第19話 占い
宝石神社は1年中参拝客で賑わっている訳ではない。どちらかと言えばがらんとしている時期の方が多い。
商業施設ではないのでクローズにはしないが、社務所は毎日開けている訳じゃない。神社としての日々のお勤めはあるが、それは宮司が行う。従って巫女が毎日いる必要はなく、沙良の勤務はウークデイは隔日、週末、そして祝日であった。前任の砂織もこの隙間、いわゆるオフの日は山を巡っていた。
巫女としての出勤日、先日、栞から聞いた話と由良の話が引っかかっていた沙良は、思い切って宮司である坂東圭介(ばんどうけいすけ)に聞いてみた。
「あの、砂織さんの子どもって今はどうしてるんでしょう」
「うん?どうしたの急に」
「だって、砂織さんの彼みたいな人もずっと現れないし、どこでどうしてるのかなと」
「そうだねえ」
「坂東さんはご存知じゃないんですか?砂織さんが運ばれた時もいらっしゃったし」
「まあね。元気でやってるようだけどね。あまり追いかけ回すような事はこっちとしても出来ないしね。自分の子どもじゃないんだし」
「砂織さんの彼だった人も山を歩くのが仕事って言ってたから、子ども連れで各地を回っているんでしょうかね」
「いや、それは厳しいだろう。子どもが一緒じゃあの仕事は仕事にならないし」
「じゃあ離れ離れでしょうか」
「どうだろう、何かあったの?」
「いえ、ちょっとお店の方にね、気になる子がいて。ほら何年か前に石の事を聞きに来た女子高生。彼氏に石を持たせたいとか言って。その子がお店でバイトしてるんですよ。ちょっと家庭の事情もあるからって」
「ほう」
坂東は天井を見上げた。
「なんでも父子家庭で、しかも本当のお父さんじゃないみたいで」
「ふむふむ。ま、でもご縁だねえ」
中途半端なリアクション。やっぱ坂東さん、何か知ってるな。沙良は思ったがそれ以上の追及は控えた。宮司はまともにこちらを見て話さなかった。それに『追いかけ回せない』って言った。遠くにいる訳じゃなさそうだ。いざとなれば追いかけて捉まえられるような、そんな所にいる。どうしてるかも判ってる。沙良は頭を巡らせた。という事は、やはり栞ちゃんは怪しい。砂織さんと性格は違って見えるけど、心根が優しくて、何でもきちんとしないと気が済まない所は一緒だ。髪型は砂織さんがショートで栞ちゃんはセミロングだけど目と爪の形は似てる。そもそも名前だってサオリとシオリだ。
沙良はほぼ確信した。栞ちゃんが知らないだけなんだ。確かに言いふらせる話じゃないな。今の生活もあるし。
社務所に戻った坂東は事務机の引き出しを開け、心の中で語りかけた。そこには白い箱に入った小さな石が蛍光灯の明かりを受けて、青く輝いている。
『砂織ちゃん、栞ちゃんは大丈夫だよ。心配要らない。幾分変わった人生を歩んでる様だけど、目の届く所にいるよ』
石は砂織が窓口に座る時はいつも傍らに置いていたもので、心を浄化する石だそうだ。そして砂織が帰らぬ人となった時、その青い石はここに残された。砂織の想いが込められた石。坂東はそれをずっと持ち続けていたのだ。いつか、あの彼氏、何て言ったかな、彼もしくは栞ちゃんに渡す日が来るだろう。それまでは私が大切に預かる。
その日の夜もクラブ・サラのカウンターには由良が座っていた。沙良がグラスにビールを注ぐ。
「まだ元気ないねえ」
「ん。この歳で片想いになるとはなあ・・・。行けると思ってたけど、キツイよ」
沙良は気を引き締めた。どうやら私の出番らしい。
「前に言ってた人?娘さんがどうのって」
「そう。やっぱり避けられてるみたい。私、焦って見えたのかな。それで引かれてるのかな。辛いよ」
カウンターに顔を伏せて由良は少し震えていた。泣いてるんだ、この子。
「由良、たまには診てあげるよ」
由良は顔を起こした。
「診るって占い?」
「そ。アンタの恋の行方」
「怖いよ。お姉ちゃんの占い結構当たるって評判だし、駄目って言われたらどうしていいのか判んなくなっちゃう」
「ふふ、そんな結論までは見えないよ」
「そっかなー」
沙良は水晶玉を取り出した。さて、どうご宣託しようか。一気には行けない。沙良は由良の方を向いた。
「由良、そのリングやめときな」
「えー?これって勝負運のパワーあるって言ってたじゃん。今がまさに勝負だよ」
「そうじゃない。石ってその人の力になるだけで、相手の事なんてどうにもできないよ。それに由良が負けてる」
「え?私が?持ち主が?」
「そう。由良には強すぎる。処分した方がいい。神社の方で預かろうか?」
由良はまたカウンターに顔を伏せ、そして顔を起こし、額の髪をかき上げた。
「ううん、自分でやる。お姉ちゃんが言うなら、このせいで焦って見えてたのかも知れないし」
水晶玉を仕舞いながら沙良はひとまずほっとした。取り敢えずの原因はこれでなくなる。あとは由良と栞ちゃんの素の相性だ。そこまでは私、責任持てないよ。
二日後、由良は有休を取った。何かをリセットしたい。そう思ってマンションから愛車のホンダS660を出した。オープンカーにもなる2シーターの軽自動車だ。街を抜けだし、高速道路に乗る。行く当てなんかない。単に飛ばしたかった。JCTで山の方へ向かう高速に乗り換える。片道1車線の道路だった。途中でサービスエリアに入った。エリア内にカフェがあり、由良はキャラメルラテを片手にオープンテラスに向かった。山に向かって張り出した手擦にもたれ、キャラメルラテを一口飲む。あまっ。
平日のサービスエリアは人も少ない。ここでちょうどいいじゃん。木製の手擦にキャラメルラテを置いて、由良は指のリングを抜いた。振り返って誰もいないことを確認すると、思いっきりリングを投げる。リングは陽の光を反射して一瞬赤く輝き、そして眼下の林の中へと消えた。
儀式は終わった。しかしこの口の甘さは堪えられない。由良は再び店に入り、今度はエスプレッソを持って愛車の方へ歩いて行った。
だが、実は儀式は終わっていなかったのだ。
由良が投げ捨てたリングは、細い林道を歩いていた山師・高井忠興の目の前にポトリと落ちた。
忠興はヨーロッパで山師としてフル稼働していたが、たまたまこの日ピンポイントで日本の仕事が入った。この地域のエキスパートとして知られていた忠興に単独指名が入ったのだ。空港からレンタカーを飛ばし、このサービスエリアに停めて早朝から山に入った。そして現地で落ち合った土木技術者と地質調査をして、ちょうど慌ただしくサービスエリアに戻るところだった。いきなり空からリングが降ってきたのだから忠興も驚いた。拾ってみると小指の先くらいのレッドスピネルが
鳥がくわえてきて落としたのかな? 忠興は空を見上げた。木々の重なる中に野鳥の声が響く。もしそうならば誰かが外したリングを目ざとく奪取したに違いない。石自体は酸化鉱物にクロムが入ったもので、ルビーと間違われやすいが、きっと本人にとっては大切なものに違いない。忠興はサービスエリアに繋がる裏道を急いだ。裏道はカフェのテラス脇に出て来る。丁度一人の女性がカフェのテラスから店内に入るのが見えた。山間のサービスエリアの一角には他に人が見当たらない。あの女性かもしれない。忠興がカフェのテラスに登り着いた時、女性はテイクアウトのカップを手に駐車場へ向かう所だった。忠興はダッシュしようとしたが、たまたま駐車場に続けて入ってきた乗用車に行く手を遮られた。
忠興の目の前を、女性のホンダS660が出て行った。
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