第6話 養女
左門は一応栞にマンションの合鍵を渡した。考えてみれば重大な話なのだがロードに乗っていた栞という事実が左門の警戒ハードルを低くしていた。左門の出勤時間が栞の通学時間より早いので、どうにも仕方なかった面もある。
「じゃ、俺、会社行くから、ちゃんと学校行けよ。出来たらお母さんともう一度話してみ」
と言い残し、栞は両手振って「行ってらっしゃ~い」と送り出してくれたのだが不安は不安であった。職場に到着した左門は、メールのチェックと何本かの返信を打つと、スマホを持ってオフィスを出た。自席で掛ける訳にはいかない。ミーティングルームのあるフロアに行くと、小さめのスペースに籠って、栞が書いてくれた高井家の番号にかけてみた。
「もしもし」
「はい」
「あの、高井さんですね」
「そうですが」
「朝からすみません。一丁目の西陣と申しますが、お嬢さんの事でお話がありまして」
「お嬢さん?ドラ娘のこと?」
「え?栞さんと仰っていましたが」
「あんたがどう関係あるのよ」
「いや、あの私もロードバイク乗ってましてね、以前から栞さんは存じていましたので、昨晩困っていらっしゃったので一晩だけお預かりしてるんですよ。多分自分からはそちらに戻らないと思うので、お母さん、迎えに来てあげてくれませんか?」
「冗談じゃないよ。娘が世話を掛けたのは申し訳なかったけど、もうあの子はウチの子じゃないんだからね。迎えになんか行くわけないでしょ。勘当したんだから」
「そうは仰っても、法律上はそれって育児放棄とかになりますよ」
「育児?何言ってんの。もう高校生だよ。バイトで稼ぐだってできるんだよ。あんたも放り出してくれて構わないから。出来ればなるべく遠くでね。こっち来られても困るんだよ、こっちにも家庭ってものがあるんだから」
「それは余りにも無責任でしょ」
「無責任?それは父親に言いなよ。私が産んだんじゃないんだから知ったこっちゃないよ。もう切るよ。迷惑だからもう掛けてこないで!」
電話は一方的に切れた。何だよ、あれでも親かよ。産んじゃいないとか言ってたけど、思ったより複雑だなこりゃ。事実関係をもう一度整理して市役所行かないと巻き込まれそうだ。左門は溜息をついて自席へ戻った。その日左門は仕事の合間に、育児放棄や虐待やらの定義を会社のパソコンで調べた。こんな履歴、システム部に見られたらヤバいな。左門は退社間際に閲覧履歴や検索キーワードからCookieに至るまでその日の証拠を消去した。
「ただいまー」
スーパーの袋を下げて左門はマンションに戻った。玄関の栞の靴は昨日のままだ。
「お帰りなさい」
栞はジーンズに長T姿だった。ん?やけに片付いてる気がする。
「どしたの?このクリーンさ」
「あちこち片づけました。ずっとお世話になる事だし。でもご免なさい、勝手に家探しして掃除機見つけました」
「学校は?」
「今日は生理痛で休みって言いました」
左門はふーっと溜息をついた。キッチンで手を洗い、スーパーの袋をキッチンに置いて、所在無さげにしている栞に話かけた。
「思った以上に事情が複雑だね。今日、お母さんに電話してみたんだよ。でも取りつく島もなかった」
栞は少し
「お母さんはキミのこと、産んでないとか言ってたけど本当?」
「はい。本当のお母さんの事は知りません。お父さんも話したがらないけど、雰囲気的にはもういないのかも知れない」
「そっか。キミも苦労してんだ。キミを迎えに来てあげてと頼んだら、家庭ってものがあるんだから迷惑って言ってた」
「はい。多分、家にあのオトコが来るんだと思います」
「そうか。ま、そんな所へキミを返して虐待でもされたら大変だからな。ずっととは言わないけど、当面はここから高校へ通いなよ。何とか考えるから」
栞は顔を上げた。目が潤んでいる。
「有難うございます。西陣さん、何でも手伝います」
「でさ、それなのにキミって呼ぶのも変だから栞ちゃんって呼んでいいかい?」
「はいっ!シオリでいいです、呼び捨てで!それで、苗字は?苗字は西陣でいい?」
栞は意気込んだ。え? 左門は面食らった。
「それは変えられないでしょ」
「だって勘当って言うのはそう言うことじゃないの?あたし、こっちの苗字の方が好きだし。格好いいし名前にも合うし、だいたい高井なんて赤ちゃんあやす時の言葉でしょ。前からあたし嫌だったんだ」
「あのね、苗字はニックネームじゃないんだから、コロコロ好きに変えるなんて出来ないんだよ」
「えー?マジですか」
「栞、高校生だろ。知らないの?」
「だって芸名みたいに使えばいいじゃないですか」
「学校では芸名って訳に行かないでしょ。ま、嫌な思いがあるんなら市役所に相談する時に一緒に聞いてみるよ」
「やったー」
その日の夕食は栞も盛大に手伝った。ビールで乾杯しようとまで言ったが、まだ未成年だろ、そもそも何に乾杯だよと左門に叱られた。
翌日、左門は営業に出ると言って市役所を訪れた。あまり詳細には話せないがと前置きして、転がり込んできた女子高生をどうすべきか相談したのだ。その結果、未成年だし児童相談所で保護することは可能との事だった。ちょっと可哀想な気もするが、大人としてもやはりこれを勧めざるを得ないな。帰宅後、左門は栞にこの件を伝えた。小さな子供ばかりじゃないみたいだよ。しかし栞の反応は案の定だった。
「嫌です。ぜーったい嫌です。ガチ嫌です」
「でもさ、見なきゃどんな所か解らんだろ。明日の夕方、一緒に行ってみようや」
「やだ!そう言って、あたしを置いてけぼりにするつもりでしょ!」
「しないよ。大丈夫だよ、無理に放り込んだりしないから。栞も高校生なんだから状況を解って貰わなくちゃ」
粘った左門は栞をコンコンと説教し、翌日一緒に行ってみる約束を取り付けた。
翌日、児童相談所で左門と栞はスタッフと話をしていた。栞はガチガチに緊張している。
「ま、入所と言っても一時的なお預かりなんですよ。こっちも人が足りないし」
スタッフの話に左門の顔も曇った。ちょっと厳しいかな…。
「ただね、今のままだとやはり誘拐になっちゃいますよ。考えられるのは元の親御さんの了解も貰って西陣さんと養子縁組する事ですかね」
「養女ってことですか」
「そうですね。それだと親子と認められるので」
その瞬間、聞いていた栞が突然席を立ち、机の横に正座し、そして土下座しながら叫んだ。
「お願いします!西陣さん、養女にして下さい!親孝行しますから、この通りです」
スタッフも呆気に取られ、一瞬ポカンとしたが席を立ち栞の横にしゃがんだ。
「高井さん、気持ちは解りますし、ま、立ってほら、座って下さい」
そしてスタッフは左門に向かって
「こういう事ですから、西陣さんが経済的に大丈夫そうなら引き取って差し上げたらどうですか?ここに入るより彼女も幸せになれますよ。それに高井さんのご実家にはこちらからも勧めてみます。どのみち書類要りますし、西陣さんからじゃ言いにくいでしょ?」
こうして左門と栞をは突然、親子となった。栞ははしゃぎまわったが左門はある意味、途方にくれた。こんな事がいきなりあるのか?全く人生何が起こるか判らない。佳那、妻がいなくなってすぐに子供ができるってネタみたいだ。
俺、どうなるんだろ。
『乗りかかった舟なんだからちゃんとしてあげれば?もう高校生だったらあと少しで成人でしょ。それ迄の話よ』
左門には佳那の声が聞こえた気がした。まあ、そう言われればそうだ。左門は天の声に腹を
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