第7話 親子
市役所の手回しで、左門と栞の養子縁組はスムーズに行われた。栞の母である高井佐和(たかい さわ)もあっさり応じたそうだ。役所的にもさっさと片付けたい思惑もあったのだろう。
「ね、パパって呼んでいい?」
「パパ?」
「うん。これまでは お父さん だったけど、パパって呼ぶの、ちょっと憧れてたんだ。それに本当のお父さんが出てきたらややこしくなるから別の呼び方がいいかなあって」
「なるほど。それはそうだ」
こうして左門はパパとなった。どうなることかと思っていたが、初めての親子生活は結構楽しかった。やっぱり一人じゃないっていいものだ。
栞の下校が遅くなると左門は心配する。親の気持ちはこんななんだ。楽しくても心配しても新鮮だった。そして左門と栞はサイクリングを再開した。
「じゃ、青い橋まで往復ね」
左門は、以前、栞がパンクした時に目標にしていた橋までの往復コースを最初のツーリングに選んだ。川沿いのサイクリングコースを二人は走る。暫く行くと初対面の時、タイヤに空気を入れたコンビニがある。一旦コースから出るので左門の左手が挙がった。後の栞は、ははーん、パパはこっち行くって言ってるなと見当つけた。コースを降りて少し行くと信号がある。赤だ。左門が右手を背中に回してグッパする。なんだあれ?と思う間もなく左門は減速した。栞も慌ててブレーキを引いたが危うく追突するところだった。
「ちょっとパパ急に止まらないでよ」
「え?合図しただろ」
「合図?」
「ハンドサイン。こうやって」
左門はグッパを再現する。
「それって止まるってサインなの?」
「なんだ、栞知らないのか。曲がる時は曲がる方の手をこうやって出すだろ。これと同じ」
「へえ」
「実はあんまり統一されてないからさ、いろんな合図する人いるんだよ。ローカルルールでね。でも何となく解るようになるよ」
「ふうん」
そっか。実は何にも知らないんだなあたし。
コンビニでドリンクを買って二人は再びサイクリングロードへ乗り出した。川の水面が時々きらっと光ってきれいだ。片道20キロ少しだから二人は午前中に青い橋に到着した。
「栞、ちゃんと付いて来れてるじゃん」
「結構必死だよ」
「そ?速い?」
「ううん、このままでいい」
復路は来た道を帰るだけだが、途中でファミレスに入り昼食にしたためマンションに戻ったのは陽も随分傾いた頃だった。
「整備の仕方は明日教えるからさ、今日はそのままで停めておいて」
「うん」
「こういう停め方、船の場合は目刺しっていうんだ」
「朝ご飯と関係が?」
「はは、目刺し売ってる所見たことない?目刺しって言うだけあって目が棒やヒモで繋がってるんだよ」
「ふうん」
玄関のドアを開ける。二人で部屋に戻る。栞は上がるなり「くったびれたー」と叫んだ。先越されちゃったよ。でもいいや、左門も叫んだ。
「今日はくったびれたなあ」
「パパはそうでもないんでしょ。あたしは大変だ、もう歩けないー」
こう言うの、こう言うのを待ってたんだ。左門の胸は熱くなった。一人で叫んでも誰も答えてくれなかった部屋。自分の声だけが響いていた部屋。それがどうだ、会話になってるよ。同じように足が痛いんだよ。同じように汗まみれなんだよ。同じ景色を見てきたんだよ。同じ道を走り、同じ坂をひーこら登って来たんだよ。
「パパー、どしたの?シャワー浴びる?」
左門は目を擦りながら言った。
「いや、栞先に入れ。子ども優先だ。こう言うのはな、子どもからなんだ」
「ふうん、でもありがと。先入るねー」
左門は佳那の写真の前に座った。佳那ごめん。佳那みたいじゃないけど、俺、こう言うの待ってたんだ。親子って何だか幸せだよ。
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