンという表現がもしかしたら適切かもしれない。


 現在俺は、ガラガラに空いているバスに揺られている。

 別に、地方にロケに来たではない。そもそも、ロケに行くようなお金は無い。

 有名な企画の一つでもある「一万円分食べられるまで、帰れまテン」なんて俺の財布の中身では、最初から企画倒れだ。

 大体、普通の高校生のお財布から一万円札という綺麗な色した日本銀行券は中々出てこないものだろう。今は、一月ではないのだ。


 ではなぜガラガラのバスに乗っているかというと––––遅刻したからだ。つまり、俺は現在登校中なのだ。

 朝は混むであろう駅と学校を行ったり来たりするスクールバスというものは、遅刻をすれば好きな席に座れるようだ。

 現在、時計の短い針は十の文字を指しており、長い針は十二を指している。入学式は九時からの予定だ。もうとっくに入学式は始まっている。

 少し時間があるからといって「制服着てみた」なんて、撮らなければよかった。ブレザーのネクタイというものは、案外結ぶのが難しい。




 *




 昇降口に張り出された大きな紙で自分のクラスを確認する––––二組だ。

 予定通りなら入学式はとっくに終わっており、現在教室では自己紹介の真っ最中とかであろう。

 ここは、YouTuberとして派手に挨拶をしたいものだ。遅れて登場するなんて、目立つだろうし、案外遅刻して良かったかもしれない。

 自己紹介は名前とチャンネル名を名乗るのがいいだろう。あとはやっぱり「チャンネル登録よろしく!」かな。

 派手に挨拶をしたいと言っておきながら、なんだか無難な感じになってしまった。

 いや、考えてもみれば自己紹介において「チャンネル登録よろしく!」はまったく無難ではない。むしろ、難が有る。

 まぁでも、YouTubeならやっぱり「チャンネル登録よろしく!」は言いたいものであり、一言でYouTuberアピールが出来るのだから、有難い言葉だ。難が有るから有難いとは変な話だが。


 自己紹介の内容を確認しているうちに、目的地の教室に到着した。中からは案の定、自己紹介をする声が聞こえてきていた。俺は深呼吸をして呼吸を整えてから、勢いよく扉を開いた。


「すいません! 遅れました! 自分は『ハルヒTV』という名で、動画投稿をしている『春日 千草』です! チャンネル登録よろしく!」


 しばしの沈黙。その後、「YouTuber?」「聞いたことない」なんて声が溢れる。

 好奇の目に晒されてる事には慣れている。一人ファミレスで食レポした精神は伊達ではないのだ。


「春日くんですねっ、席はそこなので座ってくださいっ」


 やたらと小さな女の先生に、座席を指差されてしまった。最悪である。スルーだ。

 しかし、どうしようもないので俺は大人しく、とぼとぼと指定された座席を目指す。

 周りからは嘲笑いとも取れるクスクス笑いが聞こえた。気にしない、気にしない。「出来ないけどボイパしてみた」を投稿した俺にはそんなものは効かない。

 そんな鋼メンタルとなりつつある俺の座席は、後ろから二番であった。

 席順はおそらく男女交互に名前の順って感じだ。なんでそう思ったかと言うと、同じ中学で苗字の最初の文字が『き』の男子生徒が、四つも離れた場所に座っていたからだ。『か』と『き』の間に四人も入るなんてあり得ない。

 カバンを机に置いて、椅子を引こうとすると、後ろの女生徒と目が合った。

 目が合った。

 目が合ったのだ。後ろの女生徒と。

 いや、俺は決して女子と目が合っただけで浮かれるような男ではないのだけれど、今回は浮き足立っても仕方がないように思える。


 何故ならそこには、画面の中でしか見たことがないような美少女が座っていたからだ。


 大きな薄茶色のツリ目に、小さな顔。髪の長さは肩に付く程度で、しかも脱色しているのか、洋菓子のようなふんわりとしたクリーム色に染まっている。普通だったら浮いてしまうような色だけれども、整った顔立ちに良く映えており、とても似合っている。

 駅前で立っていたらナンパされ、一カ月に三回くらいは、話したこともない男子生徒に告白されそうな可愛さである。

 YouTuberになればその美貌だけで、一カ月もすれば登録者一万人は確実だろう。羨ましい。

 顔のパーツ、全体像、一つ一つがバランスよく、完璧である––––ただし、目以外は。

 なぜならその美少女は、俺の事をものすごい勢い剣幕で下から睨み付けていた。


「あの、どうしたんですか?」


「……あなたに後で話があるわ」


 驚いた事に鋭い目付きとは裏腹に、やたらと可愛らしい声で凄まれた。

 声の種類で言うなら、毎朝起こしてもらいたくなる様な、ちょっと生意気ツンデレボイスである。「あんたのことなんか全然好きじゃないけど––––遅刻したら困るだろうから、起こしに来てあげたわよッ!」って感じだ。

 だがその可愛い声のおかげで、睨みの効力は半減だ。


「話って、その、どんな話ですか?」


 と、尋ねてみたが、彼女はそれ以上会話を続ける気はないのか、無言で「早く座れ」とさらに眉をひそめる。

 俺は仕方なく、嘆息しながら席に座り、他の生徒の自己紹介に耳を傾けることにした。宇宙人や、未来人を探しているエキセントリックな人は居ないらしい。

 それにしても今の声––––どこかで聞いた事があるような気がする。だが、記憶の扉を開いても彼女のデータはどこにもインプットされていなかった。

 そもそも知り合いにあんな可愛い人は居ない。

 高校に入学して、後ろの席にとんでもない美少女が座っているなんてある意味ファンタジーだ。美少女と遭遇しただけでファンタジーとは、なんとも小さなファンタジーだが。テラリウム的なファンタジーだ。

 だがそんな小さなファンタジーに一喜一憂しようにも、先程の聞き覚えのある声がどうにも引っかかる。モヤモヤする。とてもモヤモヤする。喉から出かかってもいないため、胃の辺りがモヤモヤとする。

 もう一度確認しようにも、何の用もなく振り返り、話しかけるわけにもいくまい。

 しかし、幸運にも前から「後ろに渡してください」と、プリントが回ってきた。ビッグチャンスである。

 俺はプリントを受け取り、自分の分を一枚取ってから後ろを振り向き、彼女の顔を真正面から見据える。


「何見てるのよ」


「なんでもありません」


 きつーい目で再び睨まれてしまった。俺はその恐ろしさに圧倒され、さっさとプリントを手渡してから、渋々前に向き直る。

 やっぱり見覚えはない。でも可愛かった。

 しかし、そんなチャーミングな人は、可愛顔などせずに、愛想よく微笑んだりもせずに、俺の背中、もしくは後頭部にレーザービームを照射するかの如く熱線を送り続けていた。

 後ろを向いたわけではないが、ジリジリと焼け付くかのような視線を感じる––––視線というか、光線だ。一体、俺の何が気に入らないんだが……。

 YouTuberに偏見を持っている類の人なのだろうか?

 そりゃ、確かにチャンネル登録者が欲しいからって、危ないことをする人もいるが俺は違う。やっていい事と、やっちゃダメな事の境界線くらいは分かってるつもりだ。

 川で泳ぐのは大丈夫だが、夜中に学校のプールに忍び込むのはダメだ。それくらいは分かる。

 前者は疑問に思われるかもしれないが、キャンプ場に行った事のある人なら、川で遊んだ事のない人は少ないと思う。

 実は川というのは「遊泳禁止」の看板がない限り、泳ぐ事が出来るのだ。いわば川というものは、公園や、海と同じ扱いであり、国民の共有資産として扱われる。

 もちろん、常識という枠組みからみれば街中にある川で泳ぐのはタブーだ。

 だが、法律上は禁止されてはいない。そこが大事だ。

 反対に学校のプールに忍び込むのは、例えその学校の生徒であっても不法侵入に当たる。分かりやすい例えをするなら、営業が終わったスーパーに忍び込む感じだ。

 管理者が許可をしていないタイミング––––つまりは、スーパーなら閉店後、学校なら戸締りをした後にその敷地内に入れば、建造物侵入罪に当たる。

 これは、法律に違反するためやってはいけないことだ。

 なんでこんなに詳しいかというと、もちろん調べたからだ。YouTuberにはやっていい事と、やってはいけない事がある。

 そして、YouTubeとは一切関係はないが、現在やってはいけないことは––––後ろを振り向く事である。


 やれやれ、席替えの日が待ち遠しい事で。

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