029 『忍者グラビア』
ハサミがチョキチョキと動く音が、耳元から聞こえる。
軽やかな手さばきで、ノ割は器用にハサミを扱い、俺の髪を短くしていく。
あまりの器用さにこの技術がゲームとか、先程のクレーンゲームに活かされてるのかなと、勝手に想像してしまった。
そんな俺のふざけた思考は他所に、時折、正面の鏡を見ながら、全体像を把握しているノ割の表情は––––真剣そのものである。
というか、目が合った。気まずい。
「あの、雑誌とかは出ないんですかね」
「本の間に挟まったの髪の毛を取るのは、誰だと思ってるのよ」
「すいませんでした」
美容師というのも大変なようだ。先程も言ったけれど、タダで切ってもらうのだから、余計な注文を言うのはよした方が良さそうだ。
なに、こうやってノ割の真剣な表情を見ているだけでも、結構楽しいものだ––––可愛いし。
「あ、ほく毛見っけ」
「超恥ずかしいな、それ」
「大丈夫、あたししか知らないから」
「ちなみにどこにあったんだ?」
「首筋ね、真後ろの所––––」
ノ割が鏡の中で悪戯っぽく笑うのが見えた。
「 ––––もしかしてアクセサリー?」
「なんだよ、さっきの仕返しかよ」
「冗談よ、切ってあげるからジッとしてなさい」
ハサミが首筋に当たり、ヒヤリとした感心を覚える。
その後、ゆっくりとチョキンという音が聞こえた。
「はい、切れた」
ノ割は切れた毛を、俺の目の前に持ってきた。少し太くてチョロチョロと縮れている。コイツは恥ずかしい。
「見せなくていい」
「値札の仕返しよ、この毛は永遠に保存してやるわ」
「俺は永遠にその毛の事でいじられるのか!」
気分は親戚や両親の「あんたは子供の頃にこんな事をやってたのよねー」に近い。子供の頃にやった何かで、永遠にいじられるやつだ。
「ジップロックに入れてあげるわ」
「お前、そこまでして俺をいじりたいのか!」
「いじってるのは、髪の毛だけどね」
くだらない洒落を言われた。姫先輩を見習って欲しい。
こんな風にお喋りをしながらもノ割は手を止める事なく、俺の髪を切っている。
美容師はトーク力が高いイメージがあるけれど、なるほど––––そのトーク力の高さをゲーム実況に活かしているわけだな。
美容師と、ゲーム実況に共通点を見出すとは思いも寄らなかった。
「本当はね、出かける前に切ってあげようと思っていたんだけどねー」
遅刻しちゃったし、とノ割。
「そもそも、今日はなんだったんだよ」
「楽しくなかった?」
「そりゃ……楽しかったけどさ」
俺の返答を聞くと、鏡の中のノ割はニコっと微笑んだ。
………………。
やっぱり、コイツはレーザービームなんか照射してないで笑っていた方が絶対にいい。
「でも楽しかったからと言って、俺の動画は面白くなるのか?」
「ちなみに明日の動画は何かしら?」
「まだ考えてない」
「じゃあ、今考えてみて」
そんな急に言われても困るが、確かに今のうちに考えておく事は悪くないかもしれない。
そうだ、せっかくだし、今日のお礼にノ割が楽しめそうな動画とか良いかもしれない。
確かノ割は、うちの母親が絡んでいると面白いって言ってくれてたな。
明日の晩御飯は分からないから、「母親の作った○○食べてみたシリーズ」は無理だな。
うーん。
………………。
母親、室内、俺の部屋……見つかりたくないもの、とか…………エロ本。そうだ!
「『性のガーディアン、お母さんからエロ本を守れ! エロ本の隠し場所トップ5!』」
「…………面白すぎるわ、それ」
ノ割はビックリした表情を浮かべていた。
「そうか?」
「それはかなり良いと思うわ、ちなみにどこに隠す予定なのかしら?」
「そうだな……その一、定番、ベッドの下」
「まぁ、ありがちね、次は?」
次か……そうだな、そうだあの天才の隠し方はどうだろうか?
というか、ちょっと楽しくなってきたぞ! テンション上げて行くか!
「その二、あの天才もやっていた! 他の本と一緒に本棚へ! あーあ、また騙されちゃったな」
「駄目だコイツ! 早くなんとかしないと!」
ノ割もノリノリである。この調子で次も行くぜ!
「その三、父親の部屋! 万が一バレても濡れ衣作戦!」
「なるほど、手を汚さない作戦ね!」
「その四、最強! トイレのタンクの中!」
「エロ本界の忍者ね!」
「その五、天井に貼り付ける!」
「人の死角を突いてきたわね! というか、こっちも忍者じゃない!」
その通り、ノ割の忍者というワードからヒントを得た。
「どうかな?」
「やるわね、ハル、これは企画としても面白いし、内容もいいわ」
その後、ノ割は数回ウンウンと頷いてから––––話を続ける。いや、この話の問題点を指摘する。
「ハルはエロ本持ってたのね」
「……えーと」
「別に引いたりしないから大丈夫よ」
「………………」
お心遣い痛み入るが、実は問題はそこではない。女の子にエロ本持っていると思われた事が問題ではないのだ。
そして、ノ割もその問題に気が付いたようだ。
「まさか本当に持ってないの?」
「……そのまさかだ」
いやだってさ、恥ずかしいじゃん?
いや、欲しくはないけどさ、いざ買うとなると恥ずかしくて買えないじゃん?
いや、欲しくはないんだよ? もしも買うとしたらの話だよ?
もしもだから、そこ勘違いしないように。
「…………今までその、スケベって言って、ごめんなさいね」
「いや、いい」
まぁ、ノ割の誤解が解けたならオッケーって事にするか。よかった。
「エロ本も堂々と買えない、本物のムッツリスケベだったのね」
「悪化した⁉︎」
「大丈夫、姫先輩には黙っておくわ」
「それは助かるけど、俺はスケベでもムッツリスケベでもない!」
事実だからな、絶対俺はスケベではない。うん、間違いない。
俺がスケベという事実も、ネットで『巨乳』と検索した履歴も存在しない。
「でも良かったわ。言おうと思っていたけれど、エロ本は一八禁だから年齢的に動画で使ったらまずいと思うわ」
確かにその通りだ。最近はそういう所、厳しいからなぁ。
「どうすればいいかな……」
「グラビア写真集とかでいいんじゃない?」
「おぉ、それだ!」
ノ割はこういう所、妙に頭が回るんだよな。賢いというか、知恵があるというか。
ペヤングを作る時に、麺の下にキャベツを入れる的な賢さがある。
「帰りに買っていくよ」
「動画に使うという名目で、堂々と買えるわねー」
「違う、本当に動画に使うだけだ」
そう、動画のネタに使うだけだ。他の用途には使用しない。
そもそも母親に見つかったらアウトだし。
ノ割の言う気分転換。どうやら本当に効果はあったらしい。
「やっぱり、ハルはそういう動画の方が面白いわよ」
「うん、ちょっと俺も楽しい」
ここで会話は一旦中断となり、俺は切った髪を洗い流すからとらノ割に再びシャンプー台に案内された。
心なしか、ノ割の表情が弾んでいるように見えた。
今まで見たこともないくらいの––––笑顔である。
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