021 『ノ割バクバク』
「サボりじゃないぞ」
とは言ったものの、なんて説明しようか悩んでいると、ノ割は俺が腰掛けているトラックを見て大体の事情は察してくれたようで、
「あぁ、テルさんと遊んでたのね」
と、名推理をしてみせた。大正解である。
ノ割はトラックに腰掛ける俺の隣を軽く払ってから、ちょこんと座った。
近い、俺が少しでも動けばノ割と肩が触れそうな距離である。
まぁ、トラックの荷台は狭いから座ろうと思ったら、そうするしかなかっただけだろう。電車の椅子に座るようなものだろう。実際バスで一緒に座る時も、このくらいの距離だし。
本当は先日の事もあったので、ちょっと気不味い感じかと思っていたが、そんな事は無いらしい。
「なぁ、なんでテルさんが学長だって教えてくれなかったんだよ」
「なぁに、好きだったの?」
「かなり」
それを聞くとノ割は妙に納得した表情をした。
「だから、動画でアホな企画ばかりやってたのね」
「アホって言うな」
「それで、昨日のは何だったのかしら?」
「……すいませんでした」
「謝るんじゃなくて、帰ったわけを話しなさい」
俺はそっぽを向いた。ワザとらしく。言いたくないし。
「なんでジェスチャーが機嫌の悪い時の犬なのよ」
「俺は犬だからな」
「姫先輩の言うことなら聞くわけ?」
「頼まれてもいないのに、マヨネーズ買ってきたぜ」
ノ割にマヨネーズを見せた。
ノ割はそれを見ると複雑な表情をしていた。何やってんだ、コイツみたいな顔だ。
「なんだよ、その顔」
「なぁに、可愛いでしょ?」
自信満々の表情である。自分が可愛いのを知っている表情である。
「日本では自分で自分の事を可愛いって言う奴の事を、可愛くない奴って言うんだよ」
俺がそう言うと、ノ割は俺の顔を覗き込んできた。
「じゃあ、可愛くないんだー?」
「はいはい、可愛い、可愛い」
ノ割は急にムスッとした表情を浮かべた。毎日、嫌になるくらい見ている顔だが、近くで改めて見ると、すごく可愛い。
その薄茶色の瞳に俺の顔が映っているのが、はっきりと見える。
「あの、ノ割さん」
「あによ」
「近いと思うんですけど」
「問題あるの?」
「ありまくりだよ!」
ヘリを着水させた時より、心臓がバクバクしてるわ!
ノ割に聞こえてないか心配だわ! 鎮まれ! 控えおろう!
「なら、さっきの質問に答えてくれたら、許してあげるわ」
許してあげる。これは拷問だったのか。確かに有効な拷問と言えるかもしれない。
見つめられるのが、拷問だなんて斬新過ぎる気はするけれど。
………………。
別に意地を張って、プライドを張って隠すような事でもないか。観念するか。
「……俺はな、悔しかったんだ。ノ割の方がチャンネル登録者が多いのが」
全く説明にはなっていなかったが、ノ割は「ふぅーん、それで?」と話の続きを促してくれた。
「だから、えっと、その、対抗意識みたいな感じでだな……登録者とか再生回数とか増えないのを焦ってたかもしれない」
「あたしの存在が、さらにそれを加速されちゃったのかもね」
「それから、その……」
「なぁに?」
「最近の動画、なんかダメだなって思った」
「なんだ、意外と分かってるじゃない」
「自分で昔の動画見返してみたんだけど、リアクションがガチのやつだった」
初めの頃の動画。まだ、何も知らなかった頃の動画。
今にして思えば芋臭さを感じるけれど(正直今もそこまでいい動画とは言えないけれど)、それでも良さはあったと思う。自己評価だけど。
「あたし、メントスコーラの動画の床をびちゃびちゃにして『お母さんに怒られる!』って焦ってる所が超好き」
「なんだよそれ……」
ノ割のウケポイントは、どうやらお母さんが関わっているらしい。
俺は母親フラグ系YouTuberだったのか。
「なんか、最近の動画は再生数ばかりを重視して、その、なんていうか––––撮ってて楽しくないんだ」
「とりあえず今日も動画撮りましたよー感が出まくりだったわ」
「嫌々撮っていたわけではないけれど、前みたいにワクワクはしなかなった」
正直、ねるねるねるねかき混ぜる時、「俺何やってんだろ」って思ってたもん。
しかし、ノ割は俺の意見を真っ向から否定する。
「でもあたしは数字を狙うのは悪い事じゃないと思うわ」
「なんでだよ」
「自分の好きな動画を撮って上手く行くってのは、かなり難しい事だもの。ある程度数字を狙って行かないと、見てもらえないのは確かよ」
ノ割は、ねるねるねるねじゃあ数字は取れないと思うけどねと苦笑いをしながら付け足した。
「こういうのはね、バランスが大事なのよ。自分のやりたい事と、世間でウケる事の間で––––丁度いい位置を自分で探すのよ」
丁度いいバランス。数字を狙う。自分のやりたい事で。
………………分かんね。
「どうすればいいと思う?」
「あたしにそれを聞くの?」
あたしに負けたくないんでしょ、とノ割は意地悪な笑みを浮かべる。
「まぁ、知っていたけどね、対抗意識あるの」
「……なんで知ってんだよ」
俺は昨日それに気が付いたばかりなのに。姫先輩か!
「だって、ハルはあたしや姫先輩に頼らなかったじゃない。普通こう思うはずよ、『コラボしてください』って」
「………………」
確かにそうだ。普通はそう考えるはずだ。姫先輩はともかく、ノ割にはそう思ってもおかしくはないはずだ。
考えなかった。一切そんなこと思い付きもしなかった。
「あたしはハルのそういう変に甘えない所は好きよ」
「どうせ、断るだろ?」
「そうね、断ったわ」
ノ割側にメリットは一切ない。仮にメリットの有無を度外視したとしても、底辺と人気急上昇中のVtuberでは立場が違い過ぎる。
「何だかんだで編集も〝やってもらう〟じゃなくて、〝自分でやる〟だもんね」
「シェンカちゃんの負担になっちゃうだろ」
「その『人に迷惑をかけない』精神は立派よ。きっとハルは炎上なんてしないわ」
仮に炎上するような事をやったとしても、今の再生数だと煙も上がらなそうだ。苦笑いである。
「なーに、笑ってるのよ」
「何でもないさ」
俺はノ割の方に向き直り、真っ直ぐにノ割の瞳を見据える。ちょっと照れ臭いけど。
「ノ割、どうすれば俺の動画は良くなると思う?」
「そうねぇ……」
ノ割は少し意地悪な笑みを浮かべた。
「気分転換をしましょう」
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