019 『水面エンジョイ』
俺はテルさんからラジコンの操縦のレクチャーを受け、ある程度はどのレバーがどこを動かすものなのかを把握した。
把握しただけだが。というか現在授業中なのだが。
大きな声を出すのは控えた方が良さそうだ。
「よしっ、じゃあとりあえず飛ばしてみろ!」
「は、はぁ……」
そう言われても正直困るのだが、やると言った以上––––やるしかない。
「じゃあ、浮かしますよ」
「おう」
コントローラを操り、ラジコンを飛翔させようと思ったのだが、テルさんの説明によると、このラジコンは飛ばすのに滑走路が必要らしい。
プールに滑走路なんてない。プールサイドを走らせるのだろうか?
「あの、テルさん、滑走路ってどうするんですか?」
「今回のは水上機仕様だ、プールの上を走らせてみろ!」
確かに下側には、フロートが付いている。
「じゃあ、プールに浮かせてから、加速させる感じですか?」
「よくは知らん!」
「………………」
行き当たりばったりにも程がある。本当に姫先輩のお父さんなのだろうか。
とりあえず俺はテルさんに断りを入れ、スマホで検索をして、にわか知識とも言える水上機ラジコンの飛ばし方を調べた。
にわか知識でも、無いよりはマシだ。
まさか、学校で水上機ラジコンを飛ばす羽目になるなんて、誰が想像しただろうか?
俺はラジコン部ではなく、ユーチュー部なのに。
テルさんが学長だから、ユーチュー部があるのかな。
「あの、テルさん」
「なんだ、ハルヒ君」
「その、ユーチュー部ってテルさんが作ったんですか?」
「いいや、申請をしたのは姫花だ」
ユーチュー部を作ったのは、姫先輩だったのか。
じゃあ、ユーチュー部って言うダサい名称を決めたのも––––もう、この事を考えるのはよそう。
俺は水上機ラジコンを抱えて、そっとプールの水面にフロート部分を付けてみた。軽く浮遊感があり、この手答えなら––––浮く。
俺はゆっくりとラジコンから手を離した。
浮いてる。
「テルさん! 浮きましたよ!」
「ウキウキしちゃうな!」
「………………」
うん、姫先輩のお父さんだこの人。
いや、ウキウキしている事に間違いはないのだけれど。
「じゃあ、飛ばしますね」
「うむ、ガッツリな!」
ガッツリってなんだろうと疑問に思いつつも、俺は電源を入れ、セスナのプロペラを回す。結構音がデカいが、プールは校舎から少しだけ離れた位置にあるので授業妨害にはならなそうだ。
先程調べたにわか知識によると、十分に加速させたら機体が浮かび上がるので、浮かんだら高度を取ればいいらしい(むしろ難しいのは着水の方だ)。
まぁ、でもだ。
テルさんは壊してもいいって言ってたし、とりあえずやってみるか。
YouTuberはチャレンジが大事だ。
「いくぞ……!」
俺は覚悟を決めて、ラジコンを動かした。ラジコンは水面を滑るように加速し、あっという間に機体が少し浮かび上がる。
そのタイミングを逃さずに、急ぎ過ぎだとは思ったが、コントローラのレバーを上に向け、上昇の指示を送る。
すると、ラジコンは少し危なげな動きを見せるが浮かび上がり、そのまま上昇させ続けると、安定とも取れる高度に達した。
「飛んだ! テルさん! 飛びましたよ!!」
「やるじゃないか、ハルヒ君! 流石は姫花の彼氏だ!」
違いますよ、と否定したいところだがそれどころではない。
それどころではないのだ。
ラジコンは現在俺たちの上空を飛行中なのだが、旋回させているだけで手が震えてくる。
我ながら、これだけでも良くやった方だと思う。
旋回させるたびに、レバーを動かす指に変な力が入る。正直代わって欲しい。
「テ、テルさん! 俺もう無理ですよ!」
「いや、いいじゃないか、筋があるぞ!」
「もう無理ですって! 代わってくださいよ!」
俺はそう言ってなかば強引にテルさんにコントローラを押し付けた。
すると、テルさんは俺以上にあわあわとし始めた。
ラジコンは俺が飛ばしていた時よりも、不安定に飛行している。
「バカヤロウ! 俺は無理だ!」
「なんでですか!」
「自分で飛ばせないから、頼んだに決まってるだろ!」
「………………」
––––なるほど、飛ばなかった原因でもある『ラジコンの操縦が自分じゃ出来なかったから』って言うのは、あながち間違いではなかったらしい。
テルさんは慌てた様子で、俺にコントローラを返してきた。
俺はそれを受け取り、先程の同じようにラジコンを上空で旋回させた。
なんか、自分以上に出来ない人を見ると逆に冷静になってしまう心理作用である。
––––とりあえず、着水させないと。
俺はラジコンを旋回させながら、徐々に高度を落とし、プールに対して長く滑走路を確保出来るように、ゆっくりとラジコンを降下させる。
不安。
緊張。
動悸。
手が震え、心臓もバクバクとしているのを感じる。
俺は逃げ出したくなる気持ちを抑えながら、ラジコンが水面に近付いたのを見て、ゆっくりと高度を下げた。
ラジコンは水面に接触すると、一度バチャンと音を立てて跳ねるが、その後は滑るように水面を走る。
俺の口から、深い溜息が漏れた––––よかった。
なんとか、着水する事が出来た。
「上手いじゃないか、ハルヒ君!」
「……どうも」
二回目は絶対に無理だ。ビギナーズラックもいい所である。
だが、俺の口から文句の言葉は出てこなかった。
相手が憧れのYouTuberだからとか、そういうのではなく、単純に楽しかったのだ。
ラジコンを飛ばすのが楽しかったのだ。
確かにドキドキもしたし、ヤバいとも思ったのだが、それ以上に楽しかったのは間違いない。
終わってみれば、俺は何だかんだ言って、ラジコンを飛ばすのを楽しめていた。
だが、終わっていなかった。
「じゃあ、そろそろ飛ぶかな!」
「嫌ですよ、俺はもう飛ばしませんからね!」
俺は断ったが、テルさんはおもむろに上着とズボンを脱ぎ出した。
「何やってるんですか!」
「俺が水に浸かってラジコンを持つから、浮かしてくれ!」
あ、それならちょっと浮きそうかも。それに、浮くなら浮くで見てみたい気持ちもある。
それにこの方法なら、水面にまたラジコンを着水するような事は無いだろうし、浮いたとしてもテルさんが水面から足の先まで浮く事は無いだろうから、先程に比べたら全然楽だ。
「……分かりました、やりますよ」
「よし、じゃあ早速やるぞ!」
テルさんは元気にそう言うと、ラジコンを持ってプールに浸かる。
「冷たぁ!!」
四月だもんな、そりゃ冷たいよなぁ。
テルさんはそのまま文句を言いながら、プールの中央付近までそのまま進むと、ラジコンを掲げて、こちらに呼びかけてきた。
「いいぞ、やってくれ!」
「了解です!」
俺も大きな声で返事をしてから、ラジコンの電源を入れ、上昇のレバーを倒してみた。
「うおおおおおおおおお!!」
「………………」
テルさんは意味の分からない叫び声を上げているが、全く浮いてない。
「うおおおおおおおおお!!」
「………………」
テルさんは意味の分からない叫び声を変わらず上げ続けているが、全く浮いてない。
「うおおおおおおおおお!!」
「………………」
こりゃ、無理だ。
俺は諦めて、ラジコンの電源を落とした。
テルさんもそれを見て、肩を落としながら、プールから上がってきた。
「やっぱ、無理だったかぁ」
「いけそうだとは思ったんですけどね」
「まぁ、でも楽しかったからよしとするか!」
俺よりも楽しんでいた気はする。というか、動画の事なんて全く考えずに楽しんでいただけの気がする。
ここで、ある事に気が付いた。YouTuberとしてもっとも大事な事に。
「あの、テルさん、カメラはどこですか?」
「……撮るの忘れてたぁ––––––––!!」
本当に楽しんでいただけだった。
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