027 『ノ割アイス』
周囲から、様々な音が同時に聞こえる。なんの音かはよく分からない。
いやそれは、俺が絶対音感とか、相対音感とか、そういうのを持っていないから、音程が分からないのでもなく––––いくつかの音を同時に聞いているため、どれがどの音なのか分からないのである。
俺は聖徳太子ではないので、その音がなんの音なのか正確に言い当てる事は出来ない。
まぁ、言っちゃえばゲームセンターに来てるだけなんだけどね。
目の前では、ノ割が神妙な面持ちでガラスに張り付きながら、ボタンを押していた。
UFOキャッチャーである。
俺はそれを後ろから静かに見守っている。
「……ふっ、貰ったわ!」
ノ割の勢いのいい掛け声と共にUFOキャッチャーのアームは見事にチェーンを捉え、思わず「上手い!」と口にしてしまうほど芸術的な腕であった(アームだけに)。
その後、ノ割は俺に、今取ったばかりのキャラクター物のキーホルダーを、自慢げに見せびらかした。
「ハルも欲しいのがあったら、取ってあげるわよ」
取ってじゃなくて、取ってあげるである。それほど自信があるということなのだろう。
現にノ割は五百円六回プレイではなく、百円ワンプレイで確実に仕留めた。
ノ割のゲームセンスは、オールジャンルらしい。
「いや、特にないかな……」
俺が辺りを見渡しながら断るとノ割は、ゲーセンにありがちなビックなお菓子を指差した。
「じゃあ、妹ちゃんへのお土産でお菓子でも取ってあげるわ」
「いや、かさばるからやめてくれ」
「なら、アイスでもどう? 奢るわよ」
「いいのか?」
「もちろん」
ゲーセンの自販機のアイスは結構好きだ。他に置いてある場所といえばプールとかだった記憶がある。
スーパーやコンビニでは売ってないアイスは、なんだか特別感がある。
しかしこれから食べるアイスは、スーパーとかコンビニで売っているものになりそうだと悟った。
何故なら、ノ割がハーゲンダッツのクレーンゲームにお金を入れるのが見えたからだ。
「味はどうするー?」
「選べるのか?」
「任せなさい」
ノ割の腕次第ならぬ、アーム次第ってわけか。
「じゃあ、クッキーアンドクリームで」
「オーケー、見てなさい」
ノ割が狙いを定め、ボタンを押し、アームを動かす様を見守る。
見守る。
見守る。
………………。
ワンコインで二個取りやがった。ハーゲンダッツって一個いくらするんだっけ、税込だったら一個三百円くらいするんだっけ。
二個で六百円––––百円で取った。
小学生並みの計算だが、儲け過ぎだと思う。
「はい、どーぞっ」
ノ割から渡されたアイスとスプーンを受け取り、手近な椅子に座って、それを食べる事にした。
ちなみにノ割の方はグリーンティーと言う名の抹茶である。
蓋を開き、中蓋を開いてから、スプーンでアイスをすくう––––ちょっと硬い。
「冷たすぎるだろ」
「手で揉むといいらしいわよ」
ノ割はカップをペコっとしてみせた。俺もそれを真似してカップを数回凹ませてから、もう一度アイスをすくってみた。ちょっとだけ、柔らかくなった気はする。
時刻は、十五時に近い時間である。オヤツには最適な時間とも言える。
しかし、一向にノ割の意図が掴めない。
俺は確か「動画をよくするためにはどうすればいい?」とノ割に尋ねた筈だ。
その返答が「気分転換」である。
こうやって映画を見て、スタバに行って、ゲーセンに来るが気分転換にならないかと言ったら嘘になる。
実際楽しいし。
だが、そうやって楽しい思いをしたからと言って、別に俺の動画が良くなるわけでもないだろう。
「そういえば、カメラ持ってきてないのね」
「あぁ、前に『身元がバレるから外では撮らない方がいい』って注意されたしな」
「あー、そんな事も言ったわね」
あれ、それを言ったのは本当にノ割だったのだろうか、と俺は疑問に思ったのだけれど、まぁ、それを本人が言うのだからきっとそうなのだろう。
ノ割はそういう事、よく言うしね。
「アイス溶けちゃうわよ」
「あ、あぁ」
確かに俺のアイスは少し溶け始めていた。
「ねぇ、一口ちょうだい」
「構わないぞ」
構わないというか、実質ノ割のアイスみたいなものなので、俺に断るという選択肢は最初から存在しない。
俺は自身のカップをノ割に差し出した。が、ノ割はそれを見て不満そうに唇を尖らせた。
「ねぇ、ハルはティッシュ取ってって言われたら箱ごと渡すタイプなの?」
「はぁ? なんだよそれ」
何となく想像をしてみる。妹に「ティッシュ取って」と言われたら、多分––––箱ごと渡すな。
「その例えが何なのか分からないけれど、俺は箱ごと渡す派だ」
「なら後学の為に教えてあげるわ、女の子に『ティッシュ取って』と言われたら、二枚渡すとモテるわよ」
なるほど……確かに、鼻をかむにしても、口を拭くにしても、枚数が多い方が肌触りはいいと思う。
「お前は本当にイケメンだな」
「顔がいいのは否定しないわ」
ナルシストめ、無視して話を進めよう。
「それで、そのティッシュとこのアイスが何の関係があるっていうんだ?」
「普通、あーんってやって食べさせてあげるでしょ。気が利かないわね」
「………………」
よく分からないけれど、そういうのは恋人同士がやるんじゃないのか。
いや、それは偏見なのかな……分からないけど。今日は分からない事だらけである。
まぁ、ノ割には世話になってるし、映画も、スタバも、アイスも奢って貰ってるのだから、お願いくらい聞くさ。そのくらいのお願いなら安いものさ。
俺は自身のカップからアイスをすくい、それをノ割に差し出した。
「あ、あーん」
「ぎこちないわねぇ」
「早くしろよ」
「はいはい、分かってるわよ」
言ってノ割は、スプーンに口を付け、アイスを食べた。
その後、ノ割はスプーンを吸うようにして口を離したため、俺はスプーンを握る指に少し力を込める必要があった。
「うん、美味しいわ。少し溶けてるけど」
「そりゃ、良かった」
俺はノ割が口を付けたスプーンを少し見てから、そのスプーンでアイスをすくい、頬張った。
なんだか、ちょっぴりアイスが甘くなったのは、気のせいだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます