第14話 巫女の理由

 2学期になった。栞は進路調査票を持ったままだった。大半の友人は大学を受験する。栞も一応そういうフリをして、1学期の調査にはそこそこの大学名を書いていた。成績だけなら十分合格圏だ。でもなあ・・・栞は思案する。あたしは貰われた娘だ。って言うより押しかけた娘だ。パパにこれ以上の負担を掛ける訳にいかない。だから就職が望ましいし自分でもそれは苦ではない。いつちゃんと話しようか。

駅前の商店街を思案しながら歩いていた栞に、ある店の貼紙が目に入った。


『アルバイト募集中 詳細は店内で』


 バイトか。そっか、それも手だ。今だってパパに負担掛けているのは間違いない。学費全部は無理でもせめて自分のお小遣いくらい何とかしないと。その店は クラブ・サラ とある。クラブって部活、な訳ないか。よし、聞いてみよう。栞は扉を開けた。


「いらっしゃ・・・」

「あの、表の貼紙見たんですけど」

「ああ、バイト?」

「はい」

「まあそこ座って」


 店の女性は栞を手近な席に座らせた。


「あなた、高校生よね」

「はい」

「うーん」

「高校生は駄目なんですか?」

「一応ここクラブだからねえ。お酒飲むとこだから」

「あ、大丈夫です。あたし毎晩パパのビールにつきあってますから」

「え?飲んでるの?」

「いえ、飲んじゃダメって言われるから麦茶とかアイスとかで付き合ってます」

「へえ、いい子だねえ」

「はい。パパにはお世話になってるから」

「お世話?」

「はい。父子家庭なんです」

「ふうん。そういう事情なんだ。じゃあ夕方のカフェタイムだけやってもらおうかな。サービスできる?ウェイトレスみたいな」

「はい、頑張ります!」

「じゃ、ちょっと待って」

沙良は腰を浮かせようとして気がついた。ん?この子どこかで・・・。


「あのさ、どこかで会ったよね」

「え?」


 栞も沙良を見つめた。あら?沙良の瞳。あ、あのチャーミングなウィンク?

 え?巫女さん?マジ?


「宝石神社!」


 二人は同時に叫んだ。


「えー?まさかあの時の巫女さんですか?」

「そうよ、そのマサカ。兼業なのよ。昼間は巫女。夜はママ」

「うっそ。巫女さんがお酒飲んだり?」

「そうよ。ママだから付き合いだけだけどね。それにここで占い師もやるのよ」

「占い?ですか?」

「そう。石使ってね、水晶占い。見てあげよか?」

「いえ・・・ 恐いです」

「はは、だよね。そう言えばどうなったの?恋敵の石の話」

「あっ、そうだ。その節は有難うございました。一応あの何だっけ、きれいな青い石を買って、可愛くして仕掛けました。結界!って感じで」

「そうなんだ。上手くいくといいね」

「はい」

「じゃ、ビジネスの話しようか。私は山室沙良って言います。だから店の名前も『クラブ・サラ』なのよ。営業時間は夕方の5時から夜の11時までで・・・」


 結局、栞は17時から19時までの毎日2時間、カフェタイムとして働くことになった。高校生にラウンジタイムは難しいし、法律に触れても嫌だと言う事で、沙良は特別な計らいをした。ご縁のある子だしね。そして翌日から栞は実際に働き出した。学校からの帰り道に、クラブ・サラに寄って、2時間働いた後はスーパーで買い物する。そして左門が帰るまでの間に夕食を作り洗濯物を取り込んで畳む。クラブ・サラでバイトしている事は左門には内緒だ。図書室に寄って勉強している事にしている。栞の放課後ライフは急に忙しくなった。


 慣れるにつれ、栞は沙良と仲良くなった。栞のテキパキとした仕事ぶりは沙良にも好印象だったのだ。お客さんが少ないある日、栞はかねてから疑問だった点を沙良に尋ねてみた。


「あの、沙良さんってなんで巫女さんになったんですか?」

「ああ、そう思うよね。あのね、あんまり偉そうに言えた話じゃないんだけどね。私若い頃は結構突っ張っててさ、丁度二十歳過ぎの頃かな、赤ちゃん出来ちゃったのよ。お父さんの判らない」


 栞は息を呑み、沙良は細々と話し出した。


「もう絶望的よ。お母さんになる気なんかこれぽっちもないし、だけどお腹の中には赤ちゃんいるし、でも誰にも言えないし、そのまま生きてくのも嫌になっちゃって、超ブルーで結構悩んだ。でも責任はあるよね、母としての。それでさ、もういいやって飛び込もうと思ったの」

「飛び込む?」

「うん。丁度宝石神社からずっと山の中に入ってゆくとね、滝があるんだよ。時々自殺者が出る。そこで私も飛び込んじゃえばお腹の子も私も一気にカタがつくなって」

「はあ・・・」

「でも助けてもらったの。情けないけど溺れかけてもがいてる所を、女の人に」

「へえ」

「山を歩いてる人だったんだ。宝石神社の巫女さん。いろんな石を探して歩いてる所だった」


 沙良は栞を見てニコッと笑った。


「びしょびしょの私にね、その人着替えのTシャツからショーツ迄貸してくれて、インスタントラーメン作ってくれてね、美味しかったなあ。あんなに美味しいって思ったの初めてだったよ。それでそのままテントで一晩喋ってたの。私の今までの事、泣きながら白状してね。その人は私より歳上だったけど、何にも口挟まず、ずっと聞いてくれてね、最後は私もう喋ってんだか泣いてんだか判んない位。明け方明るくなってきてからシュラフで寝て起きたらお昼だったよ。コーヒー作って貰ってビスケット食べて、それで一緒に山を降りたの。なんだか生まれ変わったみたいだった」


 今度は栞が沙良の顔を見てニコッとした。


「結局赤ちゃんは駄目になったけど、それ以来時々宝石神社に会いに行ったのよ、その人に。そしたらある日ね、その人にウチで巫女にならないかって誘われてね。今度はその人が妊娠してたんだ。だから後釜にって。私、その頃もうこのお店を始めてたんだけど、喜んで受けちゃって、暫くはその人の見習いね。石についてたくさん教わって、それでほら、この店にも所々に石が置いてあるでしょ」


 栞はふんふんと頷いた。


「それぞれちゃんと意味があるのよ。それに占いも教わってね。今じゃそれもいい商売よ。だから生命以上の恩人」


 栞は感心した。映画みたいな話だ。現実にあるんだ、そんな話。


「その方は今はどちらにいらっしゃるんですか?」

「それが亡くなったの。本当に気の毒な話。赤ちゃん産んで、そのまま脳出血でね。この辺には大きな病院ないでしょ。だから産婦人科から救急車で運んだんだけど、手術が手遅れだったみたい。詳しい事は知らないんだけど」


 栞は言葉を失った。本当に映画みたいだ。しかし、沙良の秘密を共有したのは悪くない気分だった。栞は自分は数奇な運命の元に生きてると思っていたのだが、沙良の話を聞くとそれ程でもない気がした。自殺もしないし生きてるし。


 左門は最近の栞の慌ただしさに不審感を持っていた。余程図書室で勉強しているらしく、左門が早めに帰るとスーパーの袋を下げた栞に会ったりする。その都度、栞は「パパー!ごめーん!急いで作るー」とバタバタする。左門が作ることもあったが、栞はそれを良しとしなかった。頑固な奴だよ。しかし何だか変だな。

 その疑問は、左門が取引先から直帰で帰ってきた時に解明した。駅から出てきた左門の少し前を栞が歩いている。スクールバックに栞の好きなオオカミのマスコットが揺れていたのだ。あれ、学校の図書室じゃないのか。声を掛けようとして、左門は思い直した。どこの図書室だか突き止めてやろう。


 栞は商店街を歩いてゆく。と思ったらその中の1軒の店に入って行った。ここ図書室?な訳ないじゃん。看板には『クラブ・サラ』はい?何やってんだあいつ?左門は暫し店の前でスマホをチェックするふりをして栞が出てくるのを待った。店の電照看板が点燈する。おい、ここってキャバクラ?冗談じゃない。左門は店の扉を開けた。


「いらっしゃいませー、まだカフェタイムですけどいいですか?」

店のママらしきが声を掛けてきた。

「あ、はい」

答えながらキョロキョロと栞を探す。一応テーブル席に座ると、暫くしてウェイトレスがメニューを持って来た。

「いらっしゃいませ。只今はカフェメニューになります」

栞の声だ。うつむいていた左門は顔を上げた。声を押し殺す。

「栞、どーなってんだ。ここ図書室か?え?」

栞は開いた口がふさがらない。様子を見ていた沙良がやって来た。

「どうしたの栞ちゃん」


 栞が左門を指さす。

「パ・パ です」

 栞は項垂れる。左門が言った。

「どういうことだ。説明しろ、栞」

「ごめんなさい、言わないで。あたしパパにお世話になりっ放しだから、せめてお小遣い位自分で稼がなきゃって。就職の練習にもなるし」


 栞はシドロモドロで話した。沙良も弁解した。


「あのうお父さん、看板があれだから誤解されると困るんですけど、栞ちゃんはカフェタイムだけに入って貰ってるのでいかがわしい事はありませんし、そこは私がちゃんと見てますから。しっかりして頭もいいし、助かってます」

 それだけだったが、左門は栞の気持ちを理解した。


「なあ、栞。キミは大学受験するのって俺に悪いと思ってないか?お金かかるからって」

「うん。思ってる。二年間あたしのことずっと見てもらって、これ以上は迷惑掛けられない」

「あのな、栞は俺の娘なんだぞ。血は繋がってないけど正式な子供なんだぞ。迷惑なんて有り得ない」


 沙良が仰天している。


「え?あの、栞ちゃんのお父さんって、本当のお父さんじゃないの?」


 栞は今度は沙良の方を向いた。


「はい、沙良さんにも黙っててすみません。あたし、家出娘なんです。パパに拾ってもらったんです」

「えーー?」


 今度は左門がつまんで経緯を説明した。沙良は感心して聞いている。


「へー!栞ちゃん、私より凄いじゃん。そうなんだ。でも今は上手くやってるんでしょ。幸せな事じゃない」


 左門は再び栞の方を向いて


「栞。大学は受験しなさい。行けるんだから行った方がいい。もう高3の2学期だろ。さっさとしないと間に合わない」


 沙良も頷く。


「そうねえ、そうだよ。行かせてもらえるんならその方がいいよ。栞ちゃんならうまくできるよ」


 こうして栞は家に連れ戻され、クラブ・サラはお役御免となった。代わりに左門が時々店に寄って沙良と馬鹿話して帰って来る。栞は今度こそ本物の図書室に通い始めた。

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