020 『黄昏シンキング』

 撤収作業の後、俺は報酬と言う名目でテルさんにジュースを奢ってもらい、それをトラックの荷台に座りながら飲んでいる。

 というか、授業中だというのに学長であるテルさんは俺の事を全く注意しない。

 姫先輩もそうだが、越谷家の人は授業など関係ない! って感じの家系なのだろうか。

 あの後実は、俺も飛んでみたいとお願いしたのだが、テルさんに「俺は孫の顔が見たい」と言われ断られた。

 深く考えるのはよした方が良さそうだ。


「ハルヒ君」


 唐突にテルさんに呼ばれ、俺は顔を上げた。


「なんですか?」


「約束の写真だ」


 そう言ってテルさんは一枚の写真を見せてくれた。

 そこには小さな可愛い女の子が、気怠げな表情で真っ白のジグソーパズルをしているのが写っていた。


「可愛いですね」


「だろう!」


「姫……花さんは、昔からこんな感じだったんですか?」


 それは可愛いという意味ではなく、気怠げという意味での質問である。

 楽しそうではないという意味での質問である。

 真っ白のジグソーパズルなんてどう考えてもおかしい。ジグソーパズルの楽しみ方としては、明らかにおかしい。

 普通は絵を見て、そのピースをどこにはめるのかを考えるものだが、全部同じ絵柄ではそれが出来ない。

 全て形だけで、どのピースかを判断する必要がある。

 テルさんも俺の質問の意図を察していたようで、


「まぁな、姫花は昔からこうだった。子供の頃から誰よりも賢かった」


 と教えてくれた。

 子供の頃から誰よりも賢かった。その度合いがどの程度のものかは俺には分からないけれど、おそらくかなりである事は間違いない。

 姫先輩は話しているだけで、異質な物を感じる。

 きっと天才から見ても、天才と思われてしまうような感じだ。


「あの、姫花さんはどうして授業に出ないんですか?」


「『知っている』だとさ」


 あれはやはり、冗談では無かった。IQが二十違うと、会話が成立しないという話を聞いた事がある。

 俺と姫先輩の会話は成立していない。姫先輩が合わせてくれているだけだ。


「ハルヒ君、君は姫花のお気に入りだそうだな」


「えっ、そうなんですか?」


 唐突過ぎるその情報に、キョトンとしてしまった。そういえばノ割も同じような事を言っていた気がする。


「だから、まぁ、なんだ––––これからも、その、姫花と仲良くしてやってくれ」


「もちろんです」


 俺が二つ返事でそう答えると、テルさんはニカッと笑って、歯とおデコを輝かせながら背中を向け、校舎へと姿を消した。


「………………」


 天気がいい。

 四月にしては少し寒気もするが、日の当たる場所でこうしている分には暖かく、ポカポカとした陽気に包まれる。

 昼間なのに黄昏てしまう。

 考えてしまう。


 テルさんとラジコンを楽しんでいたため忘れてしまっていたが––––先程考えていた事を。

 俺が視聴者を蔑ろにしていた事を。

 視聴者に楽しんでもらおうという気持ちを忘れてしまった事を。


 でもそれと同時に、テルさんが動画なんて関係なしに楽しんでいた事を思い出した(実際カメラで撮ってなかったので、本当に楽しんでいるだけだったし)。

 再生回数や、チャンネル登録者も関係なしの、ただ自分が楽しんでるのを映すだけの動画。

 それが面白いかはともかくとして、よく考えてみれば動画に映っている人が楽しんでいるか、楽しんでいないかなんて、見ればすぐに分かる。

 テルさんは楽しんでいる。


 俺は––––楽しめているのか?


 確か初めて撮った動画は、メントスコーラの動画だった。

 最初はメントスコーラだろうと思って、スーパーでコーラとメントスを買ってカメラを回した。

 コーラにメントスを入れて、泡が吹き出る瞬間にワクワクしなかったかと言われたら嘘になる。


 ––––驚いたし、ビックリもした。


 動画で見ている分には何とも思わなかったものだけれど、いざ自分でやってみると、案外ビックリするものである。

 その時に楽しめてなかったかと聞かれて、楽しくなかったと答えたら––––嘘になる。


 じゃあ、ねるねるねるねの動画はどうだ?


 一万回もかき混ぜて、腱鞘炎けんしょうえんになるかと思うくらいかき混ぜて、お前は楽しかったのか?


「………………」


 楽しくなかった。

 いや、多分動画を撮り始めた頃なら楽しかったと言えたかもしれない。

 メントスコーラの後に、一万回混ぜたらきっと楽しかったかもしれない。

 つまらないのは動画ではない、つまらないのは––––俺だ。


 自分が楽しめてないのに、視聴者が楽しめるわけがない。


 そんな当たり前の事に気が付かないなんて、俺は何をやっていたのだろうか。

 ノ割は俺の良い所に「楽しそうに動画を撮っている所」とちゃんと言ってくれてたではないか。

 再生回数や、チャンネル登録者数を気にするうちに、俺はそんな当たり前の事も忘れてしまっていたらしい。

 動画を作る目的が、面白い動画から再生数が伸びそうな動画にいつの間にか変わっていた。

 ノ割はきっとその事に気が付いていたのかもしれない。

 言い方がやたらと遠回しだったのも、自分で気付いて欲しかったからかもしれない。


 ノ割のアドバイスの殆どは、チャンネル登録者や、再生回数を増やすものばかりだった。

 投稿時間、サムネイルの作り方、動画タイトル、SNSの活用、編集、動画のネタ。そんなのばかりだ。おそらく、俺がそういうのを望んでいたからだろう。


 しかしあの時だけは、明確に動画内容ではなく––––俺個人に対するダメ出しであった。

 ネタの選び方がダメって感じの言い方だったけれど、実際はそういう事を言いたかったのかもしれない。

 憶測でしかないのだけれど。


「………………」


 もう一度、空を見上げる。天気がいい。


「なーに黄昏てるのよ」


 再び唐突に声をかけられた。最近よく耳にする可愛い声で。

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