第3話 忌中明け
左門はロードバイクに乗っている。乗り出したのは丁度転職した頃だからまだ5年も経っていない。しかし愛車であるSCOTT:ADDICTを購入したサイクルショップが主催するツーリングにせっせと参加し、ほぼ毎週走っていた。流石に佳那が入院してからは控えるようになったが、却って佳那がそれを気にしたため、病院から直行直帰でツアーに参加したりもしていた。しかしいよいよ佳那が心配な状況に陥ってからは乗らなくなり、忌中明けの今日が4ヶ月振りの走行だったのだ。
同じショップでバイクを購入した客が参加者の殆どで、顔見知りばかりだ。店長はじめ、そう言った仲間たちは気を遣ってくれる。足、回らないでしょ、とか却って重くなったんじゃないとかいろいろ言いはするが、そこは同じ道を走るもの同士。付かず離れずの心地よい付き合いをしてくれた。
今日のコースは街を流れる川沿いのサイクリングコースを登ってゆき、かつて鉱山が開かれていた小さな町までの往復80km。日帰りとしては丁度良い距離だ。このコースに激坂はなく4ヶ月ぶりの左門でも何とかついて行けた。久し振りの汗、足のだるさ、下り坂の爽快感、やっぱ自転車はいいなあと満喫して帰って来たのだ。
マンションの駐輪場で簡単なメンテナンスをする。そもそも今日はタイヤに空気を入れただけで走り出したので、チェーンオイルも埃を蓄えガリガリしていた。それをディグリーザで落とし、新たにチェーンオイルを注油、念のため剥き出しのワイヤ類にも錆止め兼用の汎用オイルを注す。クリーナーでフレームやホイールを拭いて、タイヤをチェックして終了。カバーを掛け、いつもの場所にワイヤキーを回して置いた。よし、また来週な。
ヘルメットとドリンクボトルを手にエレベータに乗って5階。ジャージのポケットから鍵を出して回す。カチャ。
「ただーいまー、あーくたびれたあ」
ん?そうだ。誰もいないんだった。これまでなら佳那が「お帰りー、どうだったー」とか、「足いてー」と言えば「好きでやってんでしょ、ガマンしろ」とか、「〇〇まで行ったよー」と言えば「ほおーっ、よくそんな遠くまで行くねー」とか返してくれたのだ。それが今日は無音の部屋。急にこみ上げてきた。断片的にいろんなシーンが一気に渦巻く。左門は玄関先にしゃがみこんだ。くそっ、佳那。くそっ、なんでだよ。人目を
文字通り汗と涙を流し、水をたらふく飲んで左門はソファに座込む。くったびれたあー、声に出してみた。言うのも聞くのも一人だ。
一人に戻るってこういうことだったのかい。佳那の入院以来、急展開で進んだこの半年、バタバタし過ぎて時間を噛み締めることがなかった。そうか、これからずっとこれが続くのか。左門は心の底から、本当に底の底から淋しさを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます