第23話 灯台下暗し

 その頃左門は隣町に通じる国道をSCOTTで驀進ばくしんしていた。目指すは城下町のお堀端の白壁の屋敷。城下町ポタリングで前を通った覚えがある。頭の中は栞で一杯だった。渡すもんか。俺が大切に育ててるんだ。栞がちゃんと就職するまでは俺の子なんだ。俺の責任なんだ。お輿入れだと、ふざけやがって。


 幸い週末の国道の交通量は疎らで、1時間後には白壁に到着した。どこから入るんだろう。入口は雷門って栞が言ってたが、こんな夜に開いているとは思えない。勝手口がある筈だ。左門は壁沿いに曲がった。お、灯だ。やたら明るい門灯。だが近づいてみるとLEDの特性なのか足元は暗く、表札が読めない。左門はスマホライトをかざしてみた。


『六条勝手口』。


ここだ。


 左門が前に立った入口は一般の家では正門並みの勝手口だった。市のゴミ回収車ならそのまま入って行けそうな広さだ。左門は居住まいを正し、勝手口の表札の隣にある呼び鈴を押した。


「はい」

「夜分遅くに失礼します。西陣と申します。ご子息に急用があって参りました。お取次ぎをお願いします」

「はい?西陣様?アポはありますか?」


 アポ・・・ 会社かよ。


「急用ですからありません。とにかく、急ぎなんです。話があるんです。娘の事と言ってもらえれば判ります」


 左門は叫んでいた。インターフォンの向こうは明らかに戸惑っていたがやがて押されるように


「ちょ・ちょっとお待ちください・・・」


と言って切れた。5分ほど待っただろうか。門扉の向こうから足音が聞こえる。カッチャン。かんぬきが外され門扉が開くと、そこに立っていたのは実朝本人だった。暗い中だが、爽やかな笑みを浮かべながら驚いているように見える。


「これはこれは、お父上自らお越しとは驚きました。如何いかがなされましたか?」

「如何じゃないよ!あ、これは失礼。改めて申し上げに来た。栞が返事した件だが取り消させて頂きたい。俺は認めていないんだ。親としてまだ認めていないんだ。だから無かった事にして欲しい。無礼だと思う。その点は許してやって欲しい。この通りだ・・・」


 左門はその場でいきなり土下座した。実朝の顔は本物の驚きに変わった


「ちょっと、お父上、おやめ下さい。私には何の事やら・・・」


 実朝が左門の腕を取ったその時、


「申し訳ありませーん!お待ちくださーい!」


 叫び声が聞こえ、澪が息を切らしながら走って来た。実朝と左門は腕を取り合ったまま驚き、澪を見つめる。澪は両手を膝について肩で息をしていたが、切れ切れに


「私の・・・責任です。ハァハァ。申し訳・・・ありません。ハァ。ごめんなさい。私が悪いの・・・ハァハァ」


 実朝は呆気あっけにとられ、口を開く。


「ミオ、何が責任? 何が悪いの? ってかどうなってるの?」


 左門は地面に正座したまま、二人が常体で喋ってることにまず驚いた。


「あの・・・」

 

 澪が言いかけたその時、今度は路面に白い光がさーっと射したかと思うと、1台のロードバイクが角を曲がり急停車した。栞だった。


「パパなんで座ってるの?」

「なんでって、なんでだか判らなくなってる所だよ」


 澪が栞の方を向く。


「ごめんなさい。私には伝えられなかった・・・、栞さん、私には・・・出来ない」


 栞が澪に近づいて肩に手を置いた。実朝も澪の方を向く。


「ミオ、伝えるって何を?」

「トモ君ごめん。言えない。私からは言えないよ」


 澪は涙ぐんでいる。実朝は戸惑っていた。しかし、栞は気がついた。澪の想い。ずっと一緒にいるんだもんな。そりゃそうなるよ。ウチに来た時も、実は辛かったろうに。それなのに・・・こんなこと頼んじゃって、あたしが無神経だったってことだ。何が女子力あるだよ。栞は澪の肩をポンポンと優しく叩き、小さな声で言った。


「あとは澪次第だよ。応援する」


 澪は小さく頷いたが、それは栞にしか判らなかった。栞は左門を振り返った。


「パパ、帰ろう」

「え?」

「解決するから」

「は?」

「話は元々なかったの。ね、澪」


 澪はまた小さく頷いた。


「パパも立って。お月様出て来たし、ナイトラン久し振りだね。六条君、お騒がせしました」


 実朝はまだ狐につままれた顔をしている。栞はロードバイクに跨って振り返った。


「ほら、そこの門灯みたいにさ、灯台下暗しって感じじゃない?奥方探しも」


言い残して栞は来た方向へ向かって漕ぎ出した。左門も慌てて後を追う。


「すまんな、よく解らんが、オトコは鈍感だからしゃーないよ。じゃな」


 帰り道は国道を避け、川沿いの細い道を走った。街灯はないが、幸い顔を出した満月が明るい。


「栞、あれって澪ちゃんのことだよな」

「うん」

「幼馴染なんだよな」

「多分。あたし、澪に押し付けたから悪い事しちゃった」

「そうか。後は自然となり行くよ」

「うん」

「自然に任すのが一番自然なんだ」

「うん。パパ解ってるねえ」

「はは、伊達に歳とってねえよ」


 前を行く栞が路面の出っ張りに小さくジャンプした。おっと!


「ちゃーんと前見ろ。進むべき方向をな」

「はあい」


 月は薄雲に隠れおぼろがかって来た。栞は続けた。


「あのね」

「ん?」

「もうしばらく、よろしくお願いします」

「へっ、親に言う言葉じゃねえよ」

「そ?」

「栞らしく、厚かましく でいいんだ」

「えーっ。あたしそんなじゃないよ。淑女って言われたじゃん」

「男は惚れたら何でも言う」

「えー?」

「惚れたらな、必死になるんだ。何言ってるか自分でも判んなくなる」

「ほお。覚えとこ」


 左門は先程の自分はまさにそうだったと思った。夜の国道を時速35キロで飛ばすって、何かに引っ掛かったら生命に関わる。でも、それでもいいや。栞の為ならそれでもいいや。そう思ってた。


 栞の大学では、しばらくして澪が休学届を出したという噂が広まった。何でも稽古事が忙しく出席できないらしい。良かったね。六条家にも岡崎家にも新しい蕾から花が咲き始めたのだろう。でもな、栞は思った。やっぱあたしは野に咲く方がいいや。


 六条家の庭園では梅が満開になっている。

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