第31話 旅立ち

 左門と栞の生活は落ち着きを取り戻した。表札は依然として[西陣 左門・栞]のままだが、その裏側で、たったひと夏の間に、[長女 西陣 栞]→ [長女 高井 栞] → [妻 西陣 栞] になっていたなんて一体誰が想像できただろうか。


 そんなある日、新たに買い替えたスマホをのぞいていた栞が言った。


「お父さん、明日、挨拶に来るって」

「またベルギー戻るんだって言ってたなあ」

「うん、そう」



♪ ピンポーン


 翌日の昼下がり、インターフォンが鳴った。栞がモニターを見て喋っている。

「パパー、時間ないんだって。だから共同玄関で挨拶だけするって」

「ふうん」

 左門と栞は共同玄関へ降りた。忠興は相変わらずにこやかだ。


「すみません、遅くなって時間なくなっちゃって。今夜の便なんで」

「いえ、大変ですね。しばらく向こうで山籠もりですか?」

「いやその前に向こうで結婚式を挙げる予定なんですよ」

「はい?」


 栞もきょとんとしている。左門は恐る恐る聞いた。

「誰が結婚するんです?」

 前科一犯の忠興だ。油断ならない。

「いやあ、お恥ずかしいけど、僕たちのです。ほら、出ておいで」


 共同玄関の影から現れたのは・・・ 由良だった。


「あ?え?山室さん?」

「ハーイ ニッシー!、ニッシーは栞ちゃんに取られちゃったけど、オオモノ釣り上げちゃった」

 

 由良は悪戯っぽく笑った。

「意味が解んなーい」

 栞もふくれている。忠興が言った。


「話すと長いんで後ほどゆっくり報告しますけど、こっちは赤い石のご縁なんですよ」

「赤い石?」

 左門と栞が同時に叫んだ。由良が胸元のペンダントをそっと手で持ち上げる。形は栞のペンダントと同じだ。

「栞ちゃんはお気に召さなかったって、どこかで聞いたんだけど大丈夫よ。ルビーだと思ってたけど違うんだって。忠興さんが言ってた。それに栞ちゃんとおソロなのよ。だって私は栞ちゃんのママなんだから」


 左門と栞は開いた口がふさがらなかった。


「じゃ、すみません、タクシー待たせているんで。栞のこと、よろしくお願いします」

 忠興と由良は腕を組んで颯爽と去って行った。左門と栞は声もなくエレベータに乗り込んで5階に上がる。玄関を開けて部屋に戻った途端、

「あーびっくりした!」

 二人は同時に叫んだ。そして涙が出るほど笑いあった。

「さっすが栞のお父さん!山師って言うだけある!」

「パパのお父さんでもあるんだよ!」

「そりゃそうだあ。それによく考えたら由良さんって俺のお義母さんなんだ!」

「うん、新しいお母さん、きれいだった。ピッカピカ!」

「もう大丈夫だよ」

「うん」

 戯れる二人の間で栞の胸元の青い石がきらっと光った。


 その同じ瞬間のタクシーの中。

「はっくしょん!」

 由良が胸元のペンダントを触る。

「ごめんなさい。なんだかこの石からムズムズが来たの」

 忠興は澄まして言った。

「きっとお転婆娘がテレパシーを送って来たんだよ」

「え?怖い奴じゃないよね?」

「新しいお母さんへの挨拶だよ。それにね、その石は坂東さんにちゃんと浄化してもらったからもう栞の石と喧嘩はしない」

「そっか、でもそもそも坂東さんがくれたんだよ、この石」

「え?そうだったの?」

「うん。お正月に神社が忙しいから手伝ってくれってお姉ちゃんに頼まれて、行ったことあるんだ。その時にね、バイト代の代わりにって坂東さんがくれたんだ。引越しの忘れ物ですって奉納されたリングから石を外して、新しいリング作ったんだって。坂東さん、きっとこの石がいい人連れて来てくれるよって言ってた。本当になっちゃった」

 忠興はペンダントを手に取り、赤い石をまじまじと見つめた。気がつかなかった。これってもしや・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る