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@suzugranpa
第1話 鉱脈
蒸し暑い。ひっきりなしに飛び交う怒号。アジア人特有の高い声が気に障る。山の中とは言え東南アジアの湿った空気と容赦ない太陽には気が滅入る。オープンカットされた縦坑はそこそこの広さはあるものの、まだ周囲を固めていないため本格的な採掘は更に堀り進める必要がある。駈け出しの鉱山技術者(山師)である高井忠興(たかい ただおき)にとって、初めての海外の現場がここだった。この付近にはルビーの産地があると言われ勉強半分でやって来たのだが、現場監督は新米若造の調査員にいい顔はしない。怪我だけはするな、最初にきつく言われた。後々の面倒ごとを嫌っているのがすぐに判った。
宝石の採掘と言うと泥を
程なく目当ての岩に到着した。ちょうど両手それぞれに掛かる形だ。どうも大理石臭い。大理石はもっと深い所かと思っていたから意外だった。もしかしたらこの中に何か含まれてるかも知れない、片方の岩に顔を近づけようとした時、下の作業員が何やら叫んでいるのが聞こえた。怒られたかな?言葉が判らない忠興は体を捩じって下を見ようとした。体の横を上からパラパラと小石や砂が落ちて来る。ん?何が起きてるんだ?
その瞬間、足を掛けていた岩が崩れた。忠興は崩壊する壁面とともに落下し、岩と土に埋もれた。気がついたら周囲に怒号が飛び交ってる。両足に数人の男たちの手が掛けられ、土煙とともに土砂の山から忠興は引きずり出された。数人がかりでテントの下に運ばれた忠興は顔に水をかけられようやく息を吹き返した。監督が覗き込んでいる。
忠興は手足を擦りむいていたが大した怪我ではなかった。生きているのが判ったので監督は一安心したようだ。預かりモノが面倒かけやがって・・・監督の顔は一変した。忠興は Sorry を繰り返すしかなかった。
「で、いつまでそれ握ってんだ」
監督は言った。忠興は両手に何かを握りしめたままであることにその時気づいた。崩れ落ちながらも必死で掴んでいた岩の欠片だった。掌が硬直したようで上手く開かない。親切にも監督が指を一本ずつ開いてくれた。後で考えれば山師としての勘があったのかも知れない。
「お?、おまえ、いいの掴んでるじゃないか」
監督はもう片方の掌も開かせると口笛を吹いた。
「ダブルだ」
「え?」
「右手は多分ブルーだ。左手はレッド。並んでるんだ。よーし日本人、おまえいい仕事したな」
監督はまた打って変わった表情で忠興の肩をポンと叩くとテントの奥に向かって叫んだ。
「ルイン!来てくれ」
やってきたのは現地の女性だった。年齢は50歳位であろうか、黒目がちの大きな瞳がじっと忠興を覗きこんだ。
「彼女は裏の監督だよ。俺の言うこと聞かない奴もルインの言う事なら聞くんだ。何しろ霊感があるからな、逆らったら何があるか判ったもんじゃない」
ルインと呼ばれた女性は監督を
「失礼だね。大地の声が聞こえるって言ってくれるかい」
忠興は二人を見較べた。ずっとこうやってやって来ているのだろう。何だか母と息子に見えなくもない。
「ってことだから日本人、石のカットと怪我の治療はルインにやってもらえ。俺はヤマを見てくる」
監督は縦坑の方へ走って行った。
ルインは忠興の両手のものをつまんだ。
「ふうん。アンタが見つけたのか。勘が働くんだねえ。ま、先に怪我に薬草塗ってやるよ」
そう言うとルインは二つの石を脇に置いて、傷口を水で流し袋から取り出した軟膏を塗りつけた。
「うっ」
忠興は遠慮のないその治療にうめき声をあげた。
「我慢おし。大した怪我じゃないんだから明後日には治ってるよ」
翌日、忠興は監督から二つの石を受け取った。研磨はされていないものの美しい青と赤の石だった。
「スピネルだ」
監督は言った。
「赤い方はルビーと間違われるし青い方はサファイアよりも美しいと言う奴もいる。並んで出るなんて聞いたことない。良かったじゃないか、おまえも帰って自慢が出来る。俺たちもこれ以上掘らずに済む。実際は横に掘ってみないと判らんけどな。ま、今のところはGoodJobだ」
監督の背後にはルインが居た。
「その二つの石はアンタの手元から離れていくよ。でもね、きっとまた両手に戻ってくる。アンタの人生で結構大事な役目を果たすよ」
監督がルインの方をちらっと見て付け加えた。
「ルインの大予言だよ。日本でも通用するのか良く解らんがね。この石をカットしている時に聞こえたそうだ」
忠興は頷くしかなかった。
その後その現場がどうなったのか忠興は知らない。駄賃代わりにと貰った二つの石は格好の土産となった。
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