第2話 回想

 一方こちらは十数年後の日本。


「ねえ、本当は佳那さん前から判ってたんでしょ、病気の事」

「あちらさんがいらっしゃると、こういう話できなかったけどさ、隠してたって事じゃないの?」


 それは妻・佳那(かな)の四十九日法要のおときのあと、佳那の親族を見送った後のことだ。以前から言いた気だった伯母たちが俺の所へやってきた。お斎の席とは言え、割烹店で営んだ飲食なのでアルコールも入っている。四十九日が終わり喪が明けた安心感もあったのだろう。


「もうほら佳那さんだってあちらへ行ってるからさ、ようやく言えることなんだから、さーくんも言ってももいいんだよ」

「そうそう、あんな病気隠して結婚するって、やっぱどうかと思うよ。あちらのご両親は娘を結婚させたやりたいって気持ちだったんだろうけどさ」

「病気は気の毒とは思うけどさ、騙されたまでは言わなくても近いんじゃないの?さーくんだってそうそうすぐに再婚って訳にはいかないんだからねえ」


 妻・佳那は俺こと西陣 左門(にしじん さもん)と結婚して3年で天国へ旅立ってしまった。最後の半年間は一緒に病室で暮らしたようなものだった。自称・俺の与党である伯母たちが言いたい放題なのは解らないでもない。が、たった3年にせよ、佳那は俺の大切な妻だった。幸せな結婚生活だったのだ。傍らの伯父たちは例え意見が違ったとしても伯母たちにモノ申すようなことはしない。俺は黙って聞いていた。耐えていたと言っても良い。


「さーくん、もう32なんでしょ。余り早いと拙いけど35迄には何とかしないと、それ以上は相手だって見つからないよ」

「そう言えば、ほら、田中さんの2番目のお嬢さん、出戻って来ちゃったらしくてさ、さーくんも知ってるでしょ?前は銀行に勤めてた人。丁度いいんじゃないの?」


 ここに至って流石さすがに俺も堪忍袋から煙が出始めた。


「あのさ、俺の事いろいろ心配してくれるのは有難いんだけどさ、病気の事は結婚前から知ってたし、いいんだよ俺は」

「えー、知ってたの?それで結婚したの?なんで?」

「フィフティ・フィフティだったんだよ。賭けてみたんだ、俺なりに」

「馬鹿だねえー、結婚なんて一生モノなんだよ。競馬じゃないでしょ、まだ子供出来なかったからラッキーだったんだよ」


 伯母たちは笠に着て言い放った。


「もういいんだよ!放っといてくれないか!佳那は大事な妻だったんだから、今でもだよ!」

「なによ。アンタの為に言ってるんだよ」

「まだ先が長いんだから、ちゃんと考えないと知らないよ」


 伯母たちはしらけて言い捨て、わらわらとタクシーに乗りこんで行った。


 俺も啖呵を切って見せたものの、マンションに戻ると淋しかった。佳那の写真と位牌だけが話し相手だ。と言っても俺が一方的に喋るだけだ。

「ごめんよ佳那。勝手な事ばっか言ってただろ。聞こえてただろ。悔しいよな。俺だって悔しいよ」

 佳那の写真は何も言わない。春の知多半島で花に囲まれて撮った写真だ。

「俺、再婚なんてしないから。嫁は佳那一人だから」


 佳那は息を引き取る少し前、ドラマみたいに言ってくれた。


「さーくんはまだ32だからさ、私に構わないで次の人見つけてね。で、なるべく早くパパになって。月並みでもそれが幸せって思うんだ。変に私に引っ張られないで」


 後から考えるとあの時の佳那の言葉は、一種の予言でもあった訳だが、その時はそんな事は思いもしなかった。

 だけど佳那、実際そうはいかないよ。俺だって気持ちってものがある。独身に戻っても完全に独身時代に戻った訳じゃない。今日みたいな修羅場を乗り越えると心の空白はもっと大きくなるもんだ。俺は帰りに花屋で見つけたスイートピーをそっと花畑で笑う佳那の前に置いた。

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