バーチャルYouTuberが現実世界に現れたらどうしますか?

赤眼鏡の小説家先生

プロローグ

 もし明日地球が終わるなんて言われたら、どうするかなんて俺には想像もつかない。

 美味しい物を食べるとか、お母さんの手料理を食べるとか、恋人と過ごすとか––––まぁ、色々あるだろう。

 ちなみにうちのお父さんは、寿司を食べると昔言っていた気がするね。

 他にも「宝くじが当たったらどうする?」なんてのもある。

 貯金するだとか、欲しいものを買うだとか、海外旅行に行くだとか、色々ある事だろう。

 ちなみにうちのお父さんは、定年までは働くと言っていたね。

 だが、どちらも非現実的な話なのである。宝くじは買っても当たらないし、朝テレビを付けても、「隕石が落ちてくる」なんてニュースは放映されない。

 どちらも、あり得る話だが––––あり得ない。


 だから突然、空から飛行石を持った少女が降ってくる事もあり得ないし、教室の後ろに美少女が座っていて、その美少女が宇宙人やら、未来人を探しているなんてのも空想に過ぎない。


 いや、本当はそうであって欲しかったのかもしれない。

 俺は心の何処かでは、非現実的な現実を望んでいたのかもしれない。


 毎日眠い目をこすって、電車に揺られながら登校するスクールライフよりも、アニメや、映画や、小説の話みたいな世界の方がよっぽど面白い。


 未知の世界に迷い込んで、なんか活躍したり、高校に入学したら、なんか美少女に囲まれてウハウハ高校生活を送ったり、なんか呪文やら、魔術やらが使えて、「えっ、これってすごいの?」なんて言ったり、あとはえーっと………………すまん、ネタ切れだ。

 だが、俺にはそんな能力も、体験もない。もしそんな世界に迷い込んだとしても、さしずめ俺の立ち位置は、「主人公の友達のギャグ要員」なんて位置付けだろう。まぁ、それでもいいさ。


 しかし、どんなに空想に夢を膨らませても、世界はとても忠実に現実であり、ネッシーはいつになっても動物園で見れないし、ちょっと暇な時に幽霊とテレビゲームで遊ぶ事もないし、目をつぶって集中しても身体が浮かび上がる事はないし、気になるあの子の好感度が数値化して見える事もない。


 だから、中学三年生になる頃には嫌でも気が付いたさ。「俺はラノベ主人公みたいにはなれない」と。ましてや、その登場人物、脇役になる事さえ出来ない。


 別にその事を悲観するわけでもないし、残念に思うこともない。気分的にはソシャゲのガチャで、いいのが出なかった時くらいのガッカリ感だ。「もしかしたら、当たるかな?」が外れた時のガッカリ感だ。


 だから俺は当たり前の様に開き直り、当たり前のように平々凡々な日常を受け入れている。

 絶世の美少女なんてテレビや画面の中の存在で、すれ違えば自慢出来る程度で十分だし、いきなり異世界に飛ばされでもしたら、母親は心配するだろう。

 

 だが、それでも––––どんなに言い訳の言葉を並べても、退屈しているという事に変わりない。憂鬱と言っても構わないかもしれない。何かないかと、色々な物に手を出してみるものの、続かない。いや、気持ちが入っていないのだろう。

 サッカーボールは、リフティングを十回も出来ないうちに何処かへ飛んでいったし、母親に頼んで買ってもらったスケボーも、今やクローゼットの中だ。いや、サッカーボールもクローゼットの中だった。

 そろそろ受験生らしく、勉強に精を出すのが正解とは分かりつつも、俺はちょっと息抜きと自分に嘘をついて、今日もYouTubeを見る。そこそこ面白い動画がタダで見れるのだから、暇つぶしにはもってこいである。

 別に好きなYouTuberがいるわけでもないし、ましてや、登録しているチャンネルすらない。

 言ってしまえば一期一会とも言える、動画と視聴者の気軽な関係を、俺は気に入っていた。


 ––––そんなある日、俺はある動画に出会った。


「今日は! この脱毛剤を! 頭からかぶって、シャンプーしちゃいたいなと、思いまーす!!」


 いるいる、こういう過激な事をして再生回数を稼ごうとするYouTuber。

 どうせ、脱毛剤って言ってもフェイクの物を被るんだろ?

 俺は動画を停止し、他の動画を見ようと思ったが、その人物の生え際がかなり後退しているのを見て、躊躇した。本当に髪が無い。ハゲだ。

 そして、その人物はお風呂場に移動し、バケツ一杯の脱毛剤(仮)を被る前に、カメラに向かってこう言った。


「おい、俺のことコメントで『生え際が後退してる』って書いたやつ! いいか、生え際が後退してるんじゃねぇ! 俺が前進しているんだ!!」


 笑ったさ、もう大笑いをした。人生でこれほど笑った事はないと言うくらいの大笑いをした。

 理屈を吹っ飛ばして、身体––––いや、毛根を張った、文字通りの渾身のギャグは俺の沸点を直撃し、腹筋がねじ切れるかと思うくらいの爆笑を呼んだ。


 この人は全力で視聴者を笑わせつつ、しかもそれでいて––––身体を張っているのに、楽しそうに動画を作ってる。


 俺はその動画を数回再生し、腹筋がシックスパックになるかと思うくらい笑った後に、自然と「YouTuberのなり方」と検索をしていた。


 一本のふざけた動画ではあったが、俺の退屈な日常は終わりを告げた。

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